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宇宙の「年」にまつわる小話

宇宙メルマガ 300周年🎊 そう、公転周期6.1日のTRAPPIST-1eでは、創刊からもう300年である。

もしあなたがプロキシマb出身なら165周年、火星人なら2周年半、あるいは、もしまだ地球にいるなら、5周年だ。

毎年バースデーが楽しみでならないミーちゃんは、6日に一度バースデーが来るTRAPPIST-1eに住めばどんなに楽しかろう。逆に、歳をとりたくない大人は火星に移住すればいい。僕は火星ならばまだ21歳である。

父が70歳の時にプレゼントしたTシャツのデザイン

そういえば日本からの帰りの飛行機で映画「アバター」の新作を見たのだが、前作から「16年後」という設定の話だった。いったい、どこの「年」なのだろうかとふと考えた。

アバターの舞台は「パンドラ」という名のアルファ・ケンタウリ星系の衛星である。地球からもっとも近い恒星として知られ、南半球の夜空ではもっとも明るい星であるアルファ・ケンタウリは、実は3つの恒星がお互いを周り合う三重星である。その三兄弟、長男(アルファ・ケンタウリAとB)と次男は親密ですぐ近く周っているのだが、三男は仲間はずれで、お兄さんたちから15,000天文単位も離れた軌道を50万年もかけて周っている。(つまり「1年」が50万地球年なのだ。)現在の位置だと三男が太陽系から最も近い位置にあるため、「もっとも近い」という意味のラテン語を冠して「プロキシマ・ケンタウリ」と呼ばれるようになった。この星はサイズも小さい。長男・次男が太陽とほぼ同じサイズであるのに対し、プロキシマ・ケンタウリの直径は木星よりひとまわり大きい程度の、赤色矮星という種類の赤く暗い星である。

惑星プロキシマbの想像図。太陽(プロキシマ・ケンタウリ)の右上をよく見ると、三重星系の他の二つの恒星アルファ・ケンタウリAとBが見える。ESO/M. Kornmesser

パンドラは長男のアルファ・ケンタウリA系に属するが、最初の映画が公開されてから7年後の2016年、三男プロキシマ・ケンタウリのハビタブル・ゾーンに地球サイズの惑星が見つかり大きなニュースになった。この惑星が「プロキシマ・ケンタウリb」、あるいは略して「プロキシマb」である。もちろん青い肌の宇宙人が住んでいると決まったわけでもなく、生命が存在するかどうかはおろか、大気や海が存在するかどうかも分かっていない。大気についてはもしかしたら、向こう数年以内に、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって情報が得られるかもしれない。
木星の衛星エウロパの氷の下の海に棲む生物は「年」という概念を持たないかもしれない。僕たちにとって「年」という時間単位が重要なのは、季節がめぐる周期であるからだ。だが自転軸の傾きがほぼゼロのエウロパでは、季節変化がほとんどない。しかも氷の下に住んでいては夜空の星の変化も見ることができない。

エウロパ人にとっては「二日」が重要な時間単位になるかもしれない。エウロパの公転周期は85時間。潮汐固定していて常に同じ面を木星に向けているので、1日の長さもそれとほぼ同じだ。面白いことに、エウロパの内側を回るイオの公転周期は約半分の42.5時間、外側を回るガニメデは倍の171時間である。このように衛星や惑星の公転周期が簡単な整数比になることを軌道共鳴といい、よく見られる現象である。軌道共鳴のため、イオ、エウロパ、ガニメデの三つの衛星は、エウロパが2周するごとに同じ位置に戻る。エウロパに働く重力によって引き起こされる潮汐力もこのサイクルで変化する。海の中にいる生き物は、2エウロパ日ごとに感じる潮目の変化が重要な時間の単位になるかもしれない。

木星の衛星エウロパの想像図。NASA/JPL-Caltech

SF小説『三体』では、三つの太陽の周りを回るため軌道が不安定な惑星が登場する。地球の軌道や一年の長さが変化しないのは、一つの太陽の周りを回っているからだ。複数の太陽の周りを回る「三体問題」の軌道は一般的に不安定で、カオス的な挙動をする。軌道は一定ではなく、一年の長さも一定ではない。だから「年」という概念は定義不可能だ。三体人たちは歳をどのように数えているのだろう。

ちなみに、三体問題の軌道の不安定性を逆に利用したのが、先日惜しくも月面への着陸が失敗したispaceのMission 1のランダーだ。あえて月を通り越し、地球と太陽両方の重力を利用する「low energy transfer」という航法を用いた。これにより月軌道投入に必要な燃料を大幅に節約できるのである。

現実には、『三体』のストーリのように極度に軌道が不安定な惑星は短命で、たとえ生命が生まれても高等生物が進化する前に惑星系の外へ弾き出されてしまうかもしれない。

では、弾き出されてしまった可哀想な惑星はどうなるのだろう?

広い宇宙を、どの恒星の周りを回ることもなく半永久的に漂う運命になる。このような「みなし児惑星」は浮遊惑星と呼ばれる。惑星中、どこへ行ってもいつまでも夜。「年」どころか「日」の概念も定義できない。もしそんな惑星に移住したら、時間はどんな単位で測るのだろう。

以前に見つかっていた浮遊惑星は木星サイズの巨大なものが多かったが、つい先日に大阪大学のグループにより地球サイズの浮遊惑星候補が発見されたというニュースがあった。しかもどうやら、この銀河系には地球のように恒星の周りを回る惑星より遥かに多くの(一説には6倍程度の)浮遊惑星があるらしい。宇宙はみなし児であふれているのである。

浮遊惑星の想像図。NASA/JPL-Caltech

さて、話があっちに行ったりこっちに行ったりしたが、何はともあれ宇宙メルマガ5地球周年。5年間60ヶ月、一度も欠かさずにメルマガを届けてくれた梅崎編集長はじめ編集部の皆さん、本当に有難うございます!そして創刊から毎月切り絵作品を創作してくださるミツマチさん、ユーモア溢れる星空解説を書いてくれる西さん、多くの記事を書いてくれたSpace Seedlingsの学生の皆さん、そして全ての執筆者の方も本当に本当に有難うございます!!

メルマガを創刊した5年前は2歳だったミーちゃんが、もう7歳。小学校にも通い、弟もできた。子育てをすると時間の流れが余計に速く感じられる。
先日、日本帰省中にコスモプラネタリウムで『宇宙の話をしよう』のイベントを催した。せっかくの機会だからと思い、「本物の」みーちゃんも連れて行って、いくつか出番を用意した。行く前はみんなの前で話すことに緊張していたようで、僕も不安だった。

ところがいざイベントが始まるとミーちゃん絶好調、喋るわ喋るわ。「土星の輪の隙間はどうしてあるの?」「どうして昔のプラネタリウムの機械ってあんなに大きいの?」予定には全くなかった質問をどんどん投げてきて、トークは脱線するし時間もオーバーしていく。お客さんもミーちゃんの好き勝手に付き合わされてどう思っているだろうかと不安になった。

ところが、みんな優しかった。ミーちゃんが口を開くたびにドームが暖かい笑い声に包まれる。僕が答えに困っていたら、解説員の村山さんが助け舟を出してくれ、プラネタリウムを操作して土星の輪の隙間を見せてくれることまでしてくれた。

なんとか予定した内容を話し終え、ミーちゃんと一緒にお辞儀をすると、お客さんが暖かい拍手を送ってくれた。ミーちゃんは得意そうな顔をしている。

ふと、みーちゃんが2歳の頃にこのプラネタリウムに連れてきた時のことを思い出した。彼女は暗いのが怖くてずっと目を覆っていた。

そのミーちゃんが今日、100人を超えるお客さんの前でマイクを握って堂々と喋った。5年で彼女はすっかり成長した。僕はこの5年でどれほど成長できたかな。

イベントが終わりタクシーに乗ったのは夜9時すぎ。大活躍のミーちゃんは、疲れてすぐに寝てしまった。

イベント終了後に制作チームでパチリ

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。みーちゃんとゆーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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