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宇宙とは何か vol.06「膨張とホライズン」松原隆彦

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は第6回。学校では「光速より速いものはない」と習いましたが、なんと光よりも速いものがあるそうです。その正体とは?

※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。

そこから先は見えない「ホライズン」

さて、宇宙は無限なのか。どんな形をしているのか。

今回はこの問題について考えてみましょう。

宇宙には始まりがあり、誕生して138億年経つということをお話ししました。最初は小さな宇宙だったものが急激に膨張して宇宙が広がりました。そして現在も膨張が続いています。

私たちは光を使って宇宙を「見る」ことができますが、宇宙が始まってからこの138億年の間に、光が進むことができる距離は138億光年です。

宇宙が膨張しているため実際の距離は引き延ばされ、もう少し大きくなります。それでも、約470億光年が限界です。つまり、私たちが観測できる宇宙の範囲は、どう頑張っても半径470億光年。そこが宇宙の「ホライズン」です。

地球上でも、海岸から向こうの海を見ると、そこから先が見えない「地平線」がありますよね。ホライズン(horizon)とは、地平線をあらわす英語です。宇宙にも、同じようにそこから先が見えないホライズンがあるのです。ただし、それは地平「線」ではなく、いわば地平面ですね。

宇宙の膨張の不思議

宇宙の年齢は、さまざまな観測と研究を積み重ねた結果たどり着いたのですが、簡単に言うと宇宙の膨張のスピードから割り出しました。

遠くの天体は、自分を中心にしてあらゆる方向に遠ざかっているように見えます。その遠ざかる速度を測って、現在の距離を割ります。何年前に自分とその天体が同じ位置にいたのか、さかのぼって考えるわけです。実際には速度が速くなったり遅くなったりするのでそう単純ではありませんが、それらも考慮に入れて138億年という数字が出ています。

――私たちは、光の届く範囲しか観測できないんですよね。宇宙はそれよりもっと大きいということは、宇宙の膨張は光速より速いんですか? 光速を超えるものはないと教わりましたが……。

遠くの方は光速より速いです。膨張宇宙では、距離に比例した速さで遠ざかっている。2倍の距離にある天体は2倍の速さで遠ざかります。遠くになればなるほど速度が増すので、必ずどこかで光速を超えてしまいます。

光のスピードを超えるなんて、おかしいのではと思う人もいるでしょう。光速より速いものはないと教わっていますからね。でも、それは物体の話です。空間そのものの膨張は光速より速くても何も問題ないんです。

光速を超えて向こうへ行ってしまったものは、もう観測できません。光がこちらに届きませんから。

――もし、宇宙の膨張より光速の方が速かったら、全部観測できるわけですか?

そうですよ。私たちは膨張スピードが光速を超えていないところだけを見ているわけです。私たちが観測できる宇宙の外側がどうなっているかはわかりません。どうやったって見ることができないのです。

ただ、観測できる宇宙はどこも一様になっています。そこから推測すれば、観測できる宇宙の外側が急に違うものにはなっていないだろう、観測範囲の外側にも同じような宇宙が広がっているのではないか、と考えられます。

――変な質問かもしれないですけど……。宇宙が膨張しているのに、地球が膨張しないのはどうしてですか? 宇宙膨張に合わせて人間も膨張したりしませんか?

それはくっついているからです。くっついているものは膨張しません。私たちの体は、原子・分子でできています。化学結合でしっかりくっついているものを、引きはがすような力は宇宙膨張にはありません。仮に、ものすごい速さで膨張していたら私たちも膨張するでしょうが、現実の膨張はゆっくりです。

たとえば、何の力も働かない場所に限りなく小さな質量の粒子を1m離して置いたとします。宇宙膨張の力で、この粒子が離れるのは1年間に150億分の1mくらいのものです。

――膨張の中心はどこなのですか? 天動説の時代じゃあるまいし、地球じゃないですよね。

自分のいる場所を中心にして宇宙が膨張しているように見えるというだけで、そこが宇宙の中心ではありません。遠くの天体にいる人から見ても、自分を中心に膨張しているように見えます。ですから、中心はないともいえるし、すべてが中心だともいえます。

2次元に置きかえて考えてみます。

AからBに膨張したとする。CとDは、AとBについて、それぞれ異なる点を中心として重ねたもの。どこから見ても自分を中心にすべてが遠ざかって見える

どの点から見ても他の点が離れていきます。どの点が中心というわけでもありません。また、確かに遠くの点ほどより大きく遠ざかって見えるのがわかります。

《続きは次回、vol.07をお待ちください》

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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。

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