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【R18ドラマ】『The Boys ザ・ボーイズ』ヒーローの悪行がもみ消される世界 ……だって誰も不安になりたくないから

映画『アベンジャーズ』シリーズや漫画『ワンパンマン』とヒーロー物を題材にした夢と希望に溢れた作品は世界共通で人気です。
今回紹介する作品、アマゾンプライムで配信中の『The Boys』もヒーローを主題にした作品です。

ただし夢も希望もありません。あるのは流血と渇望だけ。
憧れのヒーローの本性がもしサイコパスの差別主義者だったら、一般市民はその時どうする?何ができる?

注意:暴力的描写、流血描写がある成人向け作品のため視聴の際はご覚悟ください。人間の頭がスイカみたいに弾け飛ぶ作品です。

あらすじ

大企業『VOTE』が支援する7人のスーパーヒーロー集団『セブン』は世界中の人気者。主人公のヒューイもそんなヒーローたちに憧れる一般人の一人。

ある日恋人ロビンと二人で街を歩いていると、道端にいた彼女が突如爆散して肉塊に。
側には『セブン』の一人、超高速移動で有名のAトレインが血だらけで、しどろもどろに言い訳をしています。挙動不審なその男は血まみれのまま稲妻のような速度で走り去っていきました。
ついさっきまで一緒にキスをしていた、恋人だったモノの千切れた両手首を握りながら発狂するヒューイ。脆く崩れ去る夢の世界。

視点は変わってもう一人の主人公アニー。
彼女は昔からの憧れだったスーパーヒーロー集団『セブン』に入隊できて大興奮。『スターライト』のヒーローネームと露出の激しいユニフォームにはにかみながらもヒーロー活動に胸を踊らせていました。
しかしそこで待っていたのは「このままセブンにいたかったら俺のナニをしゃぶれ」という同僚ヒーローからのセクハラ、「一般人を守るヒーロー活動よりも大口スポンサーのコマーシャルを優先しろ」という広報担当からのパワハラという想像だにしなかった腐敗した世界でした。

最愛の恋人を失ったヒューイは、後日ヴォート社から謝罪と賠償の提案を受けます。「ヒーロー活動中の『仕方のない犠牲』だった」と。
しかし説明する社員のマニュアル一辺倒な態度と誠意の無い形だけの謝罪もどきに怒りを募らせます。(見ていて吐き気のするシーンです。)
賠償金といいながら実際にはただ『事故』の口止め料だと悟るヒューイ。
そんな彼に怪しげな男ビリー・ブッチャーが接触してきます。
(この復讐鬼ブッチャーこそが真の主人公かもしれません。)

ブッチャーは恋人ロビンの件は氷山の一角でしかないとヒューイに伝えます。

「ヒーローは毎年数百人以上の人々を殺している
『仕方のない犠牲』で」

ブッチャーの語るあまりにも突飛な話に
「それならもっとニュースになっているはずだ」と反論するヒューイ。
ブッチャーは淡々と答えます。

時々は報道されるがほとんどは闇に葬り去られているのだと。
そういって彼が指し示した先にはヒーローたちの広告で溢れかえるビル街が輝いていました。映画と関連商品、テーマパーク、テレビゲーム等々。
ヒーローは何十億ドルもの市場価値をもつ世界産業であり、大企業や政治家から支援も受けている存在。

しかし人々がヒーローの悪行を知らない一番の理由は
「大衆自身が知りたがらないから」だとブッチャーは言います。
不都合な事実に目を背け続けるのはこのまま安心して守られていたいから。

ブッチャーは「加害者のAトレインが仲間に被害者達を虫けら程度にしか思っていないことを自慢げに語る場面の盗撮映像」をヒューイに見せ、こうした腐敗したヒーローに復讐する「ヒーロー狩り」に手を貸せと誘います。
もうお前には何も失うものはない、と。

このあとすったもんだの末、一般人ヒューイは半ばなし崩し的にこの復讐鬼ブッチャーと協力して戦うことになっていきます。何度も衝突を繰り返しながら信頼と憎悪を募らせていく二人の過酷な復讐劇が始まりです。

現実的に堕落して行くヒーローたち

ヒーロー達は特権意識から皆傲慢で、カメラの前以外ではギャップが酷いヒーローも珍しくありません。
話が進むにつれて、ヒーロー達の組織的な悪行が次々と判明していきます。
カルト宗教の勧誘に、覗き魔、強姦、自分のミスを隠蔽するための目撃者の大量殺人、無抵抗な犯罪者への人権を無視した拷問などなど。
ヒーロー内での人気ランクにも明確な格差があり、虚栄心の塊のようなヒーロー達は人気とスポンサーの数を競い合う中でストレスに晒されています。
薬物やアルコールに依存するヒーローも多数。

悪夢のサイコパス ホームランダー

ヒーローの代表格にして悪の権化、セブンのリーダーホームランダーは特に強烈な個性の人物です。虚栄心の強いヒーロー達の中でももっとも自己愛が強く、嫉妬深く、短気で残虐。
星条旗のマントをつけたスーパーマンとキャプテンアメリカのパチモン

無敵の能力をいくつも持っているこの人物はその能力と不釣り合いな幼稚な人格があわさった結果、類をみないサイコパスぶりを発揮。
気分次第で簡単に人を殺してしまう考えのなさゆえ、画面に登場するだけで常に誰か殺されるのではないか、という緊張感が漂います。
特殊な施設で生み出されたという事情から、マザコン気質も強く、上司であるマデリンの息子の哺乳瓶を夢中でしゃぶるシーンのおぞましさは本作屈指の名シーンだと思います。

こんな危険人物を演じるアントニー・スターは、インタビューで
「ドナルド・トランプをモデルにしている」と明言しています。
あらためてアメリカは凄い国だなと思っていまいました。

切れ味鋭い風刺の数々

この作品は単にヒーロー物をパロディにして茶化している作品ではありません(そういう形だけの作品も世に溢れていてうんざりしますが)
この作品で悪徳ヒーローとして風刺・批判されているのは、大企業であり、政治家であり、著名人といった権力者たちです。そしてそれらを許容している社会の一員である視聴者自身も同様です。

現実で話題になったMetoo運動に呼応したようにセクハラ被害を告発する主人公アニー、BLM運動を予見したような人種差別問題、フェイクニュースを撒き散らして事実をうやむやにするポスト・トゥルース問題など現代社会と密接につながった事件が、視聴者に考えることを訴えかけてきます。

ポリコレへの配慮と称しながら、広告効果を狙って「マイノリティーらしさ」を過剰にプッシュしたり、「バイセクシャルよりホモセクシャルの方がウケがいい」と事実を改竄するプロモーション戦略など批判の矛先は幅広く展開されていきます。

こうした現実的な事例に直面して悩む登場人物たちに共感するとともに、視聴者は自分が同じ立場だったらどう行動するだろうと考えさせらます。

身の回りの現実に照らし合わせて

「上級国民」という嫌な言葉が流行語になってしまう日本も、この作品は他人事ではないと僕は考えます。ヘイトやデマをメディアで撒き散らして涼しい顔をしている日本の政治家や芸能人の姿は、悪党集団セブンそのものに思えます。それを当たり前、仕方ないと見逃している今の社会も同様に歪んでしまっていると。

知性と反知性に明確に二分された社会になりながらも、こうした理念のある作品が作られ続けるアメリカという国は、未だに僕には輝いて見えます。

関連作品

藤子・F・不二雄先生は本当に未来を先取りされていたと思います。
増長したヒーローの恐ろしさを描いた短編『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』は本作と共通の批評性を持った名作です。

ヒーローのダークサイドを描いた映画『ウォッチメン』もおすすめです。最近ドラマ版も配信されているそうなので今度見てみようかと思います。



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