☑︎手のひらの京/綿矢りさ

三人姉妹がそれぞれの未来に向かって、踏み出していく。京都を舞台に、流暢な京都弁で描かれる文体は読みやすく、思わず声に出して読みたくなった。
特に印象に残った話は、三女の上京までの過程を描いた場面だ。私自身、山陰を出たことがなく、ましてや東京など考えたことがなかったが、今、上京してみたいという思いが強い。一年だけ。地域や地元というある意味で守られている内にいることが時に窮屈に感じることがある。私の知らない東京という街、私の知らない関東という土地。何故、東京に行きたいのか。やりたいことは東京ではなければ出来ないのか。詳しく言えば、東京ではなく鎌倉や横浜に暮らしてみたい。電車に乗れば、すぐに東京に行けてしまう、そんな場所で暮らしてみたい。「暮らしてみたい」それはそこに住む理由になるか。

主人公も就職を機に、京都という山に囲まれた街を出て行きたいと思っているのだが、京都生まれ京都育ちの両親に反対を受けた。
「そんなにまでして東京に行かなきゃ行けないの?」「京都や関西圏でその仕事は出来ないの?」そんな言葉が主人公の行手を阻む。
この仕事は、この思いは、この希望は、東京でしか叶えられないのか。私は自分の思いにも耳を傾ける。「どうして私は東京を含む関東に行きたいの?」
そんな時、主人公の姉がこう言った。「結局、お父さんもお母さんも、凛のことが心配なんだよ。なんだかんだ言って。それだけだと思うよ」


私は大学を卒業出来るだろうか。一年休んで、何が残っただろうか。時々、この一年がキャリアにおいて無意味な空洞になるのではないかと自分の選択に自信が持てなくなる。たしかにこれを決断したときは自信もなければ、思考も未来もぐちゃぐちゃだったかもしれない。
けれど、今はもう大丈夫だと言える。多分、大丈夫。迷う自分、悩む自分。理想と現実とのギャップに苦しむことも沢山ある。
けれど、そう思った時に立ち止まれること。それはもしかしたら強みなのかもしれない。いつだって、夢や目標があったし、社会的への関心アンテナも元気だった。
そして、その期間での記憶や思考がいつか私と同じように進路や自分のことで悩む人の助けになればいい。そんな風に思える。

主人公は姉の言葉を力に、内定を決め、自分の道を切り開いた。「茨の道や獣道を自分の斧で切り開いていく」(正確に覚えてなくてごめんなさい)私はずっと興味のあることは変わらないし、好きなことも仕事にしたいと思うことも、やっぱり小さな頃から変わらなかった。
歳を取るに従って、私の周りには沢山の草が生えた。大切な草もあったけれど、中にはいらないと思う草もあった。いらないと思う草は斧で切って、道を開けばいい。それを決めるのは私だ。斧を持つのは私だ。私の斧で、私の道を切り開いたらいい。人が必要だというものでも、私にはいらないと思えば切ってしまえばいい。そう思っちゃっていい。


それが分かった時、私はずっと背負い込んでいた荷物が徐々に落ちていくのが分かった。
今までなら躊躇していたかもしれない人に気になることを聞くことに抵抗がなくなるよう、徐々にだが訓練している。SNS を使ってみるところから密かに始めていたりする…。
そして、新しいアルバイトにも思い切って挑戦してみることにした。
どれも思い切ってみた。もしかしたら、私はいい方向に行くかもしれない。そうでないかもしれない。でも、私は知っている。変わることだけが正義ではない。止まってみることも正義であることを。

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