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伊達騒動と樅の木は残った その4

ここからは小説「樅の木は残った」のネタバレあらすじになりますので、ご注意ください。

1.密約

仙台伊達藩では、独眼竜と呼ばれた政宗から数えて三代目に、若干18歳の綱宗(つなむね)が跡を継ぎました。

支藩である一ノ関藩には、政宗の十男である伊達兵部少輔宗勝(だてひょうぶしょうゆうむねかつ)がいました。
綱宗などよりも、藩主たる資格も資質も備えていると自負する宗勝は、伊達藩をわがものにしようと画策を始めます。

まずは若い綱宗を酒と女漬けにして、遊び好きのバカ殿に仕立て上げます。
狙い通りに、綱宗は放蕩三昧を繰り返し、これが原因で強制的に隠居させられます。
それと同時に、次々と家臣達が上意討ちと称して殺されていきます。

綱宗の跡を継いだのは、まだ二歳の亀千代(かめちよ)でした。
亀千代には後見人として、宗勝と田村宗良(たむらむねよし)がつく事になりました。

家老として藩政を取り仕切ってきた奥山大学も追われ、亀千代の毒殺未遂が起きるなど藩内には立て続けに内紛が起こります。

実は江戸幕府には伊達家を始めとした大藩を改易させる計画がありました。
知恵伊豆と呼ばれた松平信綱(まつだいらのぶつな)が計画したもので、老中の酒井忠清(さかいただきよ)が実行しようと目論んでいました。
忠清は伊達藩を改易させるために宗勝と密約を交わします。
手始めに酒井忠清の養女と宗勝の息子を結婚させ、いずれはお家騒動に乗じて、伊達藩をそれぞれで分け合うというものです。

そんな中で、奥山大学が去った代わりに原田甲斐宗輔(はらだかいむねすけ)が家老に抜擢されます。
甲斐は宗勝が何らかの密約のもとに、藩を誤った方向へ導こうとしているのに気が付きます。
親しい伊達宗重(だてむねしげ)に、宗勝の腹心になりすまし、藩を救うつもりだと打ち明けます。
そのため、今後は宗勝の手先となって理不尽な事をしていくかもしれないが
黙って見ていてくれと伝えます。

やがて家中には、忠清と宗勝の間に、いずれは仙台藩の半分を兵部に与えるという密約が交わされているとする噂が流れ、誰が宗勝派で誰が反宗勝派なのか、皆疑心暗鬼に陥っていきます。

心ある忠臣が次々と殺され、処罰されていくなか、甲斐は宗勝の指示にただ従い、信頼を得ていきます。傍から見ると、身も心も宗勝の腹心になったようで、親しかった人たちも甲斐のもとを離れて行きます。

2.逆転

徐々に、伊達家の改易が見え始めてきたころ、最後の手段とばかりに、宗重が領地争いと併せて宗勝の専横をを幕府に訴え出ます。
この訴えは聞き入れられるところとなり、審問が開かれる事になります。

宗勝は万が一忠清が裏切って、自分を見捨ててしまう可能性も考え、甲斐に忠清から送られた、伊達藩分割の密約が書かれた自筆の手紙を持たせます。

ついに動かぬ証拠を掴みましたが、甲斐はこれだけでは弱いと考え、忠清に秘密を握っていることをわからせるため、(伊達家改易をあきらめさせるため)、敢えて老中の久世大和守広之(くぜやまとのかみひろゆき)に全てを話します。

この話は当然忠清の耳に入ります。自筆の密約が書かれた手紙を甲斐が持っており、原田甲斐と宗重が裏で繋がっている事を知ります。
この密約が公になる事を恐れた忠清は、関係者を抹殺する事にします。

本来は老中板倉重矩(いたくらしげのり)邸で行われるはずの審問を急遽忠清の自邸に変更します。
宗重、柴田外記(しばたげき)、甲斐の一巡目の審問が終わり、古内志摩(ふるうちしま)が呼ばれました。

この時、初めて宗重が外記と志摩に、甲斐と仲間である事を伝えます。また、今さっきの審問で忠清に、この後甲斐から動かぬ証拠をお見せすると告げてきたことを伝えます。
なぜ自分に打ち明けてくれなかったのか、こんなに多くの犠牲が出る前になんとかできたのではないかと外記は詰め寄りますが、甲斐は多くを語りません。こうするより仕方なかったのだと。

その時でした。
突如酒井家の家臣達が、甲斐たちへ襲い掛かります。それに気づいた案内役の蜂屋六左衛門(はちやろくざえもん)が急を告げようとしますが、斬り殺されます。
甲斐、宗重、外記は次々に斬りつけられます。やがて酒井家の家臣たちは、もう一人いるはずだと出ていきます。

深手を負いながら甲斐は首を斬られて瀕死の宗重に向かい「よくお聞き下さい、これは私のやったことです、わかりますか」と宗重に伝えます。
「私が乱心してやったことです。酒井家の方がたではない、私が乱心のうえの刃傷です」と。
宗重は訊きます「これでうまくいくと思うか」「私は宗勝派だと思われています。その私が敵対するあなたたちを斬るのは不自然ではありません」と甲斐。

甲斐にはもう殆ど力が残っていませんでしたが、まだ死ぬわけにはいきません。
最後の力を振り絞って、宗重の脇差を抜き取り手にします。
そこへ久世大和守が駆けつけます。これはどうした事かと声を掛ける大和守に甲斐は答えます。
「私が逆上のあまり・・・」
そこへ宗重が「そやつの刃傷です。甲斐の仕業です。甲斐の罪で、伊達家には類が及ばぬようお願いします」と伝えます。

全てを悟った大和守は、宗重と甲斐に呼びかけます。
「伊達家の事は引き受けた。仙台六十二万石は安泰だぞ。心置きなく死ぬがいい、あとは引き受けたぞ」
そして甲斐は絶命します。宗重と外記は、忠清が邸内で治療せよと迎えに来た家臣たちにも引き渡さず、その日のうちに何故か死亡します。

全ては甲斐の乱心という事で片付けられ、原田家の男子の孫や子供6人は乳幼児も含め全員切腹、斬首となり原田家は御家断絶。その代わり藩主亀千代にはお咎めなし。
黒幕の宗勝は、土佐山内家へお預かりとなり、一ノ関藩は宗勝一代で断絶。仙台領となりました。


こうして甲斐は己を殺し、周囲から誤解されても目的のためにひたすら忍従し、自分の命と名誉と一族の命を引き換えにして、伊達家の取り潰しを未然に防いだのでした。
甲斐が領地船岡を偲んで、江戸屋敷に移植した樅の木だけが残ったのでした。


と、視点を変えると史実とは全く異なるお話になるのです。
この小説は長いのですが、読み進むにつれて幸せな結末は待っていないなという事がわかり、最後の100頁ぐらいは、もう読みたくない、でも続きが読みたい!というような葛藤が起こり、でも最後まで一気に読み進んでしまいます。毎回最後の刃傷沙汰のシーンでは涙します。

次回は最終回です。原田家のその後やこぼれ話などを書きたいと思います。

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