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法師温泉

皆さん、法師温泉をご存じでしょうか。

群馬県と新潟県の境あたりにある、ひなびた一軒宿です。
CMや映画などでもよく使われる、風情のある温泉です。
殆どの温泉は、源泉からパイプなどでお湯をお風呂まで引いてきますが、
ここの温泉は、湧き出ているところに浴槽を作っているのです。
なので、お風呂に浸かると下は丸い石がゴロゴロしています。
そして時々、プクプクと空気が出てきます。

僕は2回泊まった事があるのですが、初めて泊まったのは、
もう30年以上も前の事になります。
丁度今頃の事でした。

内定をもらい、春からは社会人というタイミングだったのですが、早く仕事を覚えるようにとの事で、アルバイトの扱いで11月から会社に通う事になりました。
就職も決まって、思い切り遊ぼうと思っていたので、気分は下がりまくりです。

学校に行く用事や免許取得の為なら、休んでも構わないと言われていたので、きっと社会人になったら、長い休みなんか取れないだろうから、学生生活最後の思い出にツーリングに行こうと決め、ゼミの発表会が北海道であると嘘をついて、文化の日から土日も入れて5連休にしました。

ツーリングの話はいつか書くとして、一泊目は富山、二泊目は滋賀、三泊目が名古屋、そして四泊目に群馬の法師温泉を予定していました。
どうして法師温泉をチョイスしたかというと、数年前に「彼のオートバイ彼女の島」という映画が公開されており、何故か仲間内で爆発的に流行ったのです。
タイトル通り、バイクが出て来るのですが、古いバイクが使われており、それに乗っている連中がたまたま多かった為です。
そんなわけで、集まると上映会が開かれ、すっかりセリフまで覚えてしまうぐらい観ていました。

その映画は、バイク乗りの男の子と旅をしている女の子が出会うところから始まるのですが、そこのロケで使われたのが法師温泉でした。

ここどこだろうね?一度ツーリングで行きたいなぁといつも仲間内で言っていました。
エンドロールで法師温泉と出てくるのですが、ネットの無い時代、どこにあるのかわかりませんでした。
ところがある日、地図をみていた時に、偶然にも群馬の山奥にあるのを見つけてしまったのです。
そしてこのツーリングの最終日に行く事になったのでした。

今年は11月とはいえ、暖かい日が続いていて20度を超す日もありますが、
この年は寒く、初日からずっと最高気温が4度~11度という状態で、法師温泉に向かった日は時折小雨が降っていました。

都内を抜けるのに渋滞に巻き込まれ、予定より2時間以上遅くなり、夕方に着く予定が19時を回ってもまだ群馬県に入ったばかりという状態でした。
しかも山間部に近づくと、本降りになっていた雨がみぞれに変わり、あたりはどんどん白くなっていきます。
身体も震えが止まらず、そろそろ限界だなというあたりで、ようやく国道から分かれる入口の看板を見つけました。

そろそろ20時近い時間。断られたらこの天候の中でテント泊です。
そう、予約を入れていなかったのです。
どうせこんな山奥の一軒宿だし、映画で見た時もかなり古い作りだったから、おそらく泊まる人など殆どいない、さびれた湯治場だろうと思っていたのです。

気力を振り絞って真っ暗な砂利道(今は舗装されています)を走ると、ようやく明かりが見えてきました。
やったー!ついたぞー!とバイクを止めて、転げるように降りて見渡すと、随分と車が停まっています。
建物は千と千尋に出てきそうな、すごく風情のある建物ですが、随分と人がいるようです。

意を決して玄関から入ると、すぐに支配人らしき人がでてきました。
「あのー、今晩素泊まりでいいので、泊めていただけませんか」「ご予約はされてない?」「はい」ここで、泊まれないかもと思いました。
しかし、この天候ではテント泊もきついなと思い、敢えて「無理ならば、近くでテントを張れるような場所を教えて頂ければ」と伝えました。
さすがにみぞれの山の中、テントでは危ないと思われたのか、「一部屋だけキャンセルで空きが出てます。素泊まりはやっていないので、朝食は付けさせて頂きます」と言われました。
やった!正直心も折れかけていたので、暖かい布団で寝れると思うと、ほっとしました。

「お代金は朝食だけなので、8,500円になります」「!!」じつはこの時、持ち合わせが8,000円しかなかったのです。
何せさびれた湯治場だと思っていましたので、5,000円もあればお釣りがくるだろうとタカをくくっていたのです。
「済みません、8,000円しかないので、やっぱり結構です」「仕方ありません。特別8,000円でいいですよ」地獄で仏とはこのことです。
こうして、法師温泉に泊まる事ができたのです。

さて、部屋に通されて、仲居さんから説明を受けたのですが、お風呂はぬる目で、いつまでも入っていられるが、それで湯あたりをする人が多いので、長く入るぐらいなら、何回も入った方がいいですよとの事。
お風呂は24時間入れるのと、混浴である事も伝えられました。
(今は時間制で、女性専用の時間があったり、お風呂も新しく増えています)

身体の震えが止まらないので、早速お風呂へ行きました。
おおーっ、映画で見たまんまだ!薄暗いお風呂に浸かると、ぬるくて気持ちよく、思わず寝てしまいそうです。

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そこへ見知らぬおじさんが隣にきました。
「どちらからですか?」「仙台です」「ほう。お一人で?」「はい」「よく予約が取れましたね」実はかくかくしかじか「それはあなたは運がいい。ここは、地元の名士と言われるような人が多く来るところで、皆帰る時に次の予約を取っていくので、急な予約はまず無理なんですよ」との事。
(ネットの無い、電話予約が基本の時代です)

何から何まで運が良かったのか、助けて頂いたのか、泊まれたのは本当にラッキーでした。

お風呂が気持ちよくて、20分以上浸かっていたでしょうか、おじさんもいつの間にかいなくなっていましたが、上がろうとした時、若い女性の声がしました。
恐らく20代と思われる女性二人が入ってきたのです。
小さな声で「一人だけだよ」とか言っています。
そして、少し離れたところに入りました。ここのお風呂は、湯舟がいくつかに仕切られています。
彼女たちは僕の後ろの列の離れたところにいるようです。
これで振り向くわけにもいかず、上がる事もできず結局40分ぐらいは浸かっていました。

お風呂から出たら、廊下が真っすぐに歩けなくなっており、フラフラしながら部屋に戻りました。
そしてそのあと、軽いめまいに襲われ、これが湯あたりか・・・と倒れていました。

翌日、チェックアウトをして外から見た法師温泉はとても素敵でした。
昨日は暗くて、よくわかりませんでした。
こんなに泊まるのが難しい宿に、予約も無く泊めて頂いて、しかも値引きまでして頂いて、
このお礼は、いつかまた泊まりに来る事で返そうと思い、宿を後にしました。

3年後、友人何人かを誘って、法師温泉への旅行を計画しました。
新館ができたとの事で、電話ですぐに予約は取れたのですが、値段を聞いてびっくり。
あの時8,000円で泊めて頂きましたが、4倍以上の料金。(当時は普通の温泉旅館なら1万円ぐらいで泊まれました)
みんなからそんなに出せないよと反対され、計画は流れてしまいました。

このお礼参りに伺えたのは、それから30年後の事でした。
お礼のつもりで、ここぞとばかりにお土産もたくさん買いました。

この旅行記もいつか書きたいなと思います。

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