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見仏上人シリーズ          雄島と五大堂とおしゃれカフェ 五大堂編

雄島探索の後は五大堂へ向かいます。

五大堂とは、807年坂上田村麻呂さかのうえたむらまろが毘沙門堂として建てたのが始まりとされています。
後に慈覚大師が五大明王を安置して五大堂と呼ばれるようになったと云われており、現在のお堂は1604年に伊達政宗が再建したものです。
この五大明王は秘仏になっており、次回の御開帳は2039年です。

では早速五大堂へ向けて出発!

雄島を出たら、この一本道を進みます。(①)


しばらく道なりに進みます

左手にお店が見えていますが、魚介の串焼きやトウモロコシ等を売っています。
ツブ串があったら買おうと思ったのですが、無かったのでこの日は買いませんでした。

広い公園に出ますが、海沿いをとっとと進みましょう(②)

海沿いを真っすぐ

一番奥まで行くと細い遊歩道が続いていますので、そのまま道なりに進みます(③)

海沿いに遊歩道があります

上の方に何か建物が見えています。
もう少し進んで振り返るとこんな感じです。

観瀾亭

これは観瀾亭かんらんていといって実は貴重な建物です。

政宗公が豊臣秀吉より伏見城にあった建物を拝領したもので、しばらく江戸屋敷にありましたが、二代忠宗公の時にそのまま移築したものなのです。
今に残る伏見城の遺構なのです。
藩主の月見などに使われた見晴らしの良い所で、実は観覧料を払って入る事もできますし、抹茶と和菓子を頂くこともできます。

少し進むと遊覧船乗り場の待合室があります。(④)

左側の建物が遊覧船乗り場の待合室

ここは我が家で松島観光をする際のベースにしているところで、自販機コーナーとベンチ、そしてきれいなトイレがあります。
今回もここでトイレを借りました。
自販機コーナーには「笹かまぼこ」の自販機もありました。

ここで笹かまぼこを買う人はいるのだろうか

遊覧船の切符もここで買えます。

今回は乗りませんが、遊覧船乗り場の桟橋には大勢の人が待っていました。(⑤)

桟橋には行列ができていました

松島観光で遊覧船はおすすめです。
結構歩くので座りたくなりますし、夏だと暑いし冬は寒いしですが、遊覧船に乗っている1時間で脚を休ませ、冷暖房の効いた船内で寒暖を整えるのに最適です。
もちろん湾内のたくさんの島を案内付で見れます。

桟橋の反対左手奥には、前回の記事で書いた瑞巌寺の正門が見えます。(⑥)

正面奥が瑞巌寺正門 車の通っているところがメインストリート

そして200mも進むと五大堂の入り口に着きます。(⑦)

石段を数段登ってまた右の石段を10段ぐらい登ります

五大堂は小さな島が3つ連なっていて、橋が3つ架かっています。
1つ目の橋を渡るとお土産屋さんがあります。(⑧)

1つ目の橋 渡ると左手にお土産屋さん

問題は2つ目と3つ目の橋です。
これは透かし橋と呼ばれていて、五大堂は聖域なので、身も心も乱れのないように足元を照覧して気を引き締める為にこういう作りになっているそうです。
では渡ってみましょう。(⑨)

二つ目の透かし橋 欄干も低いのでよろけると・・・

下を移しましたが、高さがイマイチわかりませんね。結構怖いです。

結構高いのです

2つ目の島には小さなお社があります。

松島八幡

お参りする人もあまりいませんが、欽明天皇(聖徳太子のお祖父さん)の勅使が出向いたという由緒ある社で、松島八幡といいます。
もともとは隣町の利府町の八幡崎というところにあったようですが、伊達忠宗がここに移したものです。
多分このあたりが北条時頼がお祭りの邪魔をして、殺されかかった場所ではないかと思います。(伝説ですけど)

さぁ3つ目の透かし橋を渡って五大堂へ行きます。(⑩)

ちょっと坂になっています 見えるのが五大堂

軒丸瓦は伊達家の家紋、九曜星が刻まれています。

方三間 単層屋根宝形 本瓦葺 だそうです

五大堂は普段開帳されていないので、ただの古びたお堂で、観光で来た人は何のことやらわからず写真を撮って帰っていきます。
ここから雄島が見えます。

さっきはあの先端からこっちを写しました

反対側には福浦橋が見えます。

赤い橋が福浦橋 右側の島が福浦島

ちなみに雄島からここまで歩いて15分といったところです。

それでは駐車場まで戻って、車で次の場所へ移動します。
ここから車で5分、徒歩だと20分かかるそうですが、西行戻しの松と呼ばれる場所へ行ってみたいと思います。

西行編へつづく


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