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二度見されました

MP関節痛の二度目のリハビリに行ってきました。

理学療法士の濱田岳(目元似)は、おばあちゃんやおじいちゃんの波の中から相変わらずのオシャレヘアで颯爽と現れた。
あ、やっぱり同じ人がしてくれるんだ、と思いつつ大人しく指示された診察台へ腰掛けた。

前回もちょっと戸惑ったのだが、今回もベッドに寝てくれと言われたため、仕方なく仰向けになる。
手の指なのに、と少しだけ思う。
当たり前だが経過を聞かれたので、やや重力に弄ばれている状態で「痛みに変わりはないです」と答えた。

岳は頷くと、再び超音波の機械を持ち出し、痛む部分を数分コロコロとすると、次に両手でわたしの手を包み込み、患部周辺をこねくり回し始めた。

それがリハビリなのか、何かをチェックするための動作なのか分からず、痛いと申告するべきか悩んだ挙句、わたしは痛みに耐え、無言のままずっと天井を眺めていた。

すると岳が前回と同じ質問をしてきた。

「我慢できない痛みを10とすると、今どのくらいですか」

きた。
わたしは前回、その質問への返答に大後悔をしていたのだ。

先日聞かれた時、わたしは
我慢できない痛み=これまで経験してきたあらゆる痛みのMAX
と思い、咄嗟に2と答えてしまったのだ。

粗忽なもので、これまでの人生、まあまあ痛い思いをしてきた。
なので、本来であれば0.5とか1とかで答えたかったのだが、それはあんまりだと思ったし、怪我人として相手にしてもらえないのではという保身から絞り出した2であった。
その時、岳がどんな顔をしていたのかは思い出せない。
だが、間違いなく「??」と思ったはずだ。

そこで、今回はあえて問い返した。
「それは、今回の負傷部位に関してこれまでに一番痛かった時を10として、ってことですか?」
すると、岳は「はい」と答えた。

あー、やっぱりそっちか。

それはそう。だって岳はわたしにどんな武勇伝があるかなんて知らない。
銀歯でアルミホイルを噛むと痛いよと聞いた直後に試しに噛んでしまったことも、ブランコの最高到達点で後ろに飛んでいったことも、階段を踏み外して足の指を複雑骨折したことも……もっともっと……いてて。
それに比べたら。

たくさんの水を思い浮かべてください、と言われて学校のプール思い浮かべる人もいれば太平洋思い浮かべる人もいるわけで、それは量りかねるでしょう。

でもまって。
やっぱりおかしくない?
痛みが気になるほどに悪化して来院してるわけです。
今が一番に決まってる。
でもでも。
10と答えることにどうしても抵抗がある。
現に生活できてるわけだし。
私の中のスポ根魂がいらない見栄を張ろうとする。

そして、負傷箇所にボールが直撃した時がわたしの中ではMAXだったのでは、と思い出した。
そこで、7くらいです、と答えた。
このくらいが痛みを訴えて来院した人間の妥当な痛みではないだろうか。
満足気なわたしをよそに、岳が微かだが、こちらを二度見した。

あっ……。

つい数分前に「痛みに変わりはない」と告げたくせに、前回2だった痛みが7に昇格していることの矛盾。

わたしという人間への不信感を拭うため、慌てて諸々の説明をした。
前回質問の意味を捉え間違えていたこと、わたしの中での痛みのマックスは威力のあるボールが直撃した際のものであることもきちんと告げた。

いやー、あの時の痛みと比べたらもっと低いかもしれないけれども!

岳は少し安心したように「それは痛かったでしょうね」と同情すらしてくれた。
心なしか瞳も澄んだ気がする。
それから、わたしの反対側の手も同じように揉んだあと、やはり負傷箇所の可動域のほうが広いので、靭帯が緩んでるようだと教えてくれた。
よかった、わたしが無言だったから手持ち無沙汰に揉んでたわけじゃなかったんだ。

岳はさらに、2月なのに背筋が寒くなるような怪談話を始めた。
なんと酷くなると手術をする可能性があるというのだ。
(わたしにはなかなか麻酔が効かず、そのまま外反母趾の手術を強行された過去がある)
それも、健康などこかの靭帯を取ってきて移植するのだと。
そんな、大谷翔平がやったようなことをわたしが??
何も背負っていないわたしの左手にそんな手術を??

いやいやいや、と身震いしていると、とりあえず後2ヶ月ほど理学療法と薬で様子を見ましょうと岳は告げた。
改善しなければその時にサポーターをオーダーメイドで作ったり、注射とか、また先生と相談しましょうと。
うん。

それにしても岳、先生より先生らしいなぁ。色々知ってて頼れる。

そしてまた会う約束をして(次回予約)会計で『高っ』と心で叫び病院を後にした。


帰りにドラッグストアに寄った。

わたしとパートナーは揃って桃屋の『穂先メンマやわらぎ』が大好きなのだが、量の割に高い。そしてすぐなくなる。
しかし、このドラッグストアでコスパの良い類似品、しかも大瓶を見つけていたのだ。
パートナーからとりあえずたくさん買ってきて、5つくらい!と指令を受けていた。

運悪く棚の前には中年男性がひとり佇んでいた。
目的があるような無いようなぼんやりとした目つきで立っている。  
メンマの瓶は彼の目の前にあった。

しばらく様子を伺っていたが去る気配がないので、仕方なく会釈をしつつ腕を伸ばし瓶をひとつ取った。
微かに反応を示したものの、男性はその場を動く気配がなかったので、恥を忍んでまた会釈をしてひとつ取った。
チラリとわたしの買い物カゴに視線が動いた。

だが、まだ男性は移動しないため、ぶらりと店内を一周し、指のサポーターを見つけたので試してみるかと、それもカゴに放り込み、戻ってきたらまだ彼はそこにいた。

それで、また会釈をしつつ彼の前に手を伸ばし、メンマの瓶を掴み買い物カゴに入れ、さらにもう一度同じことを繰り返した。

男性がチラッとこちらを見、わたしがさっきのメンマ女だと気付いたらしい。まるでお手本のような二度見をされた。

流石にもうひとつは取る気になれず、逃げるようにレジに向かった。

あの後、あの人はメンマを買ったのかな。
ちなみにサポーターはきつすぎて使い物にならなかった。

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