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コーンスープおじさん

ずっと忘れていたが、2年前の下書きにこんなタイトルの記事を用意していたらしい。
その当時の私は、定期的に記事を公開するためにネタを書き溜めておこうと目論んでいたのだが、たいして面白いものが書けないだろうという判断でお蔵入りになった。

そして月日は流れ、私も少し大人になった。
今なら面白い記事になるだろうと書き始めたが、きっと2年前に書こうとしていた内容とそんなに変わらないことが予想される。

タイトル的にも、実体験としても、キャラとしても、割とインパクトがあったのだが、エピソードが非常に薄いのが理由である。いっそのこと盛ってしまいたいが、そんな発想力も文才ない。そして人望もない。人望は関係ない。

そのおじさんは、私が成人する一年ほど前に出会った。といっても、出会いは突然で、出会いと呼ぶにはあまりにも短い一瞬の出来事だった。出会ってから約30分も経たないうちにポリスメンに連行されてしまったからだ。
彼が何をしたと言うのだろうか。
それを今からなるべく詳細に書こうと思うが、
そんなに多く書くこともない。

その頃の私は都内の某カラオケ店で、責任者みたいなポジションで労働をしていた。
私が配属されたのが原因だとは思わないが、
年々売り上げが下がる一方だった。
人件費を削り、私1人で2フロアをドリンクやフードをトレイに乗せて走り回る日も少なくなかった。そんなある日、特に告知もなく店に
あるものが導入された。

『ドリンクバー』だった。客が飲みたい物を飲みたい分だけボタンを押してコップに注ぐ例のアレだ。なんとコーラやオレンジジュース以外にも、フローズンなんちゃらみたいな冷たいやつやら、ホットココアやらまでボタン1つで我々のような庶民にも提供してくれるのだ。

今となっては普通の設備だが、その当時はそこそこ魅力的なアイテムだった。何よりもドリンクを運ばなくて済むのは非常に助かった。
しかしそれが悲劇のはじまりだった。

その日は、泣くも黙る恐怖のエリアマネージャーが抜き打ちで来店していた。私はいつもの如く売上が目標に達していないことを怒られていた。心の中では『知らねーよバーカ』とかはまったく思っていなくて、ずっとあることが気になっていた。

『いらっしゃいませ、お一人様でしょうか』と入店してきた1人の男性に声をかけたが、無視されたので、待ち合わせかな?とか考えていたが、ずっと店内をウロウロしてみたり、ソファーに腰掛けたり、それがしばらく続いたので、とりあえず放置していた。

エリアマネージャーに怒られている私は、あることに気がついてしまった。その男性はウロウロしながらドリンクバーに辿り着き、『コーンスープ』を飲んでいるではないか。現時点では客ではない。立派な無銭飲食だ。無銭飲食は立派ではないが、間違いなくゆっくりとコーンスープを啜っている。なんなら味わっている。

エリアマネージャーはまだ怒っている。
私があまり話を真剣に聞いていないからだ。
しかし許してもらいたい。状況的に無理なのだ。何故なら、彼は2杯目のコーンスープのボタンを押したからである。押されたら下のカップに注ぐというのがドリンクバーの仕様である。ここで私は意を決した。

『エリアマネージャー、あのお客様…
いや、お客様じゃないんですけど…』

その言葉で察したようだ。さすが伊達に若くしてエリアマネージャーになっていない。家賃を払うのがバカバカしくて都内にマンションを買ったらしい。そんな話はどうでもいい。

エリアマネージャーvsコーンスープおじさん

『そちらのドリンクバーはお客様のみが利用可能となっておりますが、30分のご利用料金を頂いてもよろしいでしょうか。』

『いや、お金ないから』

『では警察呼びますね』

こうして彼は瞬殺されたが、ポリスメンにエリアマネージャーが事情を説明している間も
彼はまだコーンスープを飲んでいた。そしてポリスメンに怒られていた。最後に3杯目のおかわりをしようとしていた。

彼にどんな事情があったかは知らないが、
よっぽど切羽詰まった状況だったのだろう。
その2ヶ月後、本社の判断で店舗の閉店が決まった。別にコーンスープおじさんのせいではない。単なる経営不振だ。ドリンクバー導入が最後の切り札だったのだろう。

ここから得た教訓としては、
『コーンスープは飲んでも飲まれるな』

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