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No.151 2021年4月 多摩川ぐるっと1周ウォーキングの旅 

 私は午前中の早い時間に、天気が良ければ多摩川の土手を40分ぐらいウォーキングしています。多くは多摩川の東京側の土手を歩くことが多いのですが、たまには多摩川の上に架かっているガス橋と多摩川大橋を渡って多摩川をぐるっとまわるウォーキングをしています。2021年4月のまだコロナ禍でのことでした。回りながら写真を撮るゆっくりとした散歩でした。
 ウォーキングの起点はいつもの古市富士見歩道橋です。ここを通る時に富士山が見えるか確認してスタートします。ここから見える富士山はとても素晴らしいです。昔から富士山がよく見えたのでしょう。

古市富士見歩道橋

 歩道橋の階段を降りると川崎側の2つの景色が目に留まります。私が子どもの頃川崎市に住んでいて、最も変わった景色がこの2つでしょう。
 1つはJR横須賀線の新川崎駅ができ、高層の建物が建ったこと。私は子どもの頃新川崎に近いJR南武線の鹿島田駅が最寄りの駅でした。その先に駅ができ、高層建物が建つなど想像すらできませんでした。

新川崎駅の高層建物

 もう1つはJRや東横線の武蔵小杉駅周辺の高層建物です。武蔵小杉もよく通過したり下車したりしてよく知っていた街ですが、こんなに変化するなんて全く想像外のことでした。

武蔵小杉の高層建物

 この歩道橋の階段を降りて右に曲がりまずはガス橋まで行きます。ぐるっと回るコースは左回りになります。学生時代に陸上競技の中・長距離種目を走っていたせいかトラックの回り方と一緒のようです。
 少し歩いていくと右側に高層マンションが見えてきます。その先のガス橋を過ぎても高層マンションが続きます。私が今のところに住み始めた頃には全くありませんでした。東京側も大きく変化していたのです。

東京側の高層マンション

 高層マンションの位置と同じ土手からガス橋を見るとこんな感じです。

 ガス橋に着きました。

 私は子どもの頃「なんでガス橋って言うんだろう」とずっと思っていました。
改めてネットで調べてみました。
 「名称は東京ガスが鶴見製造所で製造した大量のガスを東京に供給するために作られたことに由来する。
 1929年(昭和4年)にガス管のみの橋として架けられたが、1931年(昭和6年)9月に「瓦斯人道橋」として一般の交通を通すようになり、1936年(昭和11年)ガス管が増設された。丸子橋と六郷橋の間に架かる橋として重宝されたものの、点検用通路を広げて設置された歩道は1メートルほどの幅しかないため、自転車やリアカーが進もうとすれば争いとなることも珍しくなく、『けんか橋』の異名をとったという。戦後は周辺の橋が増大する交通量に対応しきれなくなり、1960年(昭和35年)6月15日に現在のガス橋が完成、車両の通行が可能となった。」
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B9%E6%A9%8B
 
 ガス橋を左に回り橋を渡っていきます。

左に多摩川の河川敷、右に車道


多摩川の半分の位置から神奈川県


水量が多く向こうに流れていく

川崎側に着きました。ぐるっと左に回ると、

 「橋史」が書かれていましたが、よく分かりませんでした。
 まっすぐ進むと川崎側の河川敷、川の向こうに東京側の景色が見えます。

 土手から河川敷に降りるための石の階段があります。私の子どもの頃からあったように記憶しています。

まだ残っていた石の階段

 川崎側の土手の半分ぐらい進むと私が通っていた古市場小学校が見えます。校舎が大きく変わりました。

立派できれいになった校舎

 さらに進むと左にゴルフ場が見えてきます。私が中学校の陸上部の頃ゴルフ終了後にクロスカントリーのコースとして走っていた時はもっと広かったです。

 さらに少し進むと、私が子どもの頃使用されていた水門が今も残っています。現在は使われていません。

なつかしい水門

多摩川大橋につきました。

 多摩川大橋とはどのような橋なのでしょうか。
「東京と神奈川を結ぶ主要な道路の一つで6車線道路である国道1号(第二京浜)が上を通っており、交通量が非常に多い。橋の間に東京都と神奈川県の境界線がある。1938年(昭和13年)4月に、下流にある当時の京浜国道(第一京浜)の交通量の増加を分散させるためのバイパスである新京浜国道(第二京浜)の橋として建設が着工し、1942年(昭和17年)に下部工事が完成したが太平洋戦争により中断する。木製の橋を架橋することになり、1945年(昭和20年)3月31日に完成するが、同年4月15日の戦災によりわずか15日で焼失することとなる。終戦後、建設が再開することになり、1949年(昭和24年)3月に完成し4月30日に開通することとなる。」
また、その横に私が子どもの頃にはなかった橋が架かっています。その橋はどのような橋なのでしょうか。多摩川専用橋というようです。
 「多摩川専用橋は東京電力とNTTが共用する送電専用橋である。」
「橋長は521.4m、幅員6.4m。多摩川両岸の旧多摩堤通りと多摩沿線道路も橋で越えているため、多摩川大橋よりも橋長が長い。現在の橋の構造はランガー桁3連で、1984年(昭和59年)に完成。」
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%91%A9%E5%B7%9D%E5%A4%A7%E6%A9%8B
 
 橋を渡っていくとゴルフ場が見えます。

多摩川の真ん中まで来るとこれから先が東京都大田区の表示があります。

 裏を見るとこれから先が神奈川県川崎市となっています。

 多摩川大橋から多摩川を見ました。

水がゆったりこちらに流れて来る

東京側の土手に着きました。

ローマ字で多摩川大橋と書いてある

 そこから少し歩くと土手の下の道に行く下り坂があります。サイクリングしている人の多くは下の道を通って行くようです。

「ゆっくり走ろう」の文字が工夫されていますね。

私は土手の道を進んでいきます。

 多摩川を挟んで川崎側の景色が見えます。

   丸い建物は東芝の敷地にあるもので、レーダー関係の施設でしょうか。

 進んでいくと私の3人の子どもたちが通っていた小学校の校舎が見えます。


スタート地点に戻ってきました。

こちらの水門は使っています
多摩川につながっています
スタート地点から振り返ってみました

 身近な場所でもゆっくり散策すると見えてきたり調べてみたりすることがあります。これからもこんな旅をしていきます。

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