無門関 ZEN & POEM〈6〉世尊拈花
「というわけで、これは『大梵天王問仏決疑経』というお経のなかにあるエピソードだって」
「禅宗のルーツというわけか」
「ところがこの『大梵天王問仏決疑経』は偽経だ。インドで編纂されたものじゃなく、中国で誰かが捏造したものだそうだ」
「あれ、それじゃ禅のルーツはいずこに?」
「無い。無いからでっちあげたんやろう」
「でも”教外別伝”いうたら『仏の悟りは経文に説かれるのではなく、心から心に直接伝えられること』、やろ。それやのに、なんでニセのお経まで造るほどこだわったんやろ」
「さあ、そのへんが人間のカナシサというか、可憐さというか。仏教である以上は、お釈迦様のお墨付きがほしかったんだろねえ」
「ブッダもダルマもぶっとばせ(『仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し』/【趙州狗子】)の勢いはなんだったんかなあ」
「お釈迦さんが一本の花を示した、ってことやけど。この花はなんの意味があるのかな。『倶胝堅指』の指みたいなもんかな」
「そうやね。でも摩訶迦葉だけが微笑したのはナゼか、ということを考えんとアカンのやろね。まあ、ぼくが連想するのは、このハナシの舞台が霊鷲山になってる、そして霊鷲山といえばブッダが法華経を説いたとされているところで、その法華経によればブッダはいまも霊鷲山で法華経を説き続けているという。ということで法華経のなかの『衣裏繋珠の喩(えりのけいじゅのたとえ)』が思い出される」
「釈迦牟尼はばかにたとえが上手なり」という古い川柳があるそうです。なかでも法華経に説かれる七つの譬喩、【法華七喩(ほっけ‐しちゆ)】は有名です。
1 三車火宅の喩(火宅喩) 妙法蓮華経譬喩品第三
2 長者窮子の喩(窮子喩) 妙法蓮華経信解品第四
3 三草二木の喩(薬草喩) 妙法蓮華経薬草喩品第五
4 宝処化城の喩(化城喩) 妙法蓮華経化城喩品第七
5 衣裏繋珠の喩(衣珠喩) 妙法蓮華経五百弟子受記品第八
6 髻中明珠の喩(髻珠喩) 妙法蓮華経安楽行品第十四
7 良薬病子の喩(医子喩) 妙法蓮華経如来寿量品第十六
「衣裏繋珠のタトエは、酔いつぶれて寝てしまった男の服の裏に、親友が宝石を縫いつけて去る。その後、二人は会うこともなく、男はやがて零落してしまう。月日は流れ、男と親友はある時再会する。男の落ちぶれた姿を見て親友はオドロイて『キミが困らないようにボクは宝石を縫い込んであったのに!』と言って、男の服をほどいて、宝石を取り出して見せた・・・というハナシ」
「モーパッサンかオー・ヘンリーの短編みたい。それは、たぶん、みんな仏性をもっているのに、それに気づかないとかいうことなんやろね」
「法華経といえば宮沢賢治やけど、『銀河鉄道の夜』の次のシーンは衣裏繋珠のタトエの影響があるんとちがうやろか」
「お釈迦さんの花はサトリへのフリーパスか」
「もちろん賢治の場合は、彼は日蓮主義者だから、教外別伝だの不立文字だのはタワゴトとしか思わないだろうけど。賢治ならその花は”ナムサダルマプフンダリカサスートラ(南無妙法蓮華経)”である、と言うやろうな」
1998/11/18
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