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フィンランドの手仕事「フェルティング」とセルフケアのお話し

ハロウィンも終わって、冬が到来する頃、クリスマスの準備のためにフェルトでできた小人の飾りを出してみた。この小人は、フィンランドに留学していた時に羊のフェルトをチクチクして自分で作ったもの。フィンランドの手仕事といえば、編み物や刺繍が有名だが、フェルティングの存在も欠かせない。小人を眺めていたら、なぜフィンランドではフェルティングという手仕事が広く愛されているのか、そんな問いが浮かんできたので、実体験をもとに少し考えてみた。

フェルティングで作った小人のクリスマス飾り

フェルティングという手仕事

フェルティングは、細い針で羊の毛をつくと絡まるウールの繊維の特徴を活かした手仕事だ。ワタ状のウールを針でつついて、ぬいぐるみやスリッパ、服、ポーチ等をつくることができる。フィンランド語でフェルティングは「huovutus」というのだが、インスタで#huovutusと検索をかけると、色鮮やかでユニークな作品がいっぱい出てくる。

日本でもフェルティングの手仕事は広く知られているが、両国で作られている作品の系統が異なるような気がしてる。

これはあくまで個人的な見解だけれど、日本はマスコットやポーチなど小物で非実用的な作品が多いのに比べて、フィンランドは洋服やスリッパ、マットなど実用的で大物の作品を好んで作る人が多いような印象だ。それは北欧という寒い環境下で暮らしていると、フェルトという素材が防寒具として実用的な役割を担い、日常の生活の中で実際に必要とされるからではないだろうか。

羊毛原産国の暮らしと環境に根ざした手仕事

フィンランドの民族博物館などでもフェルトを素材にした道具を見ることができる。日本でいう絹やコウゾといった繊維と同じで、フィンランドや北欧諸国ではウールがその土地に根差した素材である。日本は温暖湿潤な気候で羊は育ちづらいけれど、北欧の寒冷な環境では羊がよく育ち、原種も多く存在する。素材を生み出す生き物がいれば、その素材を活かしたクラフトが生まれるように、フェルティングはフィンランドのいわゆる「伝統工芸」としての側面をもつ。

私がフィンランドで作ったフェルトのスリッパ
作り立てで濡れた状態の作品はサウナの中で乾かす

フェルティングに関連する伝統工芸として有名なのが、フィンランド中部のjämsäという町を中心に作られているフェルティング素材のスリッパだ。ロシア系のクラフトマンがこの町にフェルト文化を持ち込み、中でもフェルトのスリッパが伝統工芸として根付いたようだ。今でも町には1900年代から続く工房がいくつか残っている。靴下を履かなくても柔らかくて暖かいので、私もこのスリッパをフィンランドの家で好んで履いていた。

自分が使うモノを自分で作る

私はフェルティングをフィンランドのカルチャーセンターで習っていた。中学校の放課後の空き教室を借りて、その地域に住まう講師が開講していた小さな手芸コースで、その他にも社交ダンスや英語など様々なコースがあった。3ヶ月で約5,000円程度で受講ができ、お手頃に新しい趣味に挑戦できたのだ。

フェルティング「教室」といっても自分が作りたいものを各々おしゃべりしながら作るというゆるく集う共同のアトリエのような場所で、とにかく自由な雰囲気だった。個人的には、みんなが持ち寄る手作りお菓子を食べるお茶の時間が楽しみでせっせと通っていた。

初夏にはみんなでお外でフェルティングをしてみたり。

この教室に通っていて強く印象に残っているのは、「最近寒いから手袋を作りたくて」とか「クリスマスの装飾に大きなタペストリーを作りたいの」とか何か「使う・作る目的」を持って、作品づくりに取り掛かる人が多かったことだった。

手仕事は、楽しくていくらでも作品を作りたくなるけど、使う用途のないものは永遠にモノとして溜まっていく。だからこそ、作ったものを自分で使いたいか、使えるかという視点を持つことも大事だと考えている。普段からアウトドアでカジュアルなファッション・ライフスタイルのフィンランドでは、自分で作る少しユニークなフェルトの洋服や小物もフィットしやすい。加えて、寒い環境下ではフェルトで作った手袋やスリッパは実用性も高く、日常シーンでも大活躍をする。

手仕事の小さな作品といえ、作るという行為は新たな資源を産むことでもある。作る責任、使う責任というと大袈裟かもしれないけれど、小さいモノでも自覚的に作る・使うことで、手仕事から消費者としての哲学を学ぶことができるのではと考えたりする。

冬季を乗り越えるためのケアとして

ただし、いつもそんな大義名分を掲げて手仕事をするわけでは、それは趣味といいより仕事になってしまう。もう一つの手仕事の大切な意味は、「セルフケア」なんじゃないだろうか。

ホームシックを紛らわすために作った手紙入れ

高校留学先のフィンランドで冬季鬱によるホームシックにかかったとき、日々の唯一の楽しみとなっていたのが手仕事だった。学校で友達ができなくて落ち込んで帰ってきたときも、家でチクチクと手を動かしていると少しずつ元気が戻ってきた。

北欧の長い冬を元気に乗り越えるにはちょっとしたコツが必要なのだが、よくフィンランドのファザーが「スポーツジムに行くとか、お散歩に行きなさい!」と口うるさく言っていたように体を動かすことはもちろん、何かに打ち込み、沈みがちな気分を誤魔化すことが重要課題となる。

そんな時に、やっぱり大活躍するのがフェルティングや編み物と知った冬の手仕事で、ここぞとばかりに、みんな暖かい部屋でぬくぬくと過ごしながら手仕事に精を出す。そして、作品が出来上がる頃にクリスマスがやってきて、秋から冬にかけて作った作品を家族や大切な人へのプレゼントとして贈り合う。

もちろん全員がそうではないけれど、この移り変わる「季節」と「行事」そして「手仕事」はうまくお互いに相関しあっているのだなと思わされる。冬の孤独を感じやすい時期に手仕事に打ち込み、時には仲間とお菓子を食べながらおしゃべりをし、気づいたら季節が巡っている。それは、季節と同じくらい移り気な「人間の心」にも有効なケアのレシピかもしれない。

その時の自分のために、ケアとしての手仕事を探す

スーツケースいっぱいにフェルトを詰め込んで帰国したのに、日本に帰ってきてからはフェルティングをする時間がめっきり減ってしまった。この国の暖かい気候のもとにいると、どうもやる気が出ないというのが理由だ。ただ、気分がむしゃくしゃしたり、落ち込んだりした時に、何か打ち込むモノがあったらいいなといつも思っている。その気候や土地ごとにあった手仕事があるように、今住む場所で、今の自分が取り組みたくなるようなセルフケアとしての手仕事を探してみたいと思っている。さて、今の私にはどんな手仕事が合うのでしょう。

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