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ボブ・ディランを楽しむ5枚(序章)

ボブ・ディラン。1941年5月24日生まれ。本名ロバート・アレン・ジマーマン。フォークの騎手、ロックンロール最大の詩人、ノーベル賞受賞者。

こうした一般的に知られる情報の中で、音楽を聴く上で必要な情報としては、ボブ・ディランという名が芸名であった(現在は芸名を法的な本名に改称している)ことくらいであると思われる。フォークや詩やノーベル賞のことを知らなくてもディランは聴くことが出来るし、楽しむことができる。むしろ知らない方が良い、とすら感じる。

何故か。そもそもディランはロックンロールキッズであり、流行り物大好きな腕白であり、人と同じことが嫌いという極ありふれたガキのまま今に至っているから、に他ならない。更に付け加えると、ディランが何よりも大切にしているのは「歌を歌うこと」であり、それ以外のことにはおそらくほぼ頓着がない。その歌も特段何かを訴えたいわけでも大概なく、だからこそ孫の幼稚園に良かれと思ってギターを手に訪問して勝手に歌い出したり(園児たちが怖がってパニックになったらしい。まあ分かる)、近年誰も求めていないクリスマスソングカバー集やジャズスタンダードカバー集、退屈なブルースカバー集を何枚も重ね、ツアーに明け暮れる。

ここから浮かび上がるのは、「歌、好きなんだね、おじいちゃん」しかない。行動様式は地元カラオケスナックに通いつめるおっさんのそれであり、深い意図などあるはずもない。スナックおっさんと違うのは、それが商売になることであり、聴きに来る人がいることくらいである。近年のおじいちゃんのそれも、最盛期においても、ディランは基本何も変わっていない。変わった部分があるとしたら、曲の創作意欲と、その気まぐれさ故の斬新なスタイルの変遷であろう。歌い方に関しては、現在に至るまで周期的に変化があるので、これも変わっていないといえば変わっていないと言える。

では単なるスナックおっさんなら聴かなくても良いのか、と言われたら当然否である。ディランは聴かないといけない。いけないというより聴いた方が良い。当たり前の話である。がしかし、キャリアがこれだけ長いと非常に困った作品も沢山ある。また、ディランを崇拝する人たちの勧める作品は初期のフォークからスタートさせようとするから、延々と続くお経のようなものを耐え忍ぶ必要を強いる。しかも変な歌い方である。辛い。それではいけない。

そこで、ディランを何故聴いた方が良いのか、5枚のアルバムを並べてみる。とりあえず5枚聴いたら他に行けば良いし、行かなくても困らない、そういうセレクトをする。が、その前に一枚のアルバムを導入部として置いておく。

The Byrds「Play the songs of Bob Dylan」

ザ・バーズ。1964年、ロジャー・マッギン、デヴィッド・クロスビー、クリス・ヒルマン、ジーン・クラークらで結成される。ビートルズに魅せられ、ジョージ・ハリスンの弾くリッケンバッカー12弦ギターに衝撃を受けたマッギンは、アコギやバンジョーを売り払い、それを手にする。グリニッジ・ヴィレッジのフォーク村の住人だったマッギンは、フォークをビートルズ的に転換させるスタイルを思いつき、ディランの歌を探し始める。「ハッキリ言って何を歌ってるのか、全然分からなかった」という"Mr.Tumbling Man"のメロディに手を加え得る可能性を感じたマッギンは、12弦ギターによるイントロ、歌えるメンバーによるハーモニー、ロックバンドのフォーマットによる演奏で、ディランの投げやりな歌を、一級品のロックソングに変えてしまう。1965年、このシングルでデビュー。そして大ヒット。

https://youtu.be/NyOzGPbn2tg

以降バーズ(マッギン)は、事あるごとにディランの歌をバーズを介して変換させていく。そこにあるのは本来曲が持っていたメロディの豊かさであり、作者であるディランも見出し得なかったものであった。というかディランがあまりにテキトー、かつ辛抱強くないが故にラフカットのまま投げ出したものをマッギンが丁寧に加工したものだった、と言える。

ディランが世に出るキッカケになったのは、ピーター、ポール&マリーによる"Blowin' in the wind"であり、バーズやタートルズによるカバーによるものである。中でもバーズについては(当たり外れは割とあるものの)、特に最初期のお経、もといフォーク時代の無味乾燥なディランの歌に潜む豊かなメロディを引き出した功績を、もっと広く評価されるべきであろう。その仕事ぶりをまとめたのが、この「バーズ・プレイズ・ディラン」という編集盤。ジャケットや曲の並び、内容の異なるものがいくつか出ているが、秀逸なジャケットが聴く意欲をそそるこちらを推薦しておく(実際問題、並びはもうちょいマシなのがあるのだが、CDや配信がメインのご時世、並びなどは各々で変えたら済む話である)。ディランをどこから聴くか、と考えたら山ほど出ている、しかもやたらに曲が沢山入っているベストアルバムは何気にハイリスクなので、この「バーズ・プレイズ・ディラン」が最適である。歌詞はとりあえず無視してよし。とにかくディランは優れた作曲家であり、あの本人による無味乾燥な歌の奥底には、こんなにも奥深く豊かなメロディが眠っているのだ、ということをバーズを通じて知ることが、ディランを聴く楽しみを後々倍加させると断言しておく。

次回からディラン本人のアルバムを5枚紹介します。

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