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ディランを楽しむ5枚 1枚目

「ハード・レイン」(1976)

2018年、ディランはフジロックフェスティバルのトリを飾る。御年77歳。一部有名曲がオリジナルに比較的近い形で披露されたことに驚きの声が続発していたが(それもまたおかしな話ではあるのだが、何せ気まぐれなディランである)、基本的に90年代以降の作品を中心にしたセットリスト。アレンジもブルースといえば聞こえはいいものの、要するに今の声域に合わせたもの、と言って良いと思う。先ずは歌う、歌えることが前提。当たり前といえば当たり前であり、若い頃のクラシック優先のポール・マッカートニーやローリング・ストーンズの方が余程おかしい、とも言える。

それはともかく、ディランの歴史はライブの歴史と言える。ライブアルバムの数ではない。元々ロバート・ジマーマンにボブ・ディランという芸名を設えた段階でディランは芸人であり、芸人はステージに上がることが仕事、ボブ・ディランという芸人は歌手である。だから作品の制作よりもステージに立つことに重きを置いているように映る所作も芸人として考えればごく当たり前の行為であり、この辺りはポールと同じと言える。

69年のバイク事故、その後のリハビリおよび冗長なカントリー路線の爆走期を除いて、ディランの基礎はライブである。特に74年のザ・バンドとのライブツアー以降、改宗というおかしな時期(別項にて後述)を含め、精力的というよりも一種病的にツアーを組み、こなしていく。おそらくは最初の妻との別離(これも別項にて後述)、新しいパートナーを得たことの喜びというプライベートの躁鬱状態がまんま出たと言えるが、音楽的に、また歌手としても最上期がこの時期であったと言えることは残された作品が雄弁に物語る。

この「ハード・レイン」は76年に行われたローリング・サンダー・レビューと冠されたツアー(75年を第1期とすると第2期にあたる)の模様を収めたもの。一般的には75年の第1期ローリング・サンダー・レビューの評価の方が高いようではあるが(ちなみにこの第1期も現在は公式に音源化されている)、ディラン初心者がまず手にするべきディランは、この76年の作品であると断言する。理由は以下。

・ジャケットが奇跡的にカッコいい
・演奏がワイルドかつ歌メロが最高
・収録曲が少なく、時間が短い

ディランのジャケットは8割方ダサい。ピンボケ写真とか謎の気持ち悪い絵とか、たまにポーズを決めていたら空回りとか、悲惨さの極みである。誰がゴーサインを出しているのか謎だが(おそらく本人)、おおよそ所有したい気持ちを抱くのは難しいものが並ぶ。

しかし奇跡的にカッコいいものが片手程度は存在していて、その1枚がこれになる。ローリング・サンダー・レビューでのディランは顔を白塗りしているのだが(おそらく旅芸人らしいメイクだったのだろうと思われるが、意図不明)、その塗りがやや落ちた(汗をかいているため、つまりライブ中かライブ後)怖い顔が結果的に内容の鋭さをも示唆するものに仕上がっている(あくまで偶然であることは間違いないとはいえ)。

肝心の内容については、バンドの熟練度と無縁ではない。75年からスタートしたローリング・サンダー・レビューは元々旅芸人一座による大人数の大掛かりなツアーで、ディランの他にもジョーン・バエズや元バーズのロジャー・マッギンなどもステージに上がり、各々がソロレパートリーを披露する演出であった。それ故にある種散漫な状況になることも多々あったことは75年のツアー、ディランのステージを収めた「ローリング・サンダー・レビュー」で窺い知れる。そのとっ散らかり方もまたディラン、という上級者はともかく、75年のツアーを経て、76年により引き締まった上に、極上の10曲に絞られた「ハード・レイン」の方が誰もが楽しめる究極の一枚、と言ったら過言ではあるものの、限りなく究極に近い一枚とは言える。

3本のギターが荒々しくリズムを刻み、ディランのしゃがれ声はしゃがれていながらも眼前に広がる聴衆の、その先までも伸びやかに広がっていく。歌手ディラン、ロックシンガーのディランの究極を捉えている。冒頭3曲はこの時点でも、今でもディランクラシックでありロッククラシックと呼ぶべき名曲ながら、オリジナル音源のそれには無かった元々あったはずのメロディの旨さを引き出し、かつそれを荒々しく投げつける、ロックと呼ぶ以外にない、なんならパンクと呼んでも差し支えない形で響き渡る。この頭3曲を聴けば、まずは不必要な先入観であるところの「フォークの神様」なるイメージは払拭できるはずである。途中に入る"Oh Sister"のラフながらも、いやラフだからこそとも言えなくもない哀切に満ちた情感溢れる歌声もアクセントとなり、元嫁への未練に彩られた「ブラッド・オン・ザ・トラックス」の中で元嫁への未練が滲まない数少ない曲であり、ひたすらに怒りに満ちた曲である"Idiot Wind"が、アルバムでのアコースティックによる演奏では考えられない嵐のような激しさで叩きつけられて終わるのは、再生スタートボタンを押してから51分後。このコンパクトさもまた名盤の必須条件をクリアしている。

ディランは誰よりもまずカッコいいロックシンガーである。それを最初に押さえることで見えてくる景色は大分変わる。だからこそディランを聴くならばまずは「ハード・レイン」である。

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