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クアドラ業務に活かせるカンヌライオンズの学び

以前公開した記事の通り、カンヌライオンズ2022についての現地視察の報告会を行いました。報告会は主に社外の方々に向けていたため、クリエイティブ業界全体の動向がメインの話になっていたのですが、弊社のように、デジタルクリエイティブで課題解決や価値創造をする業務の中で活かせる事にフォーカスして、現地での学びを掘り下げてみようと思います。


クリエイティブの良し悪しを判断する

“クリエイティブ”というと、一見曖昧で非言語的な領域にきこえますし、その良し悪しは受け手によって変わる、属人的なもののように感じます。センスのいい人だけが判断できるものだし、「まだ新人クリエイターの自分にはわからなくてもしょうがない」「そもそもクリエイティブ職ではない自分には口を挟むべきでない領域だ」などといったように、一部の高尚な人にしか判断できない抽象的なものだと思っている人もいるかもしれません。

しかし、この業界にいる以上、新人クリエイターであっても、クリエイティブアイデアを考える必要はあるし、クリエイティブ職でなくても、クリエイターと一緒にアウトプットを制作していくはずです。自分の考えたアイデアがどのくらいイケてるものなのか?クリエイターから挙がってきた提案をどう上司やクライアントに伝え、扱えばいいのか?客観的にクリエイティブの良し悪しを判断する軸を必要とするシーンは意外とあるのです。

そこで、クリエイティブの判断基準を定めている、3つの企業それぞれの基準をみてみましょう。

1. Creative Spectrum by ABInBev

今回のカンヌでCreative Marketer of the Year(クリエイティビティの力を信じ、その可能性の限界に挑戦する広告主を表彰する賞)を受賞したビールブランドである、「ABInBev」という会社が公表した、社内でクリエイティブを評価する指標が話題になりました。この内容は他のクリエイティブ携わる会社にも参考になる指標だと思うので、項目をみてみましょう。1から10に上がるにつれて、いい評価となっています。

Creative Spectrum

1.無謀
文化的に無神経。不適切。不快。
→ブランド価値の毀損

2.不明瞭
ごちゃごちゃしている。理解しづらい。分かりにくい。
→意味をなさない

3.無関係
ブランドと無関係。またはブランド戦略と整合性がとれていない。
→ブランドのカテゴリーから離れて感じる

4.ステレオタイプ
独創性がない。目につかない。模倣的。
→ブランドの決まり文句を強化できる

5.ルーティン
利用に値する。期待できる。安全である。
→ブランドとしては自然だ

6.突飛
想像力が豊か。新しい。ユニーク。
→主張性がある

7.オリジナル
発明的。巧妙。意外性がある。
→印象に残る

8.衝撃的
魅惑的。喚起力がある。記憶に残る。
→ターゲットの考えや認識を変えられる

9.誘発的
エネルギッシュで大胆。伝染力がある。
→ターゲットの行動を喚起する

10.象徴的
伝説的。啓示的。革命的。
→カルチャーを変える力がある

2. Creative Ladder by Heineken

今年のカンヌライオンズで取り上げられたもの以外もピックアップ。同じくビールブランドのHeinekenが作った、クリエイティブを評価する10段階のハシゴをご紹介。Heinekenでは、つくられたキャンペーンがこの指標において、全て5以上だとみなされる必要があると、社内で言われているそうです。10が一番上にくる下の図に沿って、10から順に訳してあります。

Creative Ladder

10.伝説的
9.文化的現象が起こせる
8.伝染力がある
7.画期的
6.新鮮
5.所有できる
4.定型的
3.紛らわしい
2.乗っ取られている
1.壊滅的

3. HumanKind Scale by Leo Burnett

ブランドだけでなく広告会社で社内にクリエイティブ指標を持っている会社もあります。アメリカの広告会社であるレオ・バーネットの例も紹介します。レオ・バーネットの場合は、すべてのキャンペーンが7以上に達することを望んでいるとのこと。

HumanKind Scale

1.壊滅的
2.よくわからない
3.目につかない
4.何のためのブランドかわからない
5.ブランドの目的がわかる
6.知的なアイデア
7.感動的なアイデア・美しいクリエイティブ・人間らしい行い
8.人々の考え方や感じ方を変えられる
9.人々の生き方を変えられる
10.世界を変えられる

どの会社も1-4までが微妙な評価で、5-7がクリエイティブの質の高さに関する評価、そして8-10が世の中への影響力に関する評価になっている点が興味深いですね。つまり、クラフトやアイデアが良くても、ちゃんとワークしないと最高の評価には値しないということです。これは近年のカンヌの評価にも通じるところがあります。(今年は例年よりクラフト系の評価が戻ってきた感じもありましたが。)弊社も、おなじ広告会社であるレオ・バーネット的にボーダーラインを求めるのであれば、外的影響力まで感じさせられる、8以上のクリエイティブを目指して取り組むことが大切かもしれません。

デジタルの活用方法を真似する

今年のカンヌで語られた多くのことは、主にブランドとそこに近いところにいるエージェンシーやクリエイターが、ビジネスにクリエイティブ発想を組み込み、どう世の中にアウトプットしていくべきかという、ブランド運営の考え方に近い部分の話でした。しかし、クアドアのようなプロダクションとなると、ブランドやエージェンシーで吟味された方向に向けたブースト部分としての企画・制作が望まれるシーンが多く、ブランドの在り方をそもそも論で提案するような場面は少ないです。

そんな中で、日々のアイデア出しやデザイン、実装において、参考になるように、デジタルを使ったゴールド以上の受賞作品を、手法別に分類してみました。

1. 新ツール・インフラを作る

I WILL ALWAYS BE ME (×3受賞)
PROJECT CONVEY
SEE MY SKIN
NIKESYNC
The Prevention Grid
THE EYE TRACKER
REAL TONE
PROJECT UNDERSTOOD
A CHAT AWAY FROM EVERYTHING
DATA TIENDA (×2受賞)
SPEAKING IN COLOR
DOT PAD. THE FIRST SMART TACTILE GRAPHICS DISPLAY.
EYEDARSTAYBL
BACKUP UKRAINE (×2受賞)
計19作品

受賞作の中で一番該当数の多かった方法が「ツール・インフラを作る」という方法。一時的な打ち上げ花火ではなく、生活の中で「使える」「機能する」ものを作り、問題を解決していく方法論である。本来アナログな世界では解決できなかった問題が、デジタル技術の存在のおかげで解決できるといった例です。

一つだけ受賞作を紹介します。

SPEAKING IN COLOR
Sherwin-Williamsという住宅や資材のペイントをする会社の施策。人に色を伝えるのは実は難しく、ひとことに「赤」といっても「深い紅色」なのか「明るいりんごのような赤」なのか、人によって解釈はさまざま。そこで、思考や感情を表現する、最も自然な方法としての自由な「言語」を使った、色検索機能を作りました。「日没時にフランスの海岸で飲むシャンパンの色」のような言葉(音声)でカラーパレットを探すことができるAIカラーソリューションです。

コンセプトが決まってから、GoogleのVision AIを使用して、8ヶ月かけて制作されたそうです。以下のサイトより実際に触れるのて、体験してみてください。

2. 元ある場所をハックする

THE UNFILTERED HISTORY TOUR (×5受賞)
HACK MARKET
VOLVO STREET CONFIGURATOR
GENDER SWAP
GUN SURVIVOR REVIEWS
SAMSUNG ITEST
AAMI REST TOWNS
THE AD BREAK CHAMPIONSHIP - GTI HIJACK
UNDERCOVER AVATAR
HETZJAEGER. ANTIFASCIST ALGORITHMS.
CHATPAT
THE NOMINATE ME SELFIE
SIGNAL FOR HELP
DYSLEXIC THINKING
計18作品

次に数が多かった方法が、「元ある場所をハックする」という方法。体験者にとって意外性のあるタイミングでアテンションされたり、本体情報が置けない場所に情報を設置したり、既存の常識を崩して新しい価値観を提示したり、アナログではできない、思い切った「割り込み」と「体験」を提示する、デジタルならではの方法論です。

こちらも一つだけ受賞作をご紹介。

THE UNFILTERED HISTORY TOUR
ゴールド以上で5部門受賞。VICEの今年の顔となった施策です。
多くの若いイギリス人が、植民地時代の過去に疑問を呈しているという状況の中、InstagramのARフィルターを使い、大英博物館の作品を見る体験を作りました。AR越しに見た大英博物館の展示物は、その展示品を略奪した植民地時代の犯罪シーンなどを映し出すことで、帝国主義の裏に隠された本当の歴史を学ぶ機会を与えました。

Instagramフィルターは、10のタイムゾーンで、18ヶ月間リモートで働く100人の強力なチームによって開発されました。ロンドンの現地チームは、LiDAR技術を使用して、匿名でデータを収集したのだとか。また、博物館の変化する環境に動的に適応するために、リアルタイムの天候に基づいてARフィルターを開発することにより、博物館内の光条件の変化に対応したそうです。

3. コンテンツを作る

DOJACODE
BURGER GLITCH
A Song for Every CMO (×2受賞)
RIO CARNIVAL - NEW BRAND
BLACK-OWNED FRIDAY 2021
LIL JIF PROJECT
FANCY LIKE
THE BLACK ELEVATION MAP
BMW: NOTHING BUT SHEER JOY
THE FIRST META SNEAKER
LONG LIVE THE PRINCE
計12作品

次は「コンテンツを作る」方法。1に近いが、1に比べて短命で、より一度きりの打ち上げ花火感が強い方法です。ターゲットが普段から遊んでいるデジタル上の場所で、広告であることをいい意味で超越した、遊んでもらえるコンテンツを作ります。この方法は、企画として出てきやすいですが、広告が嫌われているこの時代にワークさせるのが難しい方法でもあると思います。文脈がとても大切で、登場するアーティストなどの「やらされている」感覚をいかに払拭し、彼らのこれまでの文脈や思想と共鳴した上で、本音で共創している空気感を醸成できるかが肝です。

一つだけ受賞作をご紹介します。

LIL JIF PROJECT
アメリカで有名なピーナッツバターのJifですが、ミレニアル世代でも特に若い消費者がブランドから遠ざかっているそう。若い世代に刺さりたければラップだ!と、一見安直にも見える企画を実施しました。アメリカのラップシーンではここ10年ほど、伝統的で叙情的なラップと、「MUMBLE RAP(マンブルラップ)」という、歌詞の聞き取れないモゴモゴ歌うラップスタイルの対立が起きており、「MUMBLE RAPはピーナッツバターを口いっぱいに頬張っているように聞こえる。」と揶揄されていることに着目。以下の3ステップで話題化させました。

  1. 叙情的ラップで有名なLudacris(リュダクリス)を起用し、6年ぶりのシングルをリリース。それはかつてのようなラップでは叙情的なラップなく、MUMBLE RAPであった。

  2. これまでの歌い方と相反するMUMBLE RAPで曲を出したことについて世間がざわつき始めた頃、実はこの曲は、レコーディング中に、ピーナッツバターのJifのおいしさに我慢ができず、口にピーナッツバターを含んだ状態で収録されていたということを明かす。

  3. #JifRapChallengeというハッシュタグで、口にJifを含んでラップする遊びを、TikTok上で提案して話題に。

「とにかく流行っているからラップを使おう!」ではなく、ラップ界の歴史上に元々存在している揶揄表現の文脈を巧く活かし、既存の対立に仲裁を入れるといった方法が、しっかりラッパーやそのファンに受け入れられるキャンペーンとなり、SNSやネット民に受け入れられるものとなったようです。

4. 最新技術で未来を魅せる

MCENROE VS MCENROE (×2受賞)
SHAH RUKH KHAN-MY-AD (×2受賞)
9/12 - THE UNTOLD STORY OF RECONNECTING NEW YORK
計5作品

少数派にはなるが、一定数出てくるのがこの「最新技術で未来を魅せる」方法。日々進化するテクノロジーの最新機能をフルに使い、これまで作ることの出来なかった未来の新体験を創造したり、見たことのない体験への物珍しさと、高いニュース性でPRバリューをつくります。

こちらも受賞作を一つだけ。

MCENROE VS MCENROE
ビールブランドのミケロブ・ウルトラが制作したのは「若きマッケンローvs. 今のマッケンロー」という夢の対決。今のマッケンローが相手のコートにボールを打つと、AIが反応して、ミストに投影されたホログラムのマッケンローがボールを追いかけ、打ち返す(ミスト背面のマシンからレシーブボールを射出)。この、最新技術の組み合わせで成せるデジタルショーをESPN+で放映しました。

このコンテンツは30カ国以上で話題になり、99%の肯定的な社会的感情を持たれ、ESPNにも気に入られ、1時間のフリーメディアを与えられたとか。

さいごに

このように、自社でクリエイティブの良し悪しを測ることのできる独自の物差しを作り、誰でも一定のクオリティを目指すことが出来るようにしたり、普段、デジタル施策を企画する際の引き出しとして、受賞作の方法論を参考にしてみることで、カンヌライオンズにおける学びを、少しでもデジタルクリエイティブ業務の中で活かしていただければと思います。

(この記事の内容は2022年10月7日時点での情報です)

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