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おとっさんのほかに神はなし

  

  "Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu?" 

 「私たちは神さまに、何をしてしまったの?」


 そんなオリジナル・タイトルをもつ、異宗教間での国際結婚をテーマとした上質のコメディ映画が、邦題『最高の花婿』として今春公開された。

 主人公のヴェルヌイユ夫妻は、敬虔なカトリック教徒。フランス、ロワール地方の閑静な田舎町に暮らす夫妻には四人の娘がいる。うち三人の娘がそれぞれアラブ人、ユダヤ人、中国人の男と結婚、せめて末娘だけにはカトリック教徒の婿を、と夫妻は願う。ある日パリに住む末娘から、カトリック教徒のボーイフレンドと婚約したと電話がある。ヴェルヌイユ夫妻は「ついに念願の」と喜ぶのだが、娘が連れてきたのはコートジボワール出身の黒人青年だった……。


 映画はユダヤ教の割礼儀式に始まり、異なる信仰をもつ婿たちの交接、クリスマスパーティ、カトリック教会での結婚式へと展開する。夫妻と婿たちとの風習や食習慣の違いにより、つねに些細なことから衝突が量産される。だがギスギスすることは決してない。一つ一つのエピソードにシリアスな宗教対立や文化摩擦の背景がはらまれ、ともすれば冗談では済まされず、重たくなりかねない話題を、さらっと笑える軽いネタへ転化した脚本の巧さが際立つ。

 たとえば、あまり仲の良くなかったアラブ人の婿とユダヤ人の婿が、ヴェルヌイユ邸でのクリスマスパーティで「キリストは神の子じゃない、預言者の一人だ」とささやかな合意に至ったり、中国人の婿が「ユダヤ資本が世界を牛耳ったのは過去の話だ、これからは中国がすべてを買い占める」と言いながらも、窮地に陥ったユダヤ人の婿が挑む新ビジネスへ出資したり。その基底に覗くのは、違いと対立の過去を乗り越え何とか幸福な共存環境を育もうとする、登場人物たち全員の思いだ。



 映画の中盤で、アラブ人の娘婿が「アッラーアクバル(神は偉大なり)」と叫びながら投げた雪の玉が、狙ったユダヤ人の婿を逸れ、義父であるヴェルヌイユの顔を直撃する場面がある。ドラマや映画などで、「アッラーアクバル」の言葉とともに殺人や自爆テロを起こすムスリムの場面をあまりに多く刷り込まれたこの眼には一瞬、笑いの限界線をわずかに超えたかと思われたこのシークエンスを観ながら、同時にぼくの脳裡を襲ったのは、マレー半島の古都マラッカの裏道を歩いた記憶だった。

 現代の経済発展からは取り残されたマラッカには、しかし数百年におよぶ海洋交易の履歴がいまなお凝縮されている。たとえばそれは、観光地として賑わうメインストリートから数本外れた路地の、ほんの二、三百メートルほどの内に華僑寺院が出身省別に廟を並べ、加えてイスラムのモスクやキリスト教会、ヒンドゥー寺院が軒を連ねるといった形で表出される。それら祈りの場のどこであれ、異教徒であるぼくの闖入を嫌うことはなく、微笑みをもって歓迎される。けれどもその微笑みは、《敵》の存在なしには己の存立条件を見失う種の人間たちにとってはもしかしたら、目を背け覆い隠したい種の光景なのかもしれない。



 本作監督のフィリップ・ドゥ・ショーヴロンは来日インタビューでこう語っている。

 「今われわれがすべきことはレジスタンス(抵抗運動)だ。映画を見に行って、ワインを飲む…そういう生活をこれまでと同じように続けることだ」

 これはシャルリー・エブド襲撃事件などの際にもしばしば目にした種の言明だけれども、セプテンバー11直後の米国社会のように煽り立てる文言ばかりが先行しがちな昨今にあって、ほんとうに力強さを試されるのがどちらの姿勢なのかは明白だ。

 『最高の花婿』では中盤から、末娘が婚約した黒人青年の父親が大活躍を始める。かつてフランス植民地であったコートジボワールの有力者である父親は、「フランス」を憎悪しながらも敬愛する。娘の父親ヴェルヌイユ氏との熾烈を極めるマウンティング合戦などは抱腹絶倒の極地をゆき、腹筋が痙攣しすぎて筋肉痛を起こしかねないのでご用心。



 昨今のフランスはテロの脅威に晒され、旧来からの移民問題に加え大量の難民流入と、宗教対立や文化軋轢のるつぼであり続けてきた。そうしたなかで焦眉の社会問題を真正面からとらえ極上のコメディ作品へと昇華した本作は、フランス本国ではハリウッド大作群を抑えその年の興行収入一位、フランス史上でも六番目の興行成績という大ヒットを飛ばすに至る。これはなんとフランス人の五人に一人が観た計算になるという。

 こうしたことからも、「コメディはなにかとても深刻なことや問題を、軽いタッチに変えて表現することができる素晴らしい仲介者」と語るフィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督の意図が、いかに多くのフランス人の心をつかんだかは窺える。その意味でも本作はフランスの今だけでなく、今後全世界的に益々一般化するだろう異宗教間・異文化間結婚を、笑いながら理解するうえでも最高にお奨めの一作だ。





※中段画像:マラッカの一見ありふれた路地。実は手前から香林寺(仏教/門)、青雲亭寺院(儒教/右)、カンポンクリンモスク(イスラム寺院/白い塔)、スリポタヤヴィナヤガムーティ寺院(マレーシア最古のヒンドゥー寺)と、ロイヤルストレートフラッシュ状態。 ※※本稿は、pherim寄稿によるキリスト新聞掲載記事(2016年2月)に手を加えたものです。














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