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上野修「分析哲学とスピノザ?」【試し読み版】

12月20日刊行予定の最新号より、上野修(大阪大学名誉教授)による分析哲学とスピノザをめぐる論考を試し読み公開します。


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思わずタイトルにクエスチョンマークを付けてしまった。
あやしい、いかがわしいという意味ではない。これはいったい何の話であるか、という戸惑いの疑問符である。
というのも、たとえばカントやアリストテレス、あるいは昨今ではヘーゲルなら「分析哲学と〜」というふうに繋げても抵抗がないが、スピノザの場合、はたして「と」はありうるのか、またありうるとして、それはどういう「と」なのか、と考え込んでしまうからである。
以下はしたがって「分析哲学とスピノザ」に関するスピノザ研究の立場からの定見というよりは、むしろ困惑からその「と」の可能性を考えようとする(少し無謀な)試みである。

2

ごぞんじのようにスピノザ(Baruch de Spinoza 1632–1677)はデカルトに続いて現れた17世紀「合理論」の哲学者、主著に「幾何学的秩序で証明された倫理学」と称する『エチカ』がある。
その公理的なスタイルからすれば分析哲学との親和性があってもよさそうなのに、ドゥルーズをはじめとするフランス系の哲学におけるプレゼンスに比べれば、英米系ではほとんど目立たない。
いわゆる分析系と大陸系で偏りが激しいのである。

もちろん英米圏にも、60年代のカーリー、80年代のベネット、2000年前後から後のデラ゠ロッカ、ギャレット、ヒューネマン、メラメッドのようなスピノザの体系に関する優れた研究があって、それらはたしかに分析哲学的な背景の存在を感じさせる。
けれどやはり哲学史の側にあるわけで、ブランダムのヘーゲルのような分析哲学の側からの哲学者へのコミットメントとは思われない。哲学史をやっている側からすると、分析哲学は一般にスピノザに無関心であるように見える*1。

ではもともと分析系はスピノザと無縁だったのかというと、決してそうではない。
前史に遡れば、パース、ジェイムズ、ブラッドレー、マクタガート、ジョアキムといった人たちはスピノザにある種の思い入れを持っていたようだし、ムーア、ラッセル、そしてウィトゲンシュタインがスピノザを知らなかったわけがない。
論証は譲るが、スピノザはむしろある時期、共有の知的ソースの一つだった可能性さえある。ただ、それは後の分析哲学の発展においてレガシーとはならなかった。

この分析哲学におけるスピノザのレガシーの不在は、それ自体として興味深い。
レガシーは、それがカントのものであれ、アリストテレスのものであれ、アイデアのソースとなったり批判的乗り越えの対象になったりしながら議論が発展する土壌となる。
それがレガシーというものである。
ところがスピノザはそうした土壌を分析哲学に与えなかった。そう考えられる。それにはわけがあるはずだ。

3

まず、スピノザは分析しない。
『エチカ』は全巻がユークリッドにならって「幾何学的方法」によって書かれる。各部の最初にタームの定義があり、いくつかの公理が並び、そこから次々と定理が証明される。
神について(第一部)、人間精神について(第二部)、感情について(第三部)、そして人間の隷属と自由について(第四部、第五部)、このすべてが定理として導き出されるのである。
こうしたやり方は当時から「分析」と対立するものと見なされていた。
幾何学的方法は概念分析をしない。経験の分析もしない*2。
実はスピノザは「迷信」「自由」「善悪」「罪」などについて実に見事な分析を見せているのだが、それはみな幾何学的証明に外付けされた「備考」の中に限られる。

『エチカ』は公理体系と備考の二本立てになっていて、証明によって出現した対象、たとえば「無限に多くの属性からなる実体」だとか「現実に存在する事物の観念」とか、「おのおのの事物がそれ自身としてあり続けようとする努力」とかいったものに対して、これって人がずっと「神」と言ってきたもの、「精神」と言ってきたもの、「意志」ないし「欲望」と言ってきたもののことじゃない?と外から解釈を与える。
そうやって備考は定理を、われわれの経験や概念に接続する。けれども定理に出てくるもろもろの不思議なスピノザ的対象は公理的手続きが生み出すのであって、分析が生み出すのではない。

そして、そもそもスピノザは「命題」を相手にしない
分析哲学はフレーゲ以来ずっと命題ないし文を相手にしてきたし、真理の問題もそれなしには考えられない。
しかし、これは17世紀全般に言えることだが、ハッキングの表現を借りれば「認識主体と認識対象とのあいだのインターフェース」は当時、命題や文ではなく「観念 idea」だった*3。

デカルトの書いたものを見ればそのことは明らかである。
われわれが直接に意識しているものはすべて思惟であり、すべて観念である。
観念はある種の表現で、事物はそれ自身においては「形相的に」、そして観念において「対象的に」ある。デカルトのテクストを見る限り、観念内の事物のリアリティは問題になっても、観念の言語的な論理構造が問題にされることはない。
「観念」は三段論法や命題論といったスコラ゠アリストテレス的なレガシーへのデカルトのラディカルな叛旗でもあったわけだが、そのぶん一七世紀合理論を論理分析から遠ざける結果となった*4。
スピノザもその例外ではなく、表現形式としての言語そのものが彼の哲学的興味を引くことはなかった。定理という意味以外でスピノザが「命題 propositio」という語を使うことさえないし、命題の分析のようなものも見られない*5。彼の未完の遺稿『ヘブライ語文法綱要』が見せる自然言語の並々ならぬ分析の才を思えば、不思議でもある。

さらに悪いことに、スピノザは論理学に興味がない
分析哲学は数学と密接に関わりながら論理学を整備し、分析のオルガノンとしてきた。
そこにはアリストテレスの論理分析、ライプニッツの「普遍数学」のレガシーがある。
ところがスピノザは、当時の代数幾何学や、レンズ曲面を決定する屈折光学計算*6、数学的無限のはらむパラドックス、確率論などにけっこう通じていたのに、数理論理学的な関心はまったく見られない。
『エチカ』も本気で公理的方法をとっているが、ユークリッドと同様、自然的な公理的体系であって形式化されたものではない。概して形式化や計算化への情熱が彼には見られないのである。

分析しない、論理学をやらない、形式化しない。
もうこれだけで分析哲学ではアウトだが、さらに加えてスピノザ独特の、「認識主体」の消去というのがある。
デカルトの「観念」はみずからを私と指すことのできる精神、すなわち認識主体を直接の担い手とする。
だから主体がなければ思惟も観念もない。
ところがスピノザの場合、「観念」は精神なしで事物のように存在する。
というか「精神」はそれ自身が神の無限知性の中にある一つの観念であって、デカルト的な認識能力の基体はどこにも存在しない。
こうしてスピノザは分析哲学が関わってきた「心の哲学」と「認識論」双方からの人望を同時に失う。
たしかに『エチカ』にはあとで見るような独特の意識の理論と認識論があるのだが、それは無限知性内の観念の近接関係を「認識」と解釈するもので、およそわれわれの主観の分析から出てくるものではない。

それだけではない。
分析哲学は倫理学や政治学にもその手法を広げてきた。
義務をめぐるメタ理論、善の理論、行為の理論、自由の理論。
そこにはカント的レガシーがある。
ところが倫理学と称する『エチカ』、あるいは暴政に陥らせないための理論と称する『政治論』は、いずれも規範や義務に類する語彙を持たない。
たまに出てきても、それは事物としての人間がみずから存続するために何か自然的な力によってそれへと強いられる事柄を指すだけである。
しばしば自然主義と見なされるホッブズでさえ社会状態の「契約」は外せないというのに、『政治論』はそんなものはない、あるのは群集の力能によって定義され、各人をそのつど服従させている力だけだと言っているように見える。
倫理学にしても、そもそも意志の自由は存在しないとか謙虚や悔い改めは理性から生じないといった定理を持つ『エチカ』から、いったいどうやって倫理学を作ればよいのか。

というわけで、スピノザが分析哲学にレガシーを残せなかったのは当然と言わねばならない。スピノザ哲学の無能のせいでも、分析哲学の無知のせいでもなく、ただ使いようがなかったのである。

4

しかし見方を変えれば、レガシーがないということは、従来のレガシーに縛られない外への開けであるということでもある。
スピノザ哲学は風変わりではあるが、およそ語りうるものは明晰に語られるという雰囲気は分析哲学とそう違わない。
まさに『エチカ』はそういう精神で書かれている。
彼の哲学にはいろいろ突飛なところ、勝手に完結しているところがあって戸惑ってしまうのだが、分析形而上学の隆盛を見ればむしろそういうところにこそ、まだ面白いものが見つかる気もする。

〔・・・〕

*注

  1. もちろん例外はある。たとえばデイヴィドソンは彼の「非法則的一元論」というアイデアについて明示的に『エチカ』の並行論と感情理論に参照している。Cf. Donald Davidson, “Spinoza’s causal theory of the affects”, in Yirmiyahu Yovel (ed.), Desire and Affect: Spinoza as Psychologist, Little Room Press, New York, 1999, 95-112. そして最近ではスピノザの「一元論」を論じた次の論文集がある。Phillip Goff (ed.), Spinoza on Monism, Plgrave MacMillan, 2012.

  2. デカルトは『省察』第二答弁の中で、このような幾何学的証明の方法を「総合」、方法的懐疑を含む発見的な『省察』の方法を「分析」と呼んで区別している。デカルト自身は、総合は既知の事柄の提示には向いていても発見的方法ではないと見ていた。この区分でいけば『エチカ』は総合的方法ということになるはずだが、スピノザはそういう二分法を口にしない。じっさい『エチカ』の証明は既知の事柄の提示ではないし、いろいろな発見もする。それに、しかじかの定理を証明するにはどのような条件が必要か、という遡行的分析(解析)も排除されない。

  3. これはイアン・ハッキング『言語はなぜ哲学の問題になるのか』(伊藤邦武訳、勁草書房、1989年)の主要テーゼである。

  4. ライプニッツは別である。

  5. 『知性改善論』(第62節)で観念を「精神における主語と述語の結びつき」と言い換えているところが一箇所ある。けれどもそこで問題にされている真なる観念の内的な規定として分析されているようには見えない。

  6. スピノザの書簡36にルートのついた計算式が見られる。『スピノザ往復書簡』(畠中尚志訳、岩波文庫、岩波書店、1958年)189頁。


※WEB掲載にあたり、必要最低限の修正を加えました。
(フィルカル編集部)

続きは【最新号】でお読みいただけます。

上野修
上野修 Osamu Ueno
大阪大学名誉教授。専門は西洋近世哲学。著書に『スピノザの世界』(講談社、2005年)、『デカルト、ホッブズ、スピノザ』(講談社、2011年)、『哲学者たちのワンダーランド 様相の十七世紀』(講談社、2013年)、『スピノザ『神学政治論』を読む』(筑摩書房、2014年)、訳書にスピノザ『エチカ』(岩波書店、2022年)、スピノザ『神、そして人間とその幸福についての短論文』(岩波書店、2023年)など。


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