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京都には、印度の魔物が棲んでいる:カレー哲学の視点(22/1/30〜22/2/5)

京都という街には何かが棲んでいる。

時の流れが非常にゆっくりだし、幾層もの時代がいまという一瞬に集約されているようだ。

道を歩いていても時間軸が危うくなる。
日印融合、新進気鋭のバスマティライス食わせ屋があったかと思えば、歴史の教科書に載っていたあの本能寺が突然現れたりする。

夏は暑く冬は寒いが、それぞれの季節に応じた名所がありいつ行っても見どころがある。ただし鴨川沿いにはいつ行ってもカップルが等間隔に物理的距離を保って座っており、そこに四季は感じられないが。

そんな京都であるが、インドに通じていると思ってしまう場面が度々ある。
今回は京都のインドプレイスを4つご紹介する。

リキシャのある設計事務所

京都から電車で20分ほど下った宇治の黄檗という駅から出てすぐ。住宅街の中の古民家の前に突然現れるツートンカラーのオートリクシャ。

ここはコルカタに数年滞在経験のある建築士の方が実家を改造して作り上げたというお店。入るとまず土間を改造した玄関とキッチンがあり、食事をする場所は座敷になっている。
建物の外観はかなり古いが中はきれいに改装されている。

コルカタの経験を活かしたという西ベンガル料理をモチーフにしたスペシャルなカレープレート。ベンガルの甘いダールとじゃがいもの入ったチキンジョール、海老の出汁の効いたカレー。日替わりの野菜カレーもじゃがいもカレーだった。主食はマイダの無発酵揚げパンのルチとバスマティライス。

西ベンガルの料理は全体的に甘みが強く、マスタードオイルやマイルドな味付けが特徴。
サクサクのパロタでチキンや卵を巻いてソースを掛けたコルカタ屋台料理の代表カティロールや、濃厚に仕上げられたチャイなどもいただける。

座布団代わりの丸い椅子板にあぐらをかき、背筋を伸ばしながらカレーを食べる。青唐辛子に当たると、じわっと汗が出る。緑が整えられた中庭もあり和の風情で調和された空間だが目の前には印度の料理が並び、ターメリックとマスタードの香りが立ち込めている。香りはベンガルの地を旅した記憶を呼び覚まし、途端にいまここがどこかわからなくなる。

京都の懐の深さとカオス感がいい感じに同居している空間だった。


破壊と創造のチャイ屋

10年くらい前の初めてのインド旅行でバラナシに行ったとき、素焼きのカップでチャイを飲んだ。驚いたのは皆が飲んだ後にカップを放り投げていることで、そのあたりの地面には飲んだ後のカップの破片が散乱していた。

僕はそのとき初めて海外から書き込んだFacebookの投稿に興奮したあとで、埃っぽい空気と一緒に飲みこんだ土の香りのするどろどろのチャイを覚えている。

後で調べてみるとその素焼きの器はKulhar(कुल्हड़)といい、インダス文明以降5000年使われているものだとわかった。素焼きのカップは使い捨てのためカーストの異なる人達が同じ器を共有することを避ける。また、インドではそれが田舎の雇用創出となっていて、農村の窯で内職的にずっと素焼きのカップを焼き続けている人たちがいることも知った。

Watte Chaiは、10年近くイベントベースで「チャイカップが割れるチャイ屋」として活動を続けたあと、宇治の平等院鳳凰堂のごく近くに出店されたチャイ専門店だ。チャイカップは一度きりの使用かリユースカップかが選択でき、飲んだ後に割るところまで体験することができる。

素焼カップが古代の遺跡から出土していることからそう簡単に土に還るものではないとわかるが、ここでは割れたカップを粉砕して土に混ぜ、再度チャイカップとして焼成するという。

チャイを作るところを眺めさせてもらう。その所作は完成された動きで欠けるところがなかった。もう何年もチャイを作り続けてきたのだなと納得できる、気取るところのない、角の取れたチャイ。

素焼きのカップでチャイをいただく。土の香りが混ざってコクが増すような気もする。簡単な粘土細工のようにも見えるが、熟練の技により機能的な要件を完璧に満たして作られている。唇にあたる部分は角度がついていて薄くなめらかである。机においたときにべく杯のように倒れたりしないよう、安定して立つように底が平らになっている。カップごとに容量が違わないように一定の大きさで作られている。

飲んだ後はもちろん割る。そのために来たんだ、でも勿体ない。
一つ一つの器は色がついていたり、どこか欠けていたり、表面が粗かったりで明らかに個性がある。

時間と手間をかけて作られてきたものを叩き壊す。その欠片は拾い集められ、砕かれ、捏ねられ、再生産される。こうやって繰り返していくとだんだんカップが強くなってしまい、しまいには割れにくくなってしまうらしい。

そもそも仏教はインドからやって来たものだ。極楽エンターテイメントをこの世に表した平等院の仏(ブツ)を眺め、穏やかな気持でチャイを飲んで、叩き割る。宇治はインドだった。


お店の情報



ティファンの大群が押し寄せる南インド料理店

南インド料理店TADKAの二号店が、本店から目と鼻の先にオープンしていた。
店内は一見インド料理らしからぬヨーロッパの別荘にでも来たような雰囲気で、料理はプレゼンテーションも含めて最高の体験だった。
ドーサだけでも7種類あり、ウタパムもイドゥリもあり、ティファンが充実している。ケーララ、タミル、アーンドラから好きに料理を組み合わせて楽しむという、インドではなかなかできないような体験ができる。

ラジカチョリ
ポディドーサ

小さく蒸したイドゥリにギーとポディ(豆とスパイスのふりかけ)をまぶしたボタンポディイドゥリがやみつきになる美味しさだった。

ボタンポディイドゥリ
ゴアンダールタルカ
ブンパロタ
マトンビリヤニ
アッパム
イストゥー
タマリンドライス
チャイとコーヒー



京都印度化計画の拠点、大人の秘密基地

「大人の秘密基地」の名にふさわしい場所がある。京都駅から南に10分ほどの九条にある九条湯。廃業した銭湯を改装し、コワーケーションスペースとして運営されている場所だ。もうお湯にはつかれないが、ノスタルジイな雰囲気には浸れる本物の銭湯である。

飲食許可のある業務用キッチンも、100種類を超えるボードゲームもあり、ガシャポンのマシンもハンモックもあり、大人たちがやりたい放題やっている雰囲気が最高だ。

定期的にマルシェなども開催されており、その際にはカレーが提供されることも。京都印度化計画はひっそりと、少しずつ進行している。


終わりに

そういえば10年近く前にヒッチハイク旅行を繰り返していたとき、京大の吉田寮に泊まらせてもらったことがある。

アニメ『四畳半神話大系』のOPアニメでも使われている古い建物だ。

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