12/24 インフルエンサー

チョコ柿の種が好きだ。チョコ柿の種ならなんでも良いという訳ではなく、でん六が出している108円で食べきりサイズのチョコ柿の種だけが特に好きだ。他のチョコ柿の種を食べるたびに物足りなく思うほど、でん六のチョコ柿の種はブラボーな味わいがある。

これほどまでに熱が入っているのは、チョコ柿の種を目にする機会が中々無いからだと思う。カントリーマアムとかも大好きだが、どこにでも売ってるのでここまでの熱は入らないし、入ってたら変だと思う。普段はなかなかお目にかけず、たまに思いがけないタイミングでおつまみコーナーの端っこなんかに慎ましく置いてあったりするのだから、こうして熱を上げてブラボーと言いたくなるのも仕方がない。

例のチョコ柿の種は高校時代にセリアで見て以来しばらく目にする機会が無かったのだが、先日最寄りのセブンに寄った際に(わざとか?)と思うほど棚の目立たないエリアにひっそりと並んでいるのを発見し、久しぶりの再会を果たした。いつもならこんなことは絶対にしないのだが、その日は気分が良くなって2袋も購入した。『いついなくなるか分からないから自分が守ってあげたい』というクズ男に貢ぐような精神で、しばらくは1日2袋のペースで買い続けた。最後のひと袋を購入すると、次の日からそのエリアにはチョコ柿の種ではなく、普通の柿の種が並ぶようになった。そもそも1回入荷してくれただけでも儲けものだし、本来その位置は普通の柿の種が置いてある場所だったのであまり気にしてはいなかった。むしろ久々に出会えたチョコ柿の種に自分の健気な一面を見せられたのでかなり満足していた。

風向きが変わったのは2週間後である。定位置に返り咲いた普通の柿の種を押しのけて、再び例のチョコ柿の種が入荷されていたのである。この再入荷は完全に自分のおかげだと思う。1日2袋ペースというチョコ柿の種史上類を見ないスピードで売れていくのを、バックヤードにあるパソコンが敏感にキャッチしたのだろう。完全に売れる前提の顔をしたチョコ柿の種が以前よりも勇ましくなって鎮座していた。自分としては願ってもないことなので、POSシステムに感謝しながら以前と変わらぬペースでチョコ柿の種を買い漁り、バックヤードの期待に応え続けることにした。

それから1ヶ月ほどしたタイミングで、唐突にコンビニへ行く習慣がなくなってしまった。昨今の値上げの煽りもあるのだが、シンプルにお金が無くなってしまったのである。ある日を境に1ヶ月近くセブンに行かない日々が続いてしまった。その間は何をしていたかと言えば、業スーに通っていた。安くて量が多い業スーは、セブンを忘れさせてくれるのに充分なお店だった。しばらくの間は業スーにブラボーと思っていた。

業スーに肩まで浸かって1ヶ月ほど経った頃に、ふと思い出して例のセブンに行ってみた。1ヶ月ぶりにチョコ柿の種のあるいつもの棚を見てみると、売れずに残ったチョコ柿の種がびっしり積み重なっているのが見えた。その瞬間、自分の犯した過ちにすぐ気づいた。つまり自分が大量に買う前提で成立していたチョコ柿の種の販売サイクルを、自分の火遊び(業スー)が原因で完全にせき止めてしまっていたのである。自分が業スーに目移りしている間にこんな悲劇が起こってるとは思いもしなかった。というか他の人も買えよ。長い間放置され続けているチョコ柿の種は、ほとんど屍のように見えた。申し訳程度に2つ購入したが、今さら何の供養にもならないと思った。自分のせいだと分かっているが相当落ち込んだ。またしばらく入荷されない日が続くのだろうと思うと悔しくてたまらなかった。バックヤードのパソコンで乱高下しているチョコ柿の種のグラフを想像すると涙が出てきた。

セブンのたった1商品ですら、影響を与えるということはこれほどまでの責任感が付きまとうのだから大変な話である。ヒカキンさんを初め、チョコ柿の種よりもっと大きな規模で社会に影響を与え続けている人々の抱える責任やプレッシャーを考えると、彼らは途方もないエネルギーを持った超存在に思える。ヒカキンが過剰に腰を低くしたり変顔に熱を注いでいる理由が、今回の『セブン・チョコ柿の種炎上騒動』を通して少しだけ分かった気がした。

謙虚に生きよう。


おしまい

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