パロディ童話S.S.②【猿蟹合戦】

(本作は1,704文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)


 猿は衰弱していた。ここ数日、何も口にしていないのだ。猿に残された食料は、柿の種が一つだけ。こんなもの持っていても、実が成る前に飢え死にするな……死を覚悟した猿は、自嘲気味に笑った。
 そこへカニが通り掛かり、猿から事情を聞いた。
「なら、俺が食料を調達してやってもいいぜ」

 数分後、カニはおにぎりを持って、戻ってきた。
「ほら、おにぎりだ」
「本当に、申し訳ないです」
「はぁ? 誰がタダでやるなんて言った?」
「そ、そんなこと言われても……私が支払えるモノは、柿の種一つしかありません」
「ちぇっ、しょうがねぇな。そいつは頂いとくとするか。でも、それだけだと割が合わん。そうだな、元気になったら俺の奴隷になれ。それが嫌なら、飢え死にするんだな」
「どうか、私におにぎりをください。あなたに従います」

 猿とカニは、奴隷契約を結び、おにぎりと柿の種を交換した。カニは種を植え、猿の体力も回復した。

「やいコラ、猿、今日からお前、毎日柿の木に水をやれ。枯らしたら承知しないぞ」
「柿の木よ、お前も早く成長しろよ。あんまりのろいと、鋏でちょん切るからな」

 柿の木はすくすくと成長し、やがて、柿の実がなった。
「おい、猿、お前木登りが得意だよな。柿の実を取って来い」
 猿は従った。

 次の日も、そのまた次の日も、猿はカニの為に柿の実をもぎ取った。献身的に、カニの身の回りの世話もした。奴隷として、カニに従い続けた。カニは、毎日どこからかおにぎりを持って来て、奴隷に与えた。しかし、柿の実を与えることは、一度もなかった。

 ある日のこと、猿は柿の実を一つぐらい食べたいと思った。よく考えると、おにぎり一つでこの仕打ち……ちょっとひど過ぎやしないか。奴隷契約なんて知ったことか!
 猿は、カニに逆らうことにした。

「おい、カニ、柿が食べたけりゃ、ここまで取りに来い」
「何だと! お前、誰に口利いてるか分かってるのか!」
「ああ、分かってるよ、このクソカニめ」

 怒ったカニは仲間を集め、猿を懲らしめた挙げ句に殺害する計画を練った。

 作戦は決定した。まず、木の上の猿に、蜂が襲いかかる。木から落ちた猿は、畳針とイガ栗に突き刺さる。慌てて水で冷やそうと走る猿は、牛糞に足を滑らせ転倒、そこへ、臼が落下し、猿は圧死する……

 翌日のこと、早速、計画を実行に移した。
 しかしながら……まず、蜂が襲いかかるが、猿は難なく手で払い落とし、蜂は運悪く畳針に突き刺って死んだ。木から降りた猿は、栗を見つけ、これはラッキーと食べてしまった。食後の猿は、臭い牛糞の方へは近付こうともしない。為す術もなし。一か八かの臼の落下攻撃も、猿には全く届かなかった。

 実は、カニは猿の頭の良さを知っていた。猿に本気を出されると、とても勝ち目がないことも知っていた。
 やむを得ず、カニは退散した。

 猿は、毎日柿の実を独り占めにした。毎日、お腹いっぱい食べても、食べ切れない程実が成った。これでもう、食料の心配はいらない……猿は、勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。

 やがて、季節は変わり、柿の実は成らなくなってきた。猿は窮地に陥った。去年まで、どうやって冬を越していたのか思い出せないのだ。楽をし過ぎた反動からか、食料の調達方法が分からなくなったのだ。

 ついに、最後の実も食べてしまった。これでもう、明日から食べるものがない。猿は悔やみに悔やんだ。名残惜しげに柿の種を一つ握りしめ、猿は食糧を求めて彷徨い歩いた。飢え死にするぐらいなら、まだカニの奴隷をしていた方がマシだった。少なくとも、毎日食料にはあり付けたのだ。

 やがて、空腹に耐え切れず歩けなくなった猿は、その場に倒れ込んだ。もう、起き上がるだけの体力さえ残されていない。このまま飢え死にするのを待つだけだ。日毎薄れていく意識の中、猿はカニとの共同生活を懐かしんだ。今となっては、自分が奴隷だったことなんて忘れていた。むしろ、猿の中では、全てが楽しかった思い出へと美化されていた。

 数日後、衰弱した猿の前を、別のカニが通り掛かった。
 柿の種とおにぎりを、交換することにした。