パロディ童話S.S.①【ガチョウと金の卵】

(本作は1,874文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)


 ある村に、細々と農業に従事する男がいました。一年中休むことなく、朝から晩までせっせと働きましたが、とても裕福とは言えない、どちらかと言えば貧しい生活です。それでも、懸命に働かないと暮らしていけないのです。この時代、この国の農家の地位は低く、皆そのような暮らしだったのです。
 その農夫にとって、唯一の贅沢がガチョウの卵でした。そうです。農夫はガチョウを一羽飼っていたのです。
 ある日のことです。農夫のガチョウが、突然金の卵を産みました。「金色の卵」という意味ではありません。また、殻だけが金メッキという見掛け倒しでもなく、正確には約1kgもある卵型をした純金の塊なのです。これは、現在の日本円に換算して500〜600万円の価値がありました。

 その日から、毎日一個ずつ、ガチョウは金の卵を産みました。農夫は、約三ヶ月で5億円、一年で約20億円もの不労収入を得たのです。狡賢い農夫は、直ぐに役人を買収し、宗教法人として認可させたので税金もほぼ掛かりません。瞬く間に、農夫は大富豪になりました。
 しかし、農夫は少し焦っていました。ガチョウの寿命は20〜30年なのです。金の卵を産むこのガチョウが、果たして今何歳なのかは不明です。既に、20歳を超えている可能性もあるのです。
 強欲な農夫は、もう一生遊んで暮らせるぐらいの充分なお金を手にしたというのに、もっともっと大きな財産が欲しかったのです。なので、ガチョウが死んでしまう前に、一刻も早く、何かしらの手を打つ必要がありました。
 そこで、農夫は世界中から遺伝子工学の権威を招聘し、高額なギャラをチラつかせ、雇い入れることに成功しました。そして、世界最高峰の技術を注ぎ込み、立派な研究施設を設立しました。
 その甲斐あって、農夫は僅か数年でガチョウのクローンを作ることに成功しました。農夫の目論見通り、クローンのガチョウも金の卵を産みました。それからは、クローンのガチョウを何百羽と量産しましたので、毎日何百個もの金の卵を手にしました。
 しかし、もうその頃には金は市場に出回り過ぎており、完全に希少性を失いました。それなのに、毎日何百kgの金が産まれるのです。日毎、金の価格は歯止めのない暴落を続け、今ではそこら辺の石ころや貝殻と大差ありません。ギャンブル好きで浪費家の農夫は、もう設備を維持出来なくなりました。研究者達も居なくなり、破産寸前にまで落ちぶれました。

 毎日の食べる物にも窮するぐらい貧しくなった農夫は、ついに自分のガチョウに手をかけることにしました。もう、金なんて全く価値がない石ころと一緒だから、卵なんて産ませる必要はありません。それに、ガチョウと言えばフォアグラ……
 農夫はガチョウを一羽絞め殺し、毛を毟り、内臓を取り出そうとお腹を裂きました。そして、驚きの光景に驚愕しました。肝臓がプラチナだったのです。
 農夫は空腹を忘れ、すぐにプラチナの肝臓を摘出し、換金しました。すると、一羽分のプラチナの肝臓は、現在の日本円に換算して、約2千万円の値が付きました。
 農夫は帰宅するや否や、片っ端からガチョウの解体を始めました。全てクローンですから、どのガチョウの肝臓もプラチナでした。
 男は瞬く間に経済力を取り戻し、クローン作りを再開しました。今度はガチョウが使い捨てになるので、以前よりハイペースで量産しました。以前の失敗から学んだ経験は、全く生かされていません。欲望に目が眩み、ただプラチナを産出する為だけに、農夫はクローンを沢山作りました。
 勿論、僅か数ヶ月でプラチナの価格崩壊が起きたことは言うまでもありません。浪費癖も改善されることはなく、農夫はまたもや財産のほとんど全てを失ってしまいました。
 農夫は、今度こそはと心を入れ替えて、細々と養鶏を始めました。そして、本当に改心したのか、毎日朝から晩まで身を粉にして、一心不乱に働きました。それでも収入は大したことがなく、切り詰めたギリギリの生活でしたが、今までに感じたことのない充実した毎日を、懸命に過ごしていました。

 そんなある朝のこと、農夫の鶏が銀の卵を産みました。「銀色の卵」という意味ではありません。また、殻だけが銀メッキという見掛け倒しでもなく、正確には約1kg弱の卵型をした純銀の塊なのです。
 農夫は、迷わずにその卵を泉に捨てました。すると、泉から女神が現れ、言いました。「あなたが落としたのは、このプラチナの卵ですか? それともこちらの金の卵ですか?」
 農夫は言いました。「銀の卵だ。でも、それは落としたんじゃない。捨てたんだ」