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さよなら朱音 【小説】

 かつてある町に、朱音(あかね)という女の子がいました。これからあなたに聞いて貰うのは、その女の子の話です。
 彼女はわたしの、同い年の大事な姉妹です。昔、朱音のパパとママに養子として貰われて以来、仲良く一緒に暮らしてきました。そして今彼女は、行方が分からないのです。
 わたしは長い間、なんとか居場所を突き止めようと探し続け、そしてある時、森の奥で一冊の絵本を拾いました。中身を読んでいる内に、これを彼女を探し出す為の手引書として用いなさいと、森が囁いていると感じました。
 そのような声が聞こえるなんて、自分は遂にこの孤独さに満足したのだろう、と思い、微笑みながら絵本を抱きしめました。

***

 わたしと朱音が初めて出会ったのは、二人ともまだほんの少女の時でした。お喋りが好きな子、というのが、最初の印象でした。話が盛り上がりだすと、段々余計な一言が増え始めてしまうのが、心配の種でした。
 それと、歌い踊ることが好きでした。一度披露してくれたのですが、どうもわたしはそれらには興味が無いようでした。そのことを知ると、「もっと色々な人の前で披露しに行く」と、笑顔を浮かべながらあちこちへ出掛けていくようになり、わたしもそれを笑顔で見送ることが、二人の日常になりました。そうして穏やかな日々が、暫く続きました。

 ある日、いつものように、朱音とお喋りをしているところへ、パパが突然やって来ました。パパは、鼻息荒く肩をいからせながら、言いました。
「ママにまた不倫がばれた。俺の邪魔ばかり。本当に嫌な女。お前たちがなんとかしろ。パパは行く」
 とまくしたてると、すぐに失踪なされました。わたしと朱音は胸に赤い花が咲いたようにお互いの顔を見合わせ、微笑み合いました。
 程なくママがやって来て、目を見張り眉を寄せながら、言いました。
「パパが来たでしょう。かばってるでしょう。みんな許さない。パパの行き先を教えなさい。早く」
 頭がくらくらしてしまいました。
 機を見て、二人で逃げるしかなさそうでした。しかし、ママはいつまでもわたしたちを放さず、次第にこらえるのが苦しくなりだしました。その時です。朱音がママの前に躍り出たのです。やめて、と思わず心の中で呟きました。しかしそうなってはもう、彼女を置いて逃げるしかありません。それに、わたしはとても目眩がしていて、もうすぐ音を上げそうだったのも、今思えば正直なところです。

 逃げました。
 そして次に会った朱音は、別人のようになってしまっていました。
 口数が、なんだかとても少なくなっていました。
 それに、話しかけても、返事の中に以前の面影が薄い気がします。その様子に心配になって、色々と声を掛けました。
 でも、ダメだったんです。例えば、こんな調子。

「心配したんだよ」
「心配したんだね」

「大丈夫?平気?」
「大丈夫、平気だよ」

「ママの罰は恐ろしくなかった?」
「恐ろしくなかった」

「何があったか分からないけれど、あなたが戻ってきてくれて、嬉しい」
「嬉しい」

「あなた一人おいていってしまって、なんて謝ればいいのか。でも、また一緒に遊ぼう」
「でも、また一緒に遊ぼう」

「気にしないで。そのうち元気も戻るよ」
「そのうち元気も戻るよ」

 豹変ぐあいは時間を掛けて大きくなり、それを感じる度にわたしは驚いてしまい、やがて落胆していってしまいました。それまで二人の友だちでいてくれたたくさんの女の子たちはその様子を見て、次第に心が離れていきました。

***

 一旦回想を中断して、最初にお伝えした絵本について少し話そうと思います。

 この拾いものの絵本には、彼女と似ている女の子が登場します。名前は、「紅音(あかね)」です。

 あの時一体、ママの前で、何があったのだろう。これを読めば、なにかしらしっくり来るかもしれない。なぜだか、そう感じます。
 しかし、つまるところこの行為は、やりきれない気持ちを慰めたくて、自分に対するせめてもの共感を、まがいものであっても欲しがっているだけなのでは、というふうにも感じます。
 わたしは随分と勤勉なようです。

 絵本にはこうあります。

――どんなことでも知っていて、どんなことだって出来るお父さんは、お母さんが悲しむことも気にせず他の女の人と遊びに行ってばかりいます。深くお父さんを愛しているお母さんは、がまんができません。その日も、女の人と遊びに出かけたお父さんを、お母さんが探していました。
 お話好きの女の子紅音、怒ったママから大事な友だちもお父さんも逃がそうと、無駄話をして時間を稼ぎました。お母さんの怒りをかった紅音は、罰を受けました。
「おまえはもう、自分の言葉で話すことは出来ません。人から話しかけられた時に、相手の最後の言葉を繰り返すことだけを許してあげましょう」
 自分の言葉を無くした紅音は、みるみるやせ衰えていきました――

 わたしの大事な姉妹の朱音も、きっとこのような罰をママから受けたに違いありません。

 わたしがそのくだりを読み終えると、絵本からたくさんの蛇が出てきて、そしてわたしの口を目掛けて這いずって来て、すべて身体の中に入ってしまいました。

***

 あれ以来、朱音は、無口で、ふさぎ込みがちな女の子になりました。取り付く島もない様子で、ひたすら独りの時間を過ごすようになりました。毎晩のように暗い夜空を見ます。よく晴れた気持ちのいい昼下がりには、うずくまってぴくりともしません。

 それでも彼女と一緒にいると、稀に調子の良い時に、歌い踊りだす事がありました。その時だけほんの少し明るい表情になり、また彼女の選んだ歌が歌われました。以前の面影を僅かでも感じられる、わたしたちにとって貴重なひと時でした。悲しみがいくらかでも紛れました。元々歌と踊りには興味のないわたしですが、それが始まると、黙って見て、聞きました。
 しかしそれが済むと彼女は、長く、いつ終わるかもわからない、独りの時間にまた戻っていくのでした。
 歌い踊る時、その姿を黙って見て、歌を聞き、楽しむ。
 わたしが彼女と出来る、唯一のやりとりでした。

 ある日から、朱音は歌い踊る時の衣装をまとって、また出掛けるようになりました。相変わらず喋りませんが、わたしはそれを見守る事に決めました。
 本当は、ただでさえ寂しい日々の中で、憔悴した彼女が知らない人々の前に行くのが不安でした。
 それに、わたしには彼女の歌と踊りの価値は分かりません。だから、人前でそれを披露することの意義も、よく分かりません。
 でも、この日々の先に、かつてのように笑顔で語りかけられることを期待し、彼女を送り出しました。それまでただ待つことに決めたのです。

 朱音の人前で歌い踊る様を、見にいくものではないと感じました。気になるけれど、じっとこらえなければいけない。そう思っていたものの、しかしある日、こっそり後をつけていきました。
 彼女の行く先にあったのは、観衆で賑わう舞台でした。そこで出番を与えられているようでした。丁度たどり着いた時に舞台の上にいたのは、笛吹きの男でした。わたしは彼の演奏する様子を、隠れて見張る事にしました。
 やがてその男が袖に退き、朱音が現れました。観衆の前で、彼女は歌い踊りました。初めて見る人前での彼女の姿を前に、身のこなしは硬くないだろうか、表情は強張っていないだろうかと、つい考えました。ふと、先の男が彼女を見据えているのに気付きました。その男が、なぜだか不安を覚える人物に思えたので、様子に注意を払っていると、にわかに彼の頬の片方が軽く持ち上がり、前のめりになって口が丸く開きました。
 男は囁きました。
「あなたは歌い踊ることがとても上手いんだな」
「とても上手いの」
「俺にも教えてくれ。あなたは最高だ」
「わたしは最高」
 あのママの罰が、出てしまっています。男の顔が、引きつります。

 あぶない。

 叫び、飛び出しましたが、遅れました。男は彼女に飛び掛かり、暴力を振るい始めたのです。その時、彼女が歌い踊るために身体に持っていた星たちが零れ出て、周囲に叩きつけられては星屑となって飛び散りました。その煌めきに観衆が黙り込んだ瞬間、彼女は男の手を振り解き、逃げ出しました。わたしは急いで追いかけました。

 追い付いた時には、わたしたちはとても寂しい場所にいました。二人が休むのに、安全でも、快適でもないような雰囲気です。そこは川辺でした。
 慰めたい。しかし、ママの罰があるから、彼女には話し掛けられない。
 黙ってそばにいました。
 虚ろな目を空中に放り出したまま、彼女の口元が、もごもごとしはじめました。漏れてきた歌は、かつて気に入っていたものなのかもしれないけれど、わたしにはよく分かりませんでした。ただ誰かの歌を口ずさんでいるようでした。

(何かを伝えようとしているのだろうか)

 何も分からないでそばにいました。程なく、彼女はうなだれたまま黙って帰路につきました。

 暫くして姿を現した彼女は、もう彼女ではないかのようでした。

「大丈夫?」
「大丈夫?」

「諦めてはいけない」
「諦めてはいけない」

「少し休もう」
「少し休もう」

 もう、なにも通じないかのようでした。

***

 ここでまた回想を中断して、拾いものの絵本の続きを読もうと思います。

 ところで、なぜわたしは、たまたま拾った絵本の内容に、行方がわからなくなった大事な姉妹を重ねているのだろう?
 いけない、独り言が多くなってきました。
 なぜだか、回想と絵本を行き来するうちに、わたしの身体は少しずつ老い始め、ぬるりとした白いヴェールが次々と肩に纏わりついて息苦しくなってきました。

 絵本にはこうあります。

――色ごとが好きな笛吹きの男の子は、ある時紅音に花を贈りましたが、受け取るのを断られてしまいました。そうすると、男の子は急に、紅音の歌と踊りの上手さががまん出来なくなって、怒り出しました。
 そうして、紅音に襲いかかって身体を裂き、殺してしまおうとしました。
 その時、紅音の身体から星が零れ出て飛び散り、星屑となって夜の森に残りました。裂かれた紅音の身体は大地が隠しました。
 それ以来、笛を吹くたびに星屑が紅音の歌声を鳴らすようになり、男の子は夜空を見なくなりました――

 朱音は、男性のもつ愛情を、軽蔑していたのではないかなあ。
 ふと、そんな気がしました。
 じわりと、腰のまわりから汗が滲みました。

 わたしがこのくだりを読み終えると、絵本から鷲が飛び出してきて、口にくわえた赤い花かんむりをわたしに被せてくれました。

***

 それから、殆ど動かない朱音を眺める生活が始まりました。語りかけると、跳ね返ってきてしまうだろうから、黙っていました。二人でずっと過ごしているうちに、生きてるのか死んでるのかも、分からないような気分になりそうな日は、お茶と甘い物を持ってきては、分け合って口にしました。
 幾らか日々が過ぎました。

 ある日、目を離した隙に、彼女がいなくなりました。心底疲れを感じて、もう忘れてしまいたいと思ったのに、放っておけず、探しに行きました。わたしも憔悴していたので、見つけるのに時間が掛かりました。盛り場でたむろしている女の子たちの輪の中に、いました。
 その女の子たちに対してわたしは、如何にも自立心がありそうで、端整な顔立ちをした、品の良い集まりだ、という印象を覚えました。
 そうしてなぜだか、自分でも本当に理由が分からないのですが、頬が引きつりました。変なしゃっくりのようなものが喉から漏れました。

 彼女らの中でのリーダーの女の子はアリスといって、周りの子たちは、朱音がアリスに興味を持つように焚き付けているようでした。みんな、朱音のママの罰による喋り方のことなど、気にとめていないみたいでした。
 周りの女の子たちはアリスと朱音だけを残してこっそりと帰り、やがて盛り場の女の子は二人だけになりました。アリスの事をよく見ておこうと思いました。わたしには彼女が、惹き込まれるほど美しい女の子に見えました。

 アリスはまるで、自分にも他人にも興味が無いかのような振る舞いをしました。何を言っているのか、しばしば分かりませんでした。或いは独り言のようにも思えました。そんな言葉に対して、しかし朱音はママの罰のままに言葉を返します。
 盛り場での、取り巻きの女の子たちが去ったあとでの最初の出会いは、おおよそこのようでした。

「ねえ、誰か。居るの」
「居るの」
「どこ。来て」
「来て」
「なんてかわいい女の子。肌に触れさせて。友だちになろう」
「友だちになろう」

 そうして朱音は、その後アリスに付き纏うようになりました。わたしは、黙っていることと、見ていることしかしませんでした。

 ある時アリスは、ずいぶんとうぬぼれているのではというようにも空想出来そうな気もしないでもない言動になります。

「私は美しい」
「あなたは美しい」
「私が今までに寝た相手の凄さは、誰にも真似できない」
「誰にも真似できない」
「私には素晴らしい友達がたくさんいるけれど、やっぱり私が一番素晴らしい」
「あなたが一番素晴らしい」

 ある時はアリスは、たくさんの苦悩や絶望を知っているようにも空想できそうな気もしないでもない言動になります。

「生きていて何の意味があるの?ないよね」
「ない」
「私のこの秘めた絶望には、誰も気付かない」
「誰も気付かない」
「ああ、運命は私を見放した。悲劇だよ」
「悲劇だよ」

 ある時は、アリスは朱音に対して何らかの事を語りかけているように空想できそうな気もしないでもない言動をしました。

「あなたは繊細で、優雅で、頭が良く、優しく、素晴らしいね」
「私は繊細で、優雅で、頭が良く、優しく、素晴らしい」
「そんなふうに私に良くしてくれるなんて、あなたは優しい人だね」
「私は優しい人」
「あなたにはもううんざり」
「私にはもううんざり」

 わたしが倒れるのも間もなくだと、なぜだか妄想した気がしました。わたしの目はすっかり麗しく輝いて、それは、アリスや、朱音の目と、同じふうでした。

 人を呪わば穴二つとは、このことかあ。
 そう呟き、わたしって天才かな、と思いました。

 そして、そんな素晴らしい幸福感に満ち溢れた状況で、きっとこれは偶然ですが、ある噂を思い出しました。
 恋愛成就屋めねさんという神通力使いの存在を、小耳に挟んでいたんです。
 アリスを今でも心から愛しており、彼女との思い出のおかげで穏やかな優しさに包まれている、そんな人たちを募り、連れ立ってそこを訪ねました。

「あれ?めねさんはお留守ですか?」
「代理の者です。要件をどうぞ」
「アリスの恋を成就させてあげたいんです」
「聞き入れました」

 アリスに変化が起きました。水面に映る自分に恋をし始めたのです。

「ねえ、水面に映る女の子。その美しい顔立ち。憂いを帯びた目。あなたが好き。触れさせて。一緒になろう。」

 そこから動かなくなりました。
 アリスの傍で返事をし続けていた朱音を、隙を見て連れて帰りました。

 その後、二人、ただ座っていました。
 朱音は何も喋りません。
 わたしも何も喋りません。
 ふたりともここに存在しないのと、見分けがつかない気がしました。

***

 これで、回想は終わりです。
 大丈夫、わたしは極めて冷静です。
 最後に、絵本を開いてみましょう。こうあります。

――自分も他人も愛することの無い、アリスという美しい少女がいました。言葉を失った紅音はある日彼女に恋をし、深く混ざり合って自分と相手を見失いました。
 かつて紅音の友だちだった妖精たちは、神さまに紅音を奪ったアリスを罰してほしいとお願いしました。
 アリスは自分自身だけを愛せるようになりました。自分を水面に映して恋をして、夢中になって動けなくなり、弱って命を落としました。かたわらでいつまでもアリスを想っていた紅音も、やがて声だけを残して消えてしまいました――

 ここで絵本の中の紅音と、わたしの姉妹の朱音は、食い違います。
 わたしの朱音を拒絶したアリスは、今も水面を覗いており、生きています。会いに行かずとも、水辺の方角から声が響いてくるんです。

 また、絵本にはこのような記述もあります。

「産まれた時、自分を知らなければ長生きできると予言されたアリスは、鏡越しに親からたくさんの愛情を注がれて育ちました」

 わたしの朱音をたぶらかしたアリスも、身体中に愛を溜めていたに違いありません。

 わたしの姉妹、朱音はその後、わたしが空虚で絶望的な気もちに苛まれ動けないでいるうちに、ふと姿を消しました。

 なぜ絵本などを読んだのだろう?
 愚痴っぽい。疲れてるんだなと思います。

 今日はこれで、考えることを終わります。

 何か分かりましたら、今までの話に付き合ってくれていたあなたにも、お教えします。

 また、会いましょう。

***

 彼女の、朱音の情報が入った。
 崖の上をうろつく姿が目撃されたということだった。
 急いで駆けつけたが、彼女は飛び降りたあとだった。崖下に行くと、今度は獣が彼女を襲っていた。
 決死の覚悟で獣を追い払い、彼女の身体を引きずるように持ち帰った。

 介抱した。生きているが、反応は無かった。
 寝床に横たわる彼女の顔に、人間らしさを感じない気がした。陶器で出来た人魚のように、ただ美しかった。

 幾らか日々が過ぎた。

 彼女は、動物をただ見つめるようになった。
 何もない場所へただ行き、そこで何もない方向をただ見つめるようになった。
 たまに近所を歩き回るが、何をしているのかわたしには理解できなかった。

 やがてまた、姿を消した。

 わたしは、彼女を探すつもりだ。

***

 彼女の、朱音の情報が先ほど入った。
 かつての友だちの間で、遊んでいるらしい。実は結構前から目撃されていたらしい。 

 駆けつけた。そして目を見張った。この光景をなんと称すればいいのだろう。天国だろうか。今まで見たことがないものだ。笑みがこぼれた。

 彼女が、自ら言葉を発するようになっていた。ただし、アリスに返したことのある言葉だけのようだ。

「あなたは美しい」
「ええ、あなたは素敵なロマンチストね」
「あなたも素敵なロマンチスト」

「私は気立てがいい」
「そうね。こんな優しい友達、初めて」
「私も初めて」

「愛してる」
「ありがとう。素直で純粋なあなたが、私も大好き」
「ありがとう。大好き」

 わたしはくずおれた。放心していると、ある友だちが言った。

「あなたはまるであの、アリスだね」
「そう。私は、アリスです」

 かつての友だち達が構えた石を投げつけるより先に、彼女は止まった。うずくまり、頭を抱え、動かなくなった。暫くして、叫んだ。

「がおーん!あなたの愛にもう本当にうんざり!これ以上ないほど、素晴らしい笛の音!世界一可愛そうなママ!」

 なにかが胸の奥で溶け始めた。ああ、恋だ。これが恋か。知らなかった。

 身体中を力いっぱい緊張させ、目が血走って、片方の頬が引きつり、眉の釣り上がった顔で、めねさんの元に駆け込んだ。

「あれ、めねさんはお留守ですか」
「代理のものです。用件をどうぞ」
「朱音のやつの、恋を成就させてやってください」
「聞き入れました」

 やった。
 終わりだ。
 彼女は、どうなる。
 わたしは、どうする。

***

 彼女が、朱音がどうなったか、あなたは知りたいだろうか。
 わたしは正直、もうよく分からない。

 めねの元から帰ると、彼女は消えていた。誰に聞いても、どこを探しに行っても、もう見つからなかった。

 そして幾らかの日々が過ぎた。

 死んでしまったのかもしれない。
 それも、確かめようがない。

 わたしはここで、捜索を終えようと思う。

 わたしの話は、以上だ。
 さようなら。

***

 それは、突然にも思えた。
 帰ってきた彼女は、朱音は、すっきりした顔をしていた。
 話し掛けた。

「久しぶり。どこ行ってたの」
 声が震えない。動揺がない。
 すました彼女がいう。
「ちょっとね」
「大丈夫なの」
「心配かけたね」

 夢かと思った。
 今までの現実と比べると、なんだか現実離れして感じられた。
 いや、全部、ただ、現実だ。それだけか。

 その後彼女は、いそいそと出かけていった。

 帰ってきた彼女を見ても、わたしは全く驚かなかった。
 あのママの罰の一件以来、どんどん伸びていってた髪が、さっぱりしていた。出会った頃と同じくらいになっていた。たまにこうして切るそうだ。
 今までの普段着も、あの歌い踊る時の衣装も処分して、新しい落ち着いた風合いの服に着替えていた。出会った頃に少し似ていた。

「これから、引っ越すことにしてる」
「私も、ついていっていいの?」
「ええ」
「新しい土地での事、なにか計画はあるの?」
「まず自分で歌を作ろうかなって。あなたは?」
「行ってから、ゆっくり考える」

 わたしは、彼女と新しい町で暮らすことにした。

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