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死神退治

 命を吸い取る虫、と言われる生物がいる。

 長さは50センチ、直径1cm程の長い紐状の生物。虫と言っても節足動物ではなく脊索動物で、ナメクジウオやホヤより魚に近く、ヤツメウナギより魚に遠い。原始的な脳と発達した目があり、どこに生息していて、どう子孫を残すのかはまだよくわかっていない。

 その呼び名の由来は彼らの寄生性にある。

 彼らはどこからともなく現れて人間の体に貼り付き、その人間を最初で最後の宿主としてその体液を啜り尽くすのだ。

 寄生されればすぐわかる。ひょろりと細長い虫が体に張り付いた瞬間、ぞっと体温が下がるのだ。そしてその次に知るのは自分の運命だ。寄生されれば助かることはない。この虫に常在する細菌は虫が憑いている間は活動が弱いが、引き剥がした瞬間に人体に進出し活発化して肉を腐らせるのだ。その点では虫は人の命を守っている。

 こいつに対して人がとれる対処は1つだ。病院に行き、点滴をする。虫が吸う体液の分、栄養を補給してやればいい。しかしどうにも分からない、虫から出される老廃物が悪いのか細菌の繁殖が閾値に達するのか、寄生された人間は怠ることなく栄養を補給してやってもどんどんとやつれていくのだ。まるで命を吸われるように。

 この生物が初めに発見されたのは西暦2025年8月13日、フランスのリヨンだった。世界で初めて死神の餌食になった人間を診察した医者がDrポルツマン、そしてこの生物に『vita strange』と名前をつけ今まで続く長い長い研究を始めたのが脊索動物の分類学者、Drヤードラント、つまり私である。

 ポルツマンからメールを貰ったのは8月16日の昼だった。見たことのない寄生虫を発見したこと、それを切除した患者が亡くなったこと、どうやら寄生虫は脊索動物らしいこと……今思えば患者を死なせて動転していたのだろう、理知的な彼らしくない散らかった文章だったことを覚えている。

(続く)


この小説は2022年の逆噴射小説大賞に応募予定で準備していた作品の1つです。今年度の応募枠が2つになったことを受け、大賞が狙える作品ではないと見て先に投稿します。大賞は800字の中で爆発が起きて人が死んでいないと取れないためです。
wikipedia3大文学のうち1つである日本住血吸虫の記事に発想を得た小説でした。プロジェクトヘイルメアリーが出る前に書いたものなのですが、あの作品を読了した今だと人類の脅威に対して手探りで進んでいくエンターテインメント小説をパルプに寄せていく手段として、ポルツマンとヤードラントが死神と戦う中で友情を育むストーリーを考えていた俺は凄まじく偉いな〜と思います。

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