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銃とPHSは鳴り止まない

『あなた、本当は死産だったのよ』

 幼い日に母からこの話を聞かされたことは、俺の人生観に大きな影響を与えたように思われる。どうせ死んで生まれた身、そう考えるとふっと全身から緊張が抜け、所詮たまたま拾った命だと思って歩の悪い賭けにも乗るようになった。

『それをお医者様が救ってくれたのよ』

 大人になってこれが全部俺を医者にするための嘘だったと分かった今でも、その思いは変わらない。そしてこんな世界になった今、嘘をついてでも医者の道を選ばせた母には感謝している。

BEEP!BEEP!

 PHSの音で浅い眠りから覚める。

「……はいスドウ」
『先生、あの人が呼んでます。なんか部下の人もたくさんいて……』
「分かった、行くよ」

 当直室の床にそのまま置かれた堅いマットレスから起き上がる。ベッド類は綺麗なものもそうでないものも全て患者に回している。白衣を羽織ってPHSをポケットに入れる。おちおち眠ってもいられない。病状が急変したとかならまだしも個人的な話で起こされてはたまらない。しかし……入院患者のタケダさんはマフィアのボスなのだ。 

 フォート赤十字はその理念に則り受け入れ患者に区別をつけない。それでもマフィア、それもそのボスが入院するとなると話は違う。各戦力の中立地帯として振る舞っているだけで実際の武力を持つ余裕のない我々にとって、特定の武装勢力の接近は非常な緊張感を生む。何が引き金となって地球最後の医療機関が失われるか分からないのだ……

「先生、こんにちは」
「あぁどうもカトウさん、表情明るいじゃないか。もう随分元気だね」
「本当に先生のおかげです……この時代にこんな良くしてくれるなんて」 
 
 陽が当たらない暗いを通って個室病棟に向かうと会う患者会う患者に感謝を告げられる。湿った坑道を廊下にしているだけ病院としてあり得ない環境なので感謝は心苦しい。前時代のそれに比べたら俺たちは何もしていないに等しい……それでも相当に頑張って設備を整えた方だろう。

「先生、あっちに……その何というか人がたくさん」
「分かってるよ、あんまり気にしないで。彼らもここでは何もしないからさ」

 個室の前に病院に似つかわしくない男たちがむろしている。彼らでも良識はあるようで武器は、少なくとも見えるようには、携帯していない。俺を目に留めると軽く会釈して扉を譲ってくれたので、少し緊張しつつもドアをノックする。

「失礼します」
「おう先生、待ってたよ」
 
 愛想のよい笑顔でタケダ組長が迎えてくれる。笑顔とは言えヤクザの笑顔だ、目の奥は笑ってない。それでもこの人は良い、義侠があることが伝わってくる。

「お疲れさんです」
「……どうも」

 このお付きの若頭、カシハラは非常に不快だ。神経質そうで周りの人間への不信感を隠そうともしない。義侠どころか隠れて別のシノギでもしてそうな姑息さを感じる。その上俺を脅すかのように常に暴力の匂いが漂わせてくる。

「先生、前々から言ってたことなんだがよ。外出がしてぇんだ、帰郷だよ」
「ええ聞いてますよ。しかしタケダさんの体調では……」
「先生、はっきり言ってくれや。このまま入院してたって俺ぁそんなに長くないでしょ」
「……」
「それだったら俺は最後に故郷が見てぇ、置いてきちまったもんもあるしな。おいカシハラ」

 組長がカシハラに促すとアタッシュケースが俺に差し出された。持つとずっしりと重い。

「紙幣じゃねぇぜ。マジの金塊だ」
「たっタケダさん、こんなの渡されたってどうにも出来ませんよ。退院されるんだったらされるんだったでこちらからは止めようがないですし」
「いやぁこれは依頼料だよ。俺の帰郷に専属医師としてついてきてくれや」
「そっそれは……この砦にも多くの患者がいますし、ただでさえ医師が少ないのにここを離れるというのは」

 カシハラが緊張したのが分かる。

「やめねぇか!先生は正しいことを言ってるんだ。……だがね先生あんた相当博打で負けがこんでるらしいじゃねぇか」
「……」
「これだけありゃ金は返せるし、賭場で作った敵からも俺らが守ってやれるよ。それにな俺が故郷に帰った方がよっぽど世のために」

 BANG!BANG!

 病室の表で銃声が聞こえた、チンピラの叫び声、怒号。あわてて護身用の拳銃を取り出そうとするも、当直室に置いてきたことに気付く。カシハラが銃を取り出し、扉と俺の間に立つ。

「どうも~タケダさん、お世話になっとります~山手の猩々組のもんですけど~」

 ドア越しに男の声がする。表の若い衆は全滅したのだろう。猩々組、最悪だ。応答せずにいるとドアがゆっくりと開いて2人のヤクザが入ってきた。この時代にピシッとスーツを着た男と、それとは対照的にほとんど山賊めいて武装した大男。大男の方は見飽きた面、賭場の運営者でバウンサー、トウゴウだ。

「あ?スドウかてめえ。ついでだテメェ金返せや」
「?顧客かな?でも医者やったら金より身柄を貰ったほうが得やなで」
「そいつはもう俺が雇ったんでな」

 タケダ組長がゆっくりとベッドから立ち上がる。

「タケダさん、体悪いんとちゃうの。無理せんとき、どうせもう大手詰みや。ええ加減だしてぇな例のアレ」
「何度か言ったと思うがそんなもんは持ってない。そもそもお前がそんな御伽噺みたいなものが本当にあると信じてるのが驚きだ」
「てめぇタケダ!!ぐだぐだ抜かすな!!お前がシンカンセンのキーを持ってるってのは調べがついて」

BANG!!BANG!!

 カシハラが無言で銃を撃つ。二発の内、一発は正確にトウゴウの頭部に命中し絶命させた。スーツ男を狙ったもう一発は瞬時にトウゴウの巨体に隠れられて躱される。

「お前今銃弾避けたか?」

 初めてカシハラが口を開く。

「イヤやな、そんなこと出来る訳ないやん。君カシハラくんやろ。狂犬で有名やから気つけてただけよ。さて……」

 スーツ男が通信機を取り出す。

「あ~もしもし、アカン、トウゴウくんやられたわ~そろそろやってもらってええ?」

KABOOOOM!!

 爆音が響き、地震が起こる天井の岩が剝がれ落ちてくる。

「ウチの子ら仕事早いわ~」

 揺れは一向に収まらない。まちがいなく砦の崩落が始まっていた。

「タケダさんの砦やったらこうはいかんかった。ホンマ入院なんかしといてくれて助かったわ」

「くっ」

 慌てて病室を飛び出す。マフィア同士のやりとりに付き合ってる暇はない。患者の避難に当たらなければ。血みどろの抗争現場を踏み越えて一般病棟に走る。

「アカン先生逃げてもうた。ここ来るまでに一人お医者さん撃ってもうたからますます貴重やのになぁ。まぁシンカンセンが手に入ったらそんなもん気にすることはないねんけど……な~タケダさん」

「カシハラぁ!!」

 タケダが絶叫する。その異様に差し迫った様子にスーツ男だけでなくカシハラも動揺した。

「先生がスーツケース持って行った!!お前先生を守れ!!アレがシンカンセンの鍵だ!!!」

「なにっ!?」

 スーツ男が糸目を見開く、カシハラはその隙を見逃さない。銃の引き金が引かれた。

BANG!! BLAM!!

 スーツ男が銃弾に倒れ、通信機と最後に放った拳銃がこぼれ落ちる。

「カシハラァ……」

 スーツ男の銃からカシハラをかばったのはタケダだった。

「親父!!なんで!!」

「通信機、まだ点いてやがる……聞かれちまった……」

 カシハラが死に体のタケダを抱くが、流血が止まらない。

「どうせ長くない命だ、ここでお前を助けるのに使えたのは悪くねぇ。ゴフッ……ハァー……シンカンセンは俺の故郷にある。お前が使え。先生を守って、2人で行くんだ」

(つづく)


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