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トム・クルーズにならない

トム・クルーズ演じる、"マーヴェリック"は、スピード狂のおじさん。機体のテスト飛行で、マッハ9を出す予定で飛行場に到着したが、急遽マッハ10に変更。しかし視察にくる少佐の意向は、機械による無人飛行の実装を進めることで、パイロットによる超音速の飛行は当日キャンセルされるということだ。それを聞いたマーヴェリックは開いた倉庫のシャッターから外を見やり、思案した様子を見せるが振り返って一言、「まだ来ていないじゃないか」。

操縦席と管制室のカットバックで着陸までの準備を整えていると、車に乗って少佐が到着。なんやかよくわからない理由をつけてフライトは続行。にやけるトム、睨む少佐。無事マッハ10を出して湧き上がる管制室、しかし飽き足らずさらにスピードを上げるトム。機体の温度があがり制御不能になって通信が途絶える。ボロボロのトムが田舎のダイナーに現れて水を飲むのをお客達が見守る。という冒頭の自己紹介シーンより。「大空はあなたのものよ」みたいな。地平線が弧を描いて太陽が顔を出す。スクリーンを一瞬で横切る戦闘機。

マッハ9から10に上がるのでも随分もったいぶったのに、さらにそこから速度をあげてしまうのは、なんでなのか。機体が損傷してしまうのはわかりきったことだし、結局ぶっ壊れるまで速度を上げ続けるんだろうし。だけども状況的には、もうなにかしらヘマしたらクビになる感じだし、「ほかのパイロットたちのため」とか言ってたけど、テストで問題起こしちゃったらそれも怪しくなるって思うんだけど。でもこの人はレバーを倒す。それはバカだからって感じでもなくて、これでもう終わりでもいいから最速出したい、みたいな覚悟の感じでもないようだった。とにかく、もうちょっと倒しちゃおうっていう、いけちゃうんじゃねっていう、そこはもう、感情とか打算とかはなく、でもなぜか冷静な感じ。

そう、なんか、アホな感じではなく、なにかありそうな感じに見えたのは、それまでの功績と、自信と、ある程度の諦めみたいな塩梅なのかもしれない。少佐に苦言を告げられるトム。飛行機乗りは近い未来に必要なくなると言われ、"Maybe so sir, but not today." この感じ。ある程度状況を理解した上で、それに反発するでもなく、身を引くでもなく、それでも自分の実力、それによってしかできないこと、自分なりの役割があることをなんとなくわかっている。そういうのを含めて、頭で考えるよりも直感で、レバーを倒す人なんだと思う。

酒場にやってくるトム。昔の恋人らしき人と再会。「また誰かに怒られたの?」。すでに古株なのに昇進を拒んで大尉に留まり続けるマーヴェリックの人間性が細かいところでうまく匂わされる。西日の差し込む海辺の酒場に、額を湿らせた若いパイロットたちが集まってくる。そのなかに自信ありげな"ハングマン"と呼ばれる男。この人は基本的には、イキリライバル兄ちゃん(本当はいいヤツ)ポジションとみて差し支えないのだが(ハリー・ポッターでいえばマルフォイ、ストレンジャー・シングスでいえばスティーブ)、チームの中では一番実力あるらしいし、ミッションの重さとか、トムとルースターの"因縁"にも、なんとなく理解を持っているような雰囲気で、決して子供ではないという感じは巧妙。

ミッションの重さに関してだけど、これは結構ヤバそうな任務なのに、そのヤバそう感にはあんまりフィーチャーしないでいこうという脚本の方針。まぁそこをちゃんと描くと、2時間では収まらない。たとえば普通にやれば生きては帰れない任務というのをチームのメンバーたちはもっと早めに察しないのか、あるいはその辺のメンタルケアとか。たとえばもっと違う作戦はないのか、とか。相手国の反撃や政治関係はどうなってるのか、とか。

そこらへんは、ミッションの難しさと訓練期間の短さでうまく割り切っていた。そして作戦が難しすぎて、さすがにチームの雰囲気が悪くなったところで、旧友でライバルだった現司令官のアイスマンと対面する。そこでトムがはっきりと弱音を吐く。「ルースターを選べばミッションで失うことになるし、選ばなければさらに恨まれて結果失うことになる」。まさに絶対絶命の状況というのが観客にはわかるわけで、アイスマンによる説得がなにか具体的な突破口を与えてくれるのではないのだが、なんとなく「やるしかない」という感じになるシーンだ。ここでトムは、俺はティーチャーじゃなくてパイロットなんだ、的なことをまた言う。そして自身の超人的飛行テクニックを教える難しさをこのように言う。"It’s not what I am. It’s who I am." つまり、トムは戦闘機パイロットを"やっている"んじゃなくて、戦闘機パイロットであるからトムなのでありトムであるから戦闘機パイロットであるという唯一無二の存在であって、それは技術というよりも人間性と一体となったオリジナルな身体知であるということだ。

このことは、それまでの飛行シーンで示された圧倒的な実力からも、それまでのトムの立ち振る舞いや表情によっても、深い説得力を観客に与える。と同時に、"トムにはなれない我々"という立場を自覚させられる瞬間でもある。この台詞は字幕では「(戦闘機パイロットは)職業じゃなくて自分自身なんだ」みたいな文章が出ていたが、まさにこのことは「仕事」の概念に直結する問題を提示する。

若い優秀なパイロットたちは、職業訓練としてTOP GUN(アメリカ海軍戦闘機兵器学校)を出て、「仕事」としてこの任務にアサインされたわけで、戦闘機に乗ることが人生みたいなレジェンドおじさんとは、立場が違うのだ。ぼくの周りにも、演劇をつくることそのものが人生、映画をつくることそのものが人生、みたいな"レジェンドおじさん"が何人かいて、ぼくはそういう人たちのことを思い浮かべた。そういう人たちと仕事で関わっても、ぜんぜん追いつけないというか、技術を盗むとかそういう次元ではなくて、それはそもそも、そういう立場の違いなんだろうと思った。8時間労働とか、ブラック企業とか、そういう次元ではないところで、そもそもやってるということを、知ってはいたけど、ここでトム・クルーズによってはっきりと断言された。

そしてミッションは粛々と実行されるわけだが、編隊やら敵陣の装備やら制限時間やらの設定と説明がすごく上手なので、このシーンはかなりリアルに入り込める。それにしても、この任務は正直かなりキツい。危険も承知だろうとは言われていたが、パイロットたちは裏でどんな愚痴をこぼしていたかわからない。観ているだけでもかなり緊張するのに、普通だったら何人かプレッシャーで頭おかしくなるはず。無理だよ!無理無理!って何度も叫びたくなる。

なんだかんだ任務は成功するのだが、若手パイロットたちの気持ちを考えると、結局、割に合わない仕事だった、という感想が残る。わけわからん国のわけわからん核実験施設にわけわからん低空高速飛行で突入しろ、と、言われた通りに仕事をこなす。そもそも生きて帰れる任務ではなかったらしいし。成功してもなんとなく地味だし、人類を救うわけでもなし、表彰と昇進くらいしかいいことなさそう。むしろ、「仕事が生きがい」おじさんのクレイジーさを目の当たりにして、この仕事を続けていくことに自信をなくす。たぶんこれが人生で最初で最後の一番デカい仕事になるだろう。いい思い出ができた。地元に戻ってひっそり暮らそう。これからは自動運転の技術でなんとかなるだろう。

ヒーローは襲名制でもなければ師弟制でもない。

......というか職場に男のロマンみたいなのを持ち込まないでほしい。

そういうのは趣味でやってほしい。

今回はしょうがなかったけど。

もう懲り懲りですわ。

これはルースター側の意見です。

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