1泊2日 東北信越ツーリング 2日目
04:00 快活CLUB会津インターを出発
この日のスタートは4時。
快活は1回個室の空調あげてくれって頼んだけど、結局寒くてあまりよく眠れなかった。
チャリンコクラブのみなさんとだいたい同じ時間に快活の駐車場で荷物積んだり準備して出発。
チャリ集団の1人はテーブル椅子のスペースで仮眠をとっていて凄みがあった。
彼らは元気がありすぎる。
住宅地から広域農道に入り、真っ暗な田園地帯を奥会津方面に向けて走る。
日中に走ればさぞ景色が良かったことだろう。
稲穂の匂いが感じなくなった頃、少しずつ景色が明るくなった。
三島町の辺りだろうか、川沿いを歩いているといい感じの小さな村の景色が川沿いに見えるようになった。
途中見かける村はとても雰囲気のいいものばかりで、バイクで通り抜けるだけなのはとても惜しかった。
川と山間は朝霧に包まれていて、ただの山間部を走っていても幻想的な風景が拡がって飽きなかった。
雨が降るかもと思ったがそんなこともなく、ただただこの季節には似つかわしくない冷涼な気候でとても寒かった。
07:45 尾瀬に到着
道の駅きらら289で時間調整をして、ガソリンスタンドの開店と同時の給油を経由して尾瀬に侵入。
尾瀬に来るのは出発時全く予定していなくて、どう新潟に抜けたものかと悩んだ末だった。
御池ロッジで宇都宮から来たおっちゃんと軽く挨拶し、この先の道がやばいよと教えてもらう。
実際走ると、スマホは圏外の狭い峠道になっていた。
神奈川の単車小僧は、道志みち・ヤビツ峠・奥多摩周遊道路などで鍛えられているので、舗装さえされていれば大抵の悪路は平気だったりするのだ。
そういう道を恐れず走れるのがカッコイイみたいな謎の風潮がある。
尾瀬で知ってることといえば尾瀬沼の景色だけで、バイクで通るとひたすら峠道であることは少し残念だった。
奥只見湖まで到達すると、突如山肌の景色に変わって雄大な山間の風景を楽しみながら走ることが出来た。
この辺りは途中途中で沢が道路を横切るようになっている。
雨が降ったりやんだりのこの日は、沢を横切る度にバイクのタイヤをザバザバと洗いながらの走行となった。
家で洗車するよりタイヤが綺麗になったのではないだろうか。
スマホは相変わらず圏外のままだった。
09:22 奥只見シルバーラインに侵入できず枝折峠へ
奥只見湖を抜けてシルバーラインを通って魚沼に行こうとしたら、二輪車禁止だった。
こんな不当な差別があってたまるかと思いながら、泣く泣く枝折峠へ迂回する。
枝折峠もなかなか大変な峠で、いつまでも似たようなカーブの道が続いて気が狂う。
ある程度のパターンが繰り返される運転シュミレーションゲームでもやっているかのような気分になる峠だった。
でも運が良ければ雲海が見れるらしい。
尾瀬から枝折峠を抜けるまでは圏外の上ガソスタもなくて、事故ったりガス欠起こしたら絶対助からないので遊びに行く時は気をつけましょうね。
11:15 清津峡谷着 トンネル見学
人生初の新潟は降ったりやんだりの雨に翻弄されながらの走行だった。
魚沼から一気に清津峡へ走り抜け、何とか昼前に清津峡谷に到着した。
Googleでたまたま表示された聞いたことも無い目的地だったが、日曜なこともありとても賑わっていた。
この辺では有名なインスタ映えスポットらしく、GWやお盆のような時期は事前予約制になるらしい。
トンネルは歩いて見学するタイプの施設で、入場料は1000円。
バイクの駐輪は無料だった。
元々なにかに使われていたトンネルという訳ではなく、清津峡谷を安全に観光するためだけに作られた専用のトンネル。
「映え」を意識してか、坑道内の明かりは区画ごとにさまざまな色のものが使われていた。
淫乱ピンクな区画もあり、さすがに笑うしか無かった。
トンネルの一番奥には、明らかにインスタを意識した空間が拡がっていた。
インスタ界隈の人達がグループでポーズをとって自分たちのシルエットを映し、夏の思い出とするあの空間である。
人間が消え去るタイミングを待ってみたが、そんなタイミングが来ることはなさそうで、真ん中に人がいない瞬間を狙うのがやっとだった。
奥からの眺めはとても素晴らしく、左手には封鎖済みの旧道の様子も見ることが出来た。
あの歩道も歩くことが出来ればよかったのに。
清津峡の駐車場では新潟ナンバーのおっちゃんと軽く会話した。
一泊して仙台福島から尾瀬を経由してきたと話すとたいへん驚いていた。
たしかに普通に考えると効率の悪い馬鹿のツーリングルートである。
「なぜこっちに来た?」と内心思われていただろう。
正午過ぎ 長野方面へ向かいつつ新潟をふらふら
関東圏へは出来れば日が落ちてから戻りたかったので、どこに行ったものかと考えながらとりあえず長野方面へ走り続ける。
ナビを設定すると、「69km道なりです。」と言っている。
沢山走れて嬉しすぎ。
新潟の景色もとても素晴らしいものだった。
稲穂の香りの中走るという体験がとても贅沢なものに思える。
田んぼの端にある小さな社もよきかな。
よく分からないけど、たぶんお米の神様だと思った。
田んぼの中の真っ直ぐな一本道の先に真っ赤な鳥居。
新潟の風景もポテンシャルが高い。
14:15 川中島古戦場跡着
関東に戻る時間調整と、好きなアーティストの曲にもなっている聖地巡礼を兼ねて川中島へ。
八幡社があり、信玄と謙信がバチッている像があった。
合戦場は2つの川を挟んだ規模なので、公園の敷地はごくごく一部であると思い知らされる。
古戦場跡の殆どは今や畑と住宅地である。
合戦を大島てるに記載できていたら大変なことになるだろう。
人はあまりおらず駐車場もガラガラだったのだが、Googleマップを確認したらめちゃくちゃ混んでいた。
死人が沢山出た史跡あるある現象。
15:30~ さわやか街道から帰路へ有終の美を飾る
どうしても日が高いうちに関東で渋滞に巻き込まれたくなかったので、草津を経由した。
ここいらの景色ははちゃめちゃによくて、ビーナスラインよりも交通量が少なくて気持ちよく走ることが出来る。
景色を楽しみながら走る車が多いので、バイクはめちゃくちゃ譲られる。
譲られるのだが、あまり気合いを入れて追い抜くとカーブで死ねるのがさわやか街道である。
16:13 日本国道最高地点へ到達
今回のツーリングの最後の目的地、国道最高地点。
標高は2172m。
もちろん寒く、そしてdocomo回線は圏外である。
碑が立っているだけのこじんまりした場所ではあるが、周りの景色も相まってなにか登山でもしたような達成感が手軽に感じられる場所だった。
このあとは山を下り、草津帰りの車に混ざって八ッ場ダムあたりの道を通って帰路へ。
途中救急車が右折して前に入ってきてから30分くらいずっとすぐ前を走られることになり、田舎の急病は大変なんだなと思わされた。
前の車は救急車以上の速度で流れているので追いつかれて譲ることは無く、後続の我々も救急車を追い越すわけにも行かずなんとも気まずい時間が流れていた。
新大宮バイパスでは原付とダンプが事故っていた。
帰路の途中埼玉あたりでこの日一食目のラーメンを食べて、22時過ぎに自宅に到着して無事終了。
首と腰は無事に壊れた。
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