彼女は頭が悪いから

姫野カオルコの新作。恐らく、今年度の最高傑作。実際に起った事件である「東大生誕生日研究会事件」を基に構成された作品。

この事実からもわかるように今作は東大生によるレイプ事件を描いたものである。

主人公は東大に通い他人を利害関係や数値でしか見ないような人間たち。彼らが自分たちの性欲のはけ口にするために女性を弄びその結果起きた悲劇を小説は淡々と描写していく。何故、女子生徒が抱いた淡い思いは打ち砕かれたのか。そして、何故その様な結果に至ったのかを描くのが今作。

現在の世の中は利害関係や数値だけで世の中を見つめ割り切った関係を構築していくほうが生きやすいのかもしれない。総理が霞が関の人事に大きな影響を持っているからと総理に忖度するような官僚のほうが出世するのかもしれない。文学作品など読まずに売れ筋のビジネス書やビットコイン関連の本を読み株式投資や資産運用をした方がよっぽど得をするのかもしれない。現代はそんな世の中だ。有名実業家や有名大学教授が推薦しただけでその本は飛ぶように売れる。

人気ブロガーがこの前AV男優と事実婚した。彼女は数年前から執拗に「童貞イジリ」をしていた。恐らく、自分の彼氏が不特定多数の女性とまぐわっていることを受け入れられなかったのだろう。だから彼女は「童貞イジリ」をしたのだ。そう、ヤリチンが上で童貞が下という価値観を自身の中で構築し自分の自我を保とうとしたのではないだろうか。それを多くの人に発信することで自分の意見への賛同を得ようとしたのではないだろうか。そうすることで自分の中の「自己肯定感」を彼女は高めたかったのではないだろうか。同じことを小説内で東大生は被害女性に対して行う。彼らにとって重要なのは他者からどう思われるか。「東大生だから誰もが認めるイイ女」と一緒にいなくちゃと彼らは考える。好きな女性でも「トモダチ」がDB(デブでブス)、ネタ枠と断言したから好きじゃなかったふりをする。馬鹿臭い。多くの人はそう思うかもしれない。人を好きになるってのはそんなことではないと。ただし、世間も同じ様な事をしてはいないだろうか。「夜中に複数の東大生についていった尻軽女」。被害女性は事件後そう非難を浴びる。それは本当にそうなのだろうか。彼女は本当に尻軽女なのだろうか。自分が好意を寄せていた男性、一時は相手も自分に好意を寄せてくれていたと思っていた男性に誘われたら家についていくくらいの事はするのではないだろうか。そもそも、レイプされると思ってそれに怯えながら女性が過ごさないといけない社会はあまりにも不条理ではないだろうか。好きな男性に飲酒を勧められたら断ることが出来る女性はそんなに多くないと私は思うのだ。その場を盛り上げるために飲酒するのが少なくとも異性のあり方として普通のような気が私はする。

人気アイドルが強制わいせつをかました。この時もネットを中心に多くの人間が被害女性の悪口を書いた。その中でも私が衝撃を受けたのはバーレスク東京で働く女性キャストがその悪口にいいねをつけていたことだ。水商売をおこなっている女性が性被害にあった女性の悪口にいいねをつける。ならば私は聞きたい。「あなたはお店でいきなり男性客におっぱいを鷲掴みにされても良いのか?」と。

自分がされて嫌なことを他人にはするなという普遍的で最低限度の礼節を小説という形で提示されて改めて私も考えさせられた。

そんな機会を与えられないと理解できなかった自分に恥じると共にこの小説は現代社会で生きるすべての人にたいしての提言だとも思う。

物語の前半部に有名ノンフィクション作家の実名が出てくる。彼はこう述べている。「文芸なんて読む意味がない。他人の心情を慮るだけ無駄だ」と。そうなのかもしれない。ただし、利害関係や損得勘定だけで世の中割り切ること程危険なことはない。そして、この発言をしたノンフィクション作家も東大を出ている。奇しくも彼は今作の出版社である文藝春秋社の出身でもある。そして、彼が文藝春秋を退社した理由は「プロ野球取材」をさせられたからである。私は思う。世の中に不要なものなんて無い。上も下も右も左も全て必要であると。自分にとって無駄だと勝手に判断することが最も無駄ではないだろうか。ペンの力が紙媒体が衰退していると嘆く人が多いがその原因の一つにノンフィクション作家による文芸軽視があるのではないだろうか。そして彼の様な姿勢で世の中を見つめる東大生が多いからこそ今回のような事件が起きたのではないだろうか。そのノンフィクション作家の名は立花隆である。

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