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フランス留学体験記


私は高校二年生の夏から10ヶ月間、フランスに留学しました。きっかけは、偶然耳にした仏語の 発音のあまりの美しさに魅了され、フランス文化に強い興味と憧れを抱いたからです。

フランス到着後約3ヶ月間は、正直生きた心地がしませんでした。仏語での自己紹介もままならず、相手の話も何もわからず、まるで別世界の呪文を聞かされているような毎日。ホストファミ リーもクラスメイトも英語はほぼ通じず、慣れない生活全てに疲れ果て、友達の輪も広がらず、焦りと寂しさ、そして強い挫折感を味わい、自分の弱さを思い知り、ひっそりと涙を流すこともありました。しかし晩秋のある日、「せめてフランス語は習得しよう」と意を決して開き直り、心を入れ替えて過ごすと、心優しい友達に助けられ、自然と友達が増え、行動範囲も広がり、勉強も生活も楽しくなり始めました。 幸い私の高校はフランスでは珍しく、留学生への仏語運用能力のスキルアップに力を入れており、多国籍の留学生と毎週計11時間、正しい発音のための口や舌の動かし方など、きめ細やかに仏語を学ぶことが可能でした。質問にもいくらでも丁寧に答えて下さるその個別授業の積み重ねにより、次第にフランス語も上達し、その過程で困難な事態にも果敢に挑戦する力を身に付けました。 通常授業を減らした為、クラスとの関わりや他教科の学びの機会は減ってしまいましたが、授業 を通して出会った素晴らしい先生方と約1年間共に生き抜いた多国籍の留学生仲間との絆は固く、先生も含め今も連絡を取り合う関係です。先生方のご配慮や学校の方針に心から感謝しかありません。

実際に生活したフランスは、イメージしていた美しさ、そしてフランス革命の理念である「自由・博 愛・平等」だけでなく、泥臭さや無秩序さも存在していました。 例えば街中で「○○人!」と揶揄されたことがありました。そのような発言をする人はもちろんごく少数ですが、もはや差別という意識すらないようで、一言私が日本人だと伝えると、態度を変え目を輝かせフレンドリーに話しかけてきます。嘲笑の対象とされることもある○○人、一見その○○人に見える自分。複雑な狭間に置かれ、アジア人としてのアイデンティティを常に意識する環境下で、「自分とは何か」を問い続けました。 この経験から、体験しないとわからない、フランス社会の一側面に触れた気がします。遠い海外だからこそ、さまざまなイメージが先行し、その国や人種に対して偶像を作り出してしまいがちですが、人の数、家族の数だけ「フランス」があり、それら全てを包括して国や文化は成り立っていることを身に沁みて感じました。

一方で、お世話になった2ヶ所のホストファミリーはいずれも深い家族愛と優しさに満ち溢れてい ました。2週間に一度は必ず親戚で集まり、他愛もない会話、時には議論を白熱させ、親戚間のあたたかな関係を紡いでいました。ルーツや国籍も様々、離婚した前パートナー・子供達も含めた大きな家族全員で常に惜しみなく支え合い、一留学生の私へも揺るぎない愛を与えてくれたことに感謝しかありません。

現地校のフランス文学の授業では、パンテオンに葬られている偉人について調べる課題が出たことがあり、そこで初めてエミール・ゾラの作品に触れる機会がありました。現実を自然科学的か つ客観的に描く彼の作品は非常に興味深く、当時の文化や社会情勢等の背景を理解することや、緻密に文学を読み解くことの面白さを垣間見ることができました。授業を通してフランス文学への興味が芽生え、先に述べたホストファミリーのあの寛大な愛の土壌はどのように構築されたのか?様々な愛の形や複雑な心情を織り成す文学作品からこそ、そのヒントが得られると考え、 フランス文学を読み進めています。 また異文化の中で考えた「自分とは何者なのか」「どうすれば他者を理解できるのか」の答えを、 大学では文学と対話の両輪を通して見つけていければと考えています。そして作品を原書で読めるよう仏語を徹底的に学び直しつつ、当時の文化や社会的背景を理解し、緻密に文学を読み解き、丁寧に紐解いていきたい。また、留学中に垣間見た現代フランスに横たわる複雑な社会問題等を多角的視座に立って捉えられるよう、文学を始めとした様々な媒体や人との対話を通して、人間の心の有り様について探究を深めていけたらと考えています。

留学団体の旅行を通して多国籍の友達が世界中にでき、彼らの国や母語に関心を持ち始め、今 も頻繁に連絡を取り合っています。その話の中では今なお発見が多く、たくさんの刺激を受けており、彼らの母語や国への興味は尽きません。 例えば、バカンスの過ごし方、楽しみ方のスケールがまるで日本と違うこと。ヨーロッパに住む友人は、幼児のスポーツクラブの見守りやコーチをしてお金を稼ぎ、そのお金でヨーロッパ中を友人同士で旅行しています。高校生といえど、まだ完全な大人ではない子供が、幼児の世話などをア ルバイトとして行い、直接的に社会の役に立てる機会が多いこと、そしてなにより休暇中の遊び方のスケールやスタイルがあまりにも違い、心底驚かされました。 もちろん、ヨーロッパという広大な大陸と東アジアにある小さな島国の日本は、地理的にも行動範囲に差が生まれますが、バカンスに対する認識の違い、そして豊かな経験値の差は大きな隔た りを生むのではないでしょうか。多岐にわたる経験を積むこと、自分の肌で実際に他文化に触れ、様々な立場に置かれた人々と積極的にコミニュケーションを図り、自分の目で見て考え話し合い、自分の中に落とし込んでいく。その深掘りの積み重ねが多角的に物事を見たり、さまざまな視座に立てるようになるのではないか。そのような数多の経験値を踏んできた人々が、いずれ世の中をリードしていく立場に立った際、自国を俯瞰しつつ、社会問題への解決策を探り出すこ とができると感じるため、膨大な経験がいかに重要であることか、身をもって知りました。

この長いようで短い、10ヶ月間のフランス留学を通して、困難な状況であっても諦めずに挑戦していく力強さ、人種を超えた愛の温もりの心地よさと優しさ、そしてもちろん語学力を身につけ、かけがえのない豊かな経験をすることができました。また、他言語を身につけるために、相手の言葉を真剣に聞き取ることは、傾聴の姿勢や、自分自身を見つめ直すことにも繋がりました。人種や宗教・性差等の違いを越え、互いの話にじっくりと耳を傾け、相手の背景や様々な事情を理解し歩み寄る。勇気を持って相手に飛び込んでいくことは、時に困難も生じますが、異なる意見を互いを尊重しつつ、違いや不足を補いあう中で培った共感的な理解力や、関係性を深めることの面白さは、私の中で大切な軸となっています。

最後に、慌ただしい留学準備期間も含め、現地滞在中もずっと見守ってくださったPIEEの皆様、そして私の数々の失敗を次へのステップとして大らかに受け止め、高校生のうちに貴重な留学経験をさせてくれた絶大なスポンサーである両親に心の底から感謝しています。 本当にありがとうございました。


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