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Au pair ワーホリ カナダ生活159日目 「次のファミリーのもとへ行く理由」



noteへの感想で思ったこと

 そういえば、という出だしで始まるのもなんなのだけれど、つい最近、私のnoteへの感想のお手紙が届いていた。とてもありがたいことで、3回ほど読み直してしまった。
 こんな他愛もない内容にも関わらず、じわっと思い出して何度か読んでくださっているのだとか。
 感想の中にあった「じわじわと思い出す」という言葉を見て、腹落ちしたことがある。自分がnoteを書く意味だ。こうやって、誰かの心の隙間にひっそりと残ることができるのは、本当に良いことだと思った。

 私は、できるだけ強い言葉を使いたくないと日頃から思っている。
 個人的な意見だけれど、強い言葉にはいろいろとよくないものが混じっていると感じているからだ。それは発言者の虚栄心だったり、相手を操作したい裏心だったり、相手を傷つけるためだったりする。そもそも強くてわかりやすい言葉を使うのは、多くの人に自分の存在を気づいてもらうためで、その人たちに自分をよく見せる必要があるから、それは当然の話なのだけれど。本当にその人に寄り添う言葉を伝えたいのなら、強い言葉を使う必要なんてないのだ。
 自己啓発本だったり、幸福を論じる本などが苦手なのはこういうことが背景にあったりする。
 私は相手の意見は潰さずに、でも自分の意見はしっかりと伝えたいと思っているのだけれど、それは案外難しい。強い言葉じゃないと、人は他人の意見をきちんと聞かなかったりする。地味な言葉は、響かない。
 なぜなら、地味な言葉に自分を変えてくれるような奇跡が宿っているとは、微塵も思っていないからだ。艶やかにデコレーションされた言葉のみが人を動かすと、私たちは信じがちなのだ。そしてその奇跡はとても楽な道で、みんなそこで立ち止まってしまうのだ。

 私は地味だ。派手な経歴もない。でも、それなりに人生の辛酸をなめてきた。私は私から出てくる様々な考え方や今までの経験が誰かの力になると、そう信じている(これは私だけではなく、あらゆる人の考え方、経験は誰かの力になる)。でも、それは決して強い言葉ではない。あくまでその人がこれからを思考する上でのサポートでしかない。こういう考え方もあるんだという、ひとつの気づきにしかなりえないのだ。
 何気ない時にふわっと思い出すというのは、その人の心の奥底にしっかりと引っかかってくれた証拠のような、そんな気がした。

 その方はニュージーランドへのワーホリを考えているとのことで、私はこの方にとって全てのことが良い方向に向かうことをかげながら祈っている。たとえどんなに悪いことが起きようと、最後には良い方向に全て向かいますように。この方にとって、どんなことも全てが良い経験でありますように。


2週間前にホストファミリーに告げる

 私は、ホストファザーに辞めることを告げた。たまたまこの日はホストマザーがいなかった。薄暗いキッチンで、私は拙い英語で伝えた。
 ホストファザーはゆっくりと受け止めてくれた。
 「残念だよ」という一言ともに、それはあっさりと終わった。
 ホッとして部屋に戻ると、その日はぐっすりと眠ってしまった。
 次の日、家にいるのは私とホストファザーだけだった。ぼんやりとしていると涙が溢れてきて1人でわんわん泣いた。この家を去ることに後悔はないはずなのに、涙がとまらなかった。何が悲しいのかわからずに、ひとり困惑した。喉風邪が長引いているせいもあって、咳も止まらない。苦しくて苦しくて、ただ泣いた。
 お昼頃にホストファザーが起きてきて、一緒に昼食をとっていると色々と話すことになった。3時間くらい話していたと思う。
 私が日本人であり、その国民性を理解して「リラックスしなさい」と声をかけていたこと、爆発しないように自分になんでも言うように伝えていたこと、あなたには子どもたちのビッグシスターのようになってほしくてお金は言語を教えてくれているお礼でしかないことを改めて伝えてくれた。
 ホストマザーとなかなか話すことができなかったこと、子どもたちからの仕打ちに耐えられなかったこと、日本で起きたいろいろなことがあってなかなか心を開けなかったことを伝えた。
 ホストファザーは人を助けることが好きらしい。そして、ホストマザーを怖がるのはみんな同じだと言っていた。何かトラブルが起きるとみんな僕に言ってくるんだよと。彼女はフレンドリーだから話しかけてみなさいと言われた。何か手伝おうかと聞いてみなさいと言われたけれど、初日に聞いて断られたからダメなんだと思っていたことを伝えたり、今までのことを泣きながら話した。
 その中で印象的だったのは、「日本のことは忘れなさい」「あなたは今、爆発したから成長している証拠だ」「日本に帰ったら景色が変わっているだろう」という言葉だ。
 私がどうしても日本人に殻をやぶれずにいたからだ。私は日本人であることを保ちながら海外に適応するにはどうしたらいいのかをずっと考えていた。でも一度、それは忘れた方がいいのかもしれない。
 他にも、ホストファザーを話したおかげで今までネガティブにしか考えられていなかった子どもを産むことについても、前向きに考えられるようになった。

 ホストファザーと話した日の夜、ホストマザーからメールが届いた。
 ホストファザーから私が持っている課題や辞めることになった経緯を聞いたこと。子どもたちが英語を話したり日本語を話すようになって感謝していること。もっと私たちのことを知って欲しかったし、あなたのことを教えて欲しかったということ。あなたの個人的な問題にも寄り添うつもりがあること。今からでもそれらは遅くないということが書かれていた。
 この日もひとりで大泣きした。本当によいファミリーだと思う。
 自分の敵は自分だということは、まさにこのことだと思った。自分で勝手に敵をつくり上げていたのだ。

 でも、この家から去ることに不思議と後悔がないのは、この家を去るということはいろいろな人に出会うチャンスが新たに舞い込むと思っているからだと思う。ここはフランス語が第一言語であり、田舎すぎて自分でコミュニティを探して友人をつくることが難しいと感じていたのもまた事実だったのだ(この田舎には大変心を救われたので、田舎が悪いというわけではない)。
 次はトロントの郊外にうつるので、ハロートークで知り合った人と出かけたり、このタイミングでトロントにあるコミュニティから声がかかったので、そういった場所に顔を出していこうと思っている。
 次のファミリーは日本人とカナダ人のご夫婦で、旦那さんも日本語を話すことができる。英語のことで疑問に思ったことを聞きやすいと思ったし、今より張り詰めた緊張から解き放たれるだろう。ただし、賃金はない。もしかしたら180CAD出るかもしれないくらいで、今より金銭的にはきつくなる。
 子どもが2歳なので、あまり面倒を見なくて良いこと。労働時間と食住の提供がトントンになってしまうことが理由として挙げられていた。そんなにうまい話は存在しないのだ。
 でも、このご夫婦も人が良さそうで、母校が一緒だったり出身地が一緒だったり趣味が一緒だったりと共通点が多く、あと半年間を上手に過ごせそうだなと感じている。


今のホストファミリーを去る理由

 端的に言うと、
 ・子どもたちの態度に対する我慢の限界
 ・フランス語圏であること
 ・コミュニティがない
 だった。
 もともと、ホリデーの側面が強かったので英語の習得はついでにできたらいいなくらいにしか考えていなかった。だからフランス語圏でもよいと思ったし、来て最初の1ヶ月半は心底大変だったけれど、帰国することやファミリーを変えることはあまり考えてなかった。目標も何もなく、自分と向き合うためのリセット期間だったし、私と子どもたちには仲良くなる時間が必要だと思っていたのも、理由のひとつだ。
 でもここで生活していると、言語習得ができたらいいなという積極的な思いが芽生え、帰国後に海外の大学に留学したいと考え始めてからは英語習得をそれなりに目指したいと思った。英語に対する考え方が変わったのだ。なので、家庭内でも英語のリスニングをしたいと思った。ここでは家庭内の会話も映画も本も全てフランス語なので、英語の本を買いたくても買うことができない。
 コミュニティを探そうにも、ほとんど手がかりがなかった。しかも属しても誰も英語を話せない可能性もあり、より難航した。
 子どもたちの態度には何度も触れたことがあるが、月日が経てど意地悪がやまず、パワフルさゆえに毎日犬のように扱われていたことが苦しかった。彼らは親愛のつもりだったかもしれないけれど、毎日力強く殴られるのは、個人的にはしんどかった。周囲もなだめてくれない中で、一生懸命なだめてもどうしようもできなかったのだ。今日も「お前はお金を払っていないのだから、朝ごはんを食べるな」と言われた。全てジョークだと言うけれど、言って良いジョークとそうじゃないジョークを毎日私から教えないといけない日々には少しうんざりとしていた。これはホストペアレンツにはどうしようもできないことだった。子どもは親が見ていないところで言うからだ。言われるたびに親に告げ口をするのも、正直気が重い。
 もちろん可愛いときもたくさんあった。それでも、私の心はどんどんすり減っていってしまって、離れることを選択してしまった。

 もし、ここが英語圏なら、私はきっとこのファミリーのもとに残っていたと思う。
 今の私には友達をたくさんつくって、たくさん話すことが必要なのだ。でもそれができずにいる。私ではどうしようもできないたくさんのことが重なってしまった。
 確かに、このファミリーに心をひらけなかった自分もいて、それは悪いことだったと思っている。
 でもそれを本当に1番悪いことだと思っているのなら、私はもっと後悔しているはずだ。後ろ髪を引かれるような苦しさで毎日泣いていてもおかしくない。でも、この記事を書きながら泣くくらいの寂しさはあれど、後悔はなかった。
 私は次のステップに進んでいるという自信があるのだと思う。

 このファミリーには心の底から感謝をしている。本当に。辞める理由を見た人は、なんで感謝するの?と思うかもしれない。
 でも、私は確かに子どもたちから生きるエネルギーをもらったのだ。よく笑い、よく泣き、抱きしめてくれた彼らから、私はエネルギーをわけてもらったと感じている。だから私は、次のステップに進むことができるのだ。この家族からしたら、途中でいなくなって迷惑な話だと思う。でもなんとなく、彼らはそんなことすら思わないのではないかと思った。
 ホストペアレンツは自室にこもりがちな私に何も言わなかった。そっとしておいてくれたのだ。私がどんな風に過ごしても、何も言わなかった。自由に過ごして良い。ここはあなたの家だからと言ってくれた。そっとしておいてもらえたことは、とてもありがたかった。こういう親切な人が、本当に世界にはいるんだと教えてもらった。

 だから、感謝している。約半年、お世話になった。
 一緒に摘んで食べた野いちごやブルーベリー、ラズベリーのことは一生忘れないだろう。ここで過ごした日々は、私の人生において、大切な時間だった。

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