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ep.4 ロンドンの地下鉄で | 見知らぬ人の親切

 男性が女性に熱心に話しかけていたことには気がついていた。でも、地下鉄で見知らぬ者同士がひょんなことから話し始める光景は、この街ではそこまで珍しいわけでもなく、その日もそうかと思って私は読みかけの本に再び目線を戻した。

 少しして女性の反対隣に座った別の男性が「会話の途中に入って悪いけど、大丈夫?」とよく通る大きな声で女性に話しかけた。はっきり発せられたその一言は切れ味がよく、周囲の人は皆、顔を上げたのではないかと思う。

 女性が返答する一方で、その女性にずっと話しかけていた方の男性は気まずい顔になった。彼らが実際に何を話していたのかはわからなかったが、女性に執拗に話しかけている雰囲気を察知した隣席の男性が、女性のことを気にして声をかけたということは私にもわかった。

 女性を困らせていた男性は少しして地下鉄を降りた。女性も少し後に、助けてくれた男性にお礼を言って降りていった。

 誰かが気づいているよと示してくれること。もし私が彼女の立場だったならば、不安な心をどれだけ救うだろうと思った。

 
 その後しばらくして、別の乗客が足元に傘を置いたまま地下鉄を降りようとしたところ、気づいた人が「Excuse me!」とこれまた大きな声出し、傘は無事持ち主の手元に帰った。

 誰かを助けることに迷いを見せない人々を見るたび、私は小さくも何か確信をえる。都会で多くの人が自分のことに忙しそうにも見えるけど、実はちゃんと周りを見ているのだとこうしたことでよくわかる。


 数日前、歩いていたら目の前で誰かが何かを落とした音がした。目先では、複数の人が回転ドアから一斉に外に出ようとしていた。私は大きな声を出すのは苦手なのだけど、誰が何を落としたかすらわからないけど、あの地下鉄でのことを思い出して、即座に「Excuse me!」と叫んだ。

 何人かが振り返ると同時に、私の後ろにいた別の人が、代わりに落ちていた腕時計を拾ってくれていた。大きな声が出す、周囲に気づいてもらう、それだけでも役に立つんだって思った。


The Kindness of Strangers