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韓国留学から持ち帰ったもの

幼いころから容姿のことでずいぶん苦労をしてきた。

ことあるごとに同級生からは「ブス」「デブ」と言われてきた。

転校するクラスメイトの送別会で、一人ずつ握手していくときに、「ブスと握手すると縁起が悪い」とわたしだけ避けられた。「ブスから受け取りたくない」とわたしの回すプリントは受け取ってもらえなかったし、中学に上がるとネットの世界を知る人間が増え、「北朝鮮のスパイ」「日本に住まわせていただいてるのに感謝が見えない」という国籍に関する言葉もしょっちゅうぶつけられた。

英語のコンテストで、発表者候補がわたしと、細くて可愛い子だった。その子が選ばれたとき、先生はみんなの前で「まあ、言わなくても分かると思うけど、見た目で選んだんじゃないからな(笑)」と言った。大ウケの教室の中で、一人だけ消えてしまいたい程に惨めだった。

同じころ、少女時代やKARAが流行り始めた。「韓国人のくせにデブでブスだ」と後ろ指を指される日々だった。

日常生活、どこにいっても容姿を馬鹿にされていたわけで、コンプレックスの塊だった。

ブスである以上、せめてと思い、高校のときには1か月で10キロ落とした。

大学の授業で、「フェミニズム」とは何かを問われたとき、わたしは「女性中心主義」と書いた。

「日本では性差別はあまりないでしょ?」という海外の友人の質問にも「まあね」と答えた。

男性がデート代を負担したり、家族を扶養する慣習に「逆差別じゃん」と思っていた。

「フェミニスト」と聞けば「若さを失って活動家になった揚げ足取りのクレーマー」だと思っていたし、女性の身体を消耗品として扱うコンテンツがテレビにも、ネットにも溢れ、痴漢に遭った、ナンパされたと言えば「軽く見られるからでしょ?」と言われる世界を、わたしは「そこそこ性平等が実現された世界」だと本気で思っていた。


 性犯罪は他の犯罪と同じように「重大な犯罪」だと認識はしていたものの、被害者の落ち度を責める言説には特に違和感を覚えなかった。おかしいと憤ることも、そうだと賛同することもなかった。性犯罪が語られるときに必ず起こる、不可避的な、自然発生的な「現象」のようなもの。その現象に名前があることを、わたしは今までずっと知らなかった。

 わたしが韓国のソウルで交換留学生として生活を始めたのが2月末。検察庁のソ・ジヒョン氏による内部におけるセクシュアルハラスメントと人事不利益に関する告発があったのが1月29日。#MeToo運動が爆発的な勢いで広まっている真っ只中だった。韓国映画界の鬼才と呼ばれるキム・ギドク監督や、次期大統領候補とまで言われた政治家アン・ヒジョン、名脇役俳優オ・ダルスなど、そのほか有名人が毎日のように告発の対象となった。このままいけばある程度の社会的地位にいる韓国人男性のほとんどが消えるのではないか言われるほどだった。

 女性の権利の復活が毎日のように話題になる韓国では、新しく出会う友人がフェミニストであることは珍しいことではなかった。せっかく留学に来たのだし、その社会の動きは把握しておきたかったので、彼女たちの話は熱心に聞いた。その過程で初めて「セカンドレイプ(二次加害)」という言葉を知った。性犯罪の被害者に対して第三者がその苦痛を思い起こさせる発言をしたり、原因を被害者本人に見出すような発言をすること。あまりにも自然に受け入れていたあの現象に名前があるということに驚いた。


 不思議なことに、名前がつくことで「ああ、あの時のあれは二次加害だったんだ」と埋もれていた不快感が目を覚ましていった。高校生のときに痴漢にあったことを信頼していた塾の先生に相談したときに「お前が?」と過呼吸になるほど笑われたこと、大学生の時に同じゼミの男性にストーカーされていることを母親に相談したときに「連絡を返すお前が悪い」ときつく叱られたこと。あのときはただ何とも言えなくて、「被害者ヅラするブス」という風に自分にレッテルを貼り、羞恥心を掻き立て、もやもやをガムテープでぐちゃぐちゃに貼り固めてやり過ごした。

「勘違いブス」にだけはなりたくなかった。ブスだと罵られることで、学校などの狭いコミュニティのなかで慰み者にされる人間としては、「勘違いブス」にならないことがわたしにとって最後のプライドだった。


ルッキズムの問題に気付いたのも、同じくらいの時期だった。財力、人脈、学歴など。いわゆる「能力」として評価される要素たち。男性が備えていれば、将来を約束されたものとして魅力として評価される一方で、女性が持つと無駄だとさえ言われてしまう。そうなると人の魅力の要素として、女性に残されるのは外見のみとなる。だから女性差別的な社会ほど女性たちが「美しい」

その話を聞いたときには、息が止まるかと思った。わたしがずっと抱えてきたコンプレックスが、実は既存の不均衡な社会構図に由来するなんて思ってもみなかった。


幼少期から今までずっと家族や学校からは性犯罪に対する自衛を促されてきた。誰も性犯罪の被害者のほとんどが女性である社会の歪さは教えてくれなかった。男性の平均生涯収入が女性の1.4~1.6倍であること、入試で女子という理由でこっそり落とされることがあるということ、女性だけに課される異様な外見審判がおかしいということ、勝手に身体に触れられること、言及されることを不愉快に思ってもいいとは誰も教えてはくれなかった。

教えてくれていれば、成長期に1ヶ月で10キロ近く落とした影響で酷い生理不順に悩まされることも、鏡に映る自分の顔を嫌悪し顔面にカッターをあてがうことも、「勘違いブス」という呪いにかかって自分の、或いは誰かの性犯罪に沈黙することも、きっとなかった。


男性中心的な社会に忖度し、怯え、一方的に下されるジャッジや価値にずっと身をゆだねて生きてきた。自分が疑わずに生きてきた世界はわたしの了承も得ずに、そんなことを強制してきていたのだという。

なんともしんどい事実を抱えて、留学生活を終えて戻ってきてしまった。

ああ、厄介なものを持ち帰ってしまったなと思いながら、知ってしまった以上は見えてしまうのだから仕方ない。見えること、感じることが増えると、そのぶん生きづらさはもっと具体的な形となってわたしを苦しめるけれど、それでも無感覚なまま生きるよりはよっぽど人間らしくていい。

だからこそ、わたしは自分自身を語り続けようと思う。おかしいことはおかしいと、わたしはここに居るんだと。男性中心主義的な社会や価値観に取り上げられてきた、わたしの人間としての感覚をこれからは取り返していきたい。

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パソコンのファイルを整理していたらちょうど2年前に書いた文章が出てきた。確か、何かのフリーzineへの寄稿として書いた記憶があるのだが、その後音沙汰がないのでここで成仏させておこうと思う。

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