ナツキ⑮


 まよねっぴ達とは、末次堂の前で待ち合わせている。藍那の店からそれほど遠くないから、ナツキは徒歩で向かっている。
 あの日、末次堂の包み紙を大事そうに抱えて調理準備室を訪れた柄井ついりの事をナツキは思い出す。
 あの廃屋で、差し伸べられた手を取るより先に、ついりは危険を察知して咄嗟にナツキを突き飛ばした。その時の事は、今でも鮮明で脳裏に焼き付いている。スローモーションで再生される記憶。ゆっくりと遠ざかっていく、ついりの表情。
 ナツキはグッと拳を握りしめる。
 深遠なる異世界や、名状しがたい存在を前にした時、ヒトはあまりに無力で儚い。ナツキや秋人が有する対抗手段も、全てに対して有効とは言い難い。どれだけそれを望んだとしても、出来ることは限られている。ナツキはそれを知っている。痛いほどに。
 だとしても、ナツキは欲するのだ。
 欲しいものは諦めない。
 他ならないその欲求こそが、ナツキの「生」の証明なのだから。
 ついりの意識も、必ずいつか取り戻す。
 ひそやかな決意は、ナツキの胸の中にしまわれる。出来ることは限られている。今は時を待つだけだ。チャンスは必ず訪れる。
 前方に末次堂が見えて来る。店舗の前で手を振っている人影には見覚えがある。
 まよねっぴ。さーちゃん。しょーこす。
 ナツキの友達だ。
 大きく腕を振ってそれに応え、ナツキは顔いっぱいに笑みを浮かべて走り始めた。

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