サンドイッチ

大阪に子供の頃から親に連れられて利用しているサンドイッチの美味しい喫茶店があり、久しぶりにそこに行ってきた。行くと休みでどうしたものか思案していると、すぐ目の前に同じルーツのお店があることがわかり、そこに入った。

そもそも"A"という人気店があって、そこがなんらかの理由で閉店して、"ニューA"というお店と"B"というお店に別れたらしかった。僕自身は、"ニューA"に幼稚園時代に連れられている記憶があるので、35年以上前にその2つに別れたということだろう。

"ニューA"がお休みなことにはガッカリしたが、"B"も同じルーツということで期待してお店に向かった。お店は驚くほど汚かった。煙草の煙が立ちこめていることは喫茶店だから仕方がないとしても、雑然としていて、清潔感に著しく欠けていた。

嫌な予感はしたものの席に座り、注文をした。メニューは、ほぼまったく"ニューA"と同じだった。"A"時代のものを、どちらもほぼ踏襲しているのだろう。玉子サンドとカツサンドとミルクセーキを頼んだ。

店員が一人で働いていたので、お店が汚いことも仕方がない気がしたし、待たされることも不快には感じなかった。ミルクセーキが飲んで、いつもの感じだと安堵した。食事は僕にとって重要なイベントで、美味しいものを食べると1日がとても気持ちよく過ごすことができる。懐かしい味に、肝心のサンドイッチも上質なものが出てくるのだろうと期待をした。

玉子サンドが先に出された。絶句する見た目の悪さ、玉子は焦げていたし、形も崩れていた。食べるとパンもベタベタとしていて、水に濡れた手でパンを触ったのではないかと感じさせた。皿も不潔だった。"ニューA"のそれとは程遠かった。

カツサンドが、更に遅れて出てきた。店員さんの手にはマヨネーズなどが、ベタッとついていた。「遅くなってすみません」と何度もおっしゃった。カツサンドの両端には、有るかないかわからない程度の揚げたカツが挟まれていた。貧相な見た目で、作り立てとは思えない温かみのない、玉子サンドよりもさらにひどい見た目と味だった。

母親が亡くなる最期に「"ニューA"のカツサンドが食べたい」と言って、テイクアウトしたこともあり、僕に撮っては想い出のカツサンドだった。"ニューA"と僕が今いる"B"は同じルーツなのだということが、信じられない差を感じた。"ニューA"は清潔だ。店員さんの動きにもリズムがある。洗練されているプロの集団といった動作で、いつ行っても失望することがない。あまりにもこの2つのお店は、違い過ぎた。

こんなひどい食事に2000円払う自分が情けないと思いつつも、お会計でまた店員さんは「お待たせしてすみません」と謝っていた。全然待つことはできるから、きちんとしたものを出して欲しかった。「ご馳走様でした」とだけ言って、席を出た。一所懸命に仕事をされているのはわかるけれど、あれはあんまりだ。仮に"B"に特殊な普段サンドイッチを作る人が倒れただとか何か理由があったとしても、それなら臨時休業にすればいいのにと思った。

"ニューA"の洗練を思い出し、この差はいったい何から生じたのだろうかと、今日はずっと考えている。同じルーツなのに、何がこの差を引き起こしたのだろう。

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