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「栗スイーツ」 栗御殿への道 第10回 田中規子 月刊ピンドラーマ2024年4月号

農場を訪れたお客さんにモンブランを作っていると「いつからパティシエですか?」と言われることがあり、とんでもなくお恥ずかしい限りである。これまで何が一番大変だったかというと、車が横転したことでもなく、鋸で怪我したことでもない。ロールケーキ作りを覚えねばならなかったことだ。栗の加工品をつくるのも当初からの目標だったが、私の役目はせいぜい焼き栗や栗ペーストといった一次加工品の製造販売で、まさか栗スイーツまで私がつくることになるとは全く思っていなかった。

10年前、生栗や栗を茹でて果肉を濾しただけの栗ペーストをケーキ屋さんに持っていけば、すぐにモンブランや素敵な栗スイーツをつくってもらえるものと思い込んでいたが、当時の事情は違っていた。黄色い新鮮な栗のペーストを持っていったら、茶色くないから栗っぽくない、と言われた。ペーストが茶色くなるのは煮るか劣化のためなのだが、説明する気にもなれなかった。何人かのサンパウロのパティシエさんに栗や栗のペーストをもっていったが、彼らは栗の扱いを知らないように思われ、栗スイーツそのものを見せないとここではわかってもらえないと思った。

そこでお料理上手な友人、知人に頼んで栗を使ったスイーツをつくってもらった。日本人駐在員の帯同家族としてサンパウロに滞在したゆきえさんとの出会いは大きかった。彼女は日本で管理栄養士を辞めてサンパウロに滞在したのだが、現在は日本女子大の調理助手として活躍している。彼女は息子さんの学校行事のため、サンパウロの家庭用ガスレンジで2000個マカロン作る、そんなむちゃぶりな人だった。彼女に栗菓子を相談したところ、まず焼き栗を使った栗クリームのレシピを開発し、それを使ったロールケーキ、モンブランプリン、マドレーヌへと展開し、レシピを何度も検討してくれた。そして私が消費者に直売する度、材料代だけで大量に作ってくれて、そうして私のお客さんに栗菓子は定着していった。

しかし、駐在員なのでゆきえさんも帰国することになり、菓子作りを伝授してもらわねばならなくなった。それまで洋菓子の基本材料である卵といえば目玉焼きしか作れない私には不安しかなかった。ゆきえ師匠は素人の私に厳しく、さらに悪態をつくので「もっとマシな言い方してよ!」と言ったら大喧嘩になった。一人になってからは繊細な作業にいらつき「こんなふわふわのもの、やっとられん!」と叫んだら夫がとても悲しそうにみていた。そんな苦労の末、今ではロールケーキもゆきえ師匠の倍の量を作れるようになった。

そして今ではリベルダージの老舗、カズケーキにもモンブランがある。モンブランを作りたいので栗クリームを購入したいと相談があったのが1年前、徐々にモンブランが売れ出し、栗クリームの販売も伸びてきた。

さらには南米一のパティシエに選ばれたこともある伊澤彩子さんが友人と一緒に農場に来られて栗畑や、焼き栗を見ていただいたのが数年前。個人的に栗をたびたび買っていただいていたのだが、彩子さんが勤めるホテルRosewood サンパウロで昨年11月栗を買っていただき、遂に5つ星ホテルのレストラン Le Jardin にモンブランがでることになった。素敵なホテルでモンブランを前にすると涙が浮かぶ。まだまだブラジルでのモンブランの認知度は高くないようですが、みなさんにモンブランを食べてブラジルに広めてもらえたらと思います。

ホテル Rosewood サンパウロ Le Jardin にて


田中規子(たなかのりこ)
2005年よりブラジル在住。
2013年よりアチバイア市にていきなり栗栽培をはじめた。
栗の加工品、焼き栗、栗菓子を作り、イベントや配達で販売中。栗拾い体験、タケノコ狩りなども農園で実施中。
Instagram: @sitiodascastanheiras

月刊ピンドラーマ2024年4月号表紙

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