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正直不動産【マンガ連載第1話研究】

こんにちは。パインブックです。
今回から新しい企画、シリーズものとして、連載漫画の第1話を研究していくコーナーをやってみようかなと考えています。

読者が漫画を読んでいくかどうかを判断する大きなポイントは第1話です。
なので、読者を惹きつけるため連載1話目にはたくさんのマンガスキルのエッセンスがつまっています。
そのエッセンスを研究して活かしていこうというのがこのコーナーの趣旨です。

正直不動産の第1話。

では、今回の第1話は「正直不動産」です。

正直不動産は、2022年に山ピー主演でNHKドラマにもなった、小学館ビッグコミックの人気漫画です。
あらすじは以下です。(正直不動産 - Wikipediaより)

『千の言葉のうち真実は三つしかない』という意味で、千三つといわれる不動産業界。そんな業界に身を置く永瀬財地は、契約のためなら嘘をいとわずに営業成績をあげてきた。しかし、地鎮祭のときに祠を破壊してしまったことで、嘘がつけない体質になってしまった。わがままな顧客の要望、一癖も二癖もある資産家大家たち、次々起こる不動産にまつわるトラブル、そしてライバル不動産会社としのぎを削る闘いに、嘘をつかない正直営業で立ち向かう永瀬の姿を描いた皮肉喜劇。

Wikipedia

作画:大谷アキラ先生。
原案:夏原武先生。
脚本:水野光博先生。 

作画は、大谷アキラ先生です。
大谷先生は、小学館の週刊少年サンデーなどで連載をされていた先生で、正直不動産の前は、卓球漫画の「ニッペン!」を連載されていました。こちらは原作付のマンガではないですね。

絵柄はリアルな感じで、人物の表情の描写が印象的です。
正直不動産の絵柄も、キレイで全くストレスなく読むことができます。
正直不動産は漫画の内容的には、お仕事ものなのでちょっと難しく、セリフの文字数も多くなりがちだと思います。
ですが、大谷先生の透明感がありキレイでかつ躍動的な絵柄のおかげでスイスイと読み進めることができます。

原案は、夏原武先生です。
作画の先生と原作の先生が分かれている漫画は結構たくさんありますが、正直不動産は、作画、原案、脚本と分かれています。
こういった3名体制で作られている漫画は、例えば同じく小学館の「ダービージョッキー」があります。こちらは作画・原案・構成です。
出版社によっても傾向があるんですかね。

ダービージョッキーは、競馬の騎手が主人公のマンガで、原案はあの武豊騎手です。
つまり基本的に原案は、その業界に明るい方が担当して、その人しか提案することが難しい内容になっているんだと思います。
夏原武先生は、正直不動産のほかに「クロサギ」などの人気漫画の原作者です。
裏社会・アンダーグラウンドに詳しい方で、正直不動産でもその知識がいかんなく発揮されています。

脚本は、水野光博先生です。
水野先生は、ライターとして活動されている方で、「Deep3」というバスケ漫画の漫画原作も担当されています。

主人公がイップスになってしまい、それを乗り越える物語です。
スポーツ×メンタルという新しい視点での漫画になっています。

正直不動産は、このベテラン3名構成でがっちりと陣形を揃え、満を持して発表した、人気になるべくしてなった漫画という感じですね。
漫画原作者は、職業として安定して一定以上の面白さが担保されたストーリーを作っていく必要があると思います。たまたま思いついた再現性のない原作では長期的に困りますからね。
そういった意味では、正直不動産のようなベテランが脇を固めて作られた漫画の第1話は、研究のしがいがありますw

第1話をデータで見てみよう。

ページ数:40ページ
全セリフ文字数:5,436字(吹き出し・ナレーション合計)
1ページあたり平均文字数:135.9字
セリフのある登場人物:9人
永瀬大地、永瀬の彼女、石田務、月下咲良、瀬戸健一、沙友理(受付)、下請け業者、柿沢さん、柿沢さんの娘
主人公の年齢・設定:35歳、不動産営業のエリート社員。

・やっぱり、お仕事漫画という性質上か、1ページあたりの平均文字数は135.9字とかなり多いと感じます。
・登場人物も1話だけで9人と、こちらも多い印象です。これらの人物を特徴づけて第1話で奇麗にまとめるのは普通だったらかなり難しいのではないかと思います。
・永瀬のお客さんと、月下のお客さんとのやりとりが同時進行で進んでいきます。複数の面から登場人物のやりとりが見られるので、1話だけでも濃密な印象を持ちます。
・ビッグコミックでの連載なので、主人公永瀬の年齢は35歳と漫画にしては高めです。一方でバディともいえる助手役の女性、月下は新卒23歳と比較的若く、バランスが取れています。

不動産営業というテーマってどうなの?

次に、不動産という漫画のテーマについてです。
不動産仲介営業が主人公の設定のマンガは、一応他にもありますが、結構ニッチです。
ただ、多くの人は人生で一度は不動産仲介会社にお世話になるのではないでしょうか。そういった意味で、生活に密接した、知識として知っておいて損はない業界のお話ですよね。
そもそも不動産業界で働いている人もそれなりに多いです。
今回の1話では、お客さんとして仕事リタイアした80代の夫婦。
娘の一人暮らしの賃貸を探すお父さん、そして娘さん、と幅広い年代の人が出てきます。
不動産仲介という漫画としてはニッチな分野とはいえ、すべての世代の人が自分ごととして積極的に読んでいける潜在力があります。

街中でも不動産仲介会社はたくさん目にしますから、そこで働いている人はどんな感じなんだろう?と、のぞき見してみたい欲求も満たされます。
例えば半沢直樹の銀行、ハコヅメの交番、のように日々街中で目にはするけど、その中ではどんな様子で働いているのかって、ちょっと気になりますもんね。

さらに、このマンガは ”『千の言葉のうち真実は三つしかない』という意味で、千三つといわれる不動産業界” と呼ばれるように不動産業界の裏事情を描いていく、スパイスの効いた内容になっています。

登場人物のキャラ設定が絶妙!

主人公は、登坂不動産の副課長、永瀬大地(35)です。
最初はお客さんに嘘をついてでも営業成績をあげる社員だったのですが、祟りにより嘘をつくことができなくなり、正直ベースで営業をすることを強制されるようになります。

不動産営業とのお仕事漫画、というリアルな舞台での漫画ですが、この”祟りで嘘をつけなくなる”という設定がこのマンガの唯一フィクションの部分です。
私が最初にこのマンガを読んだときは、リアルな「不動産営業の実情を書いた話かな」と思って興味を持ったのですが、この”祟りで嘘がつけなくなる”部分でおおっ?と思いました。
あれ、これは思いっきり空想だぞ、と。
リアリティある漫画を描いていく際には、現実に忠実であることが求められると思います。現実世界のどこかで実際に起こっている話だと思うと、ふんふん、と興味を持って読み進められますが、そこで急に現実でありえないおとぎ話が混ざってくると、なんじゃそりゃ、と萎えてしまうことがあるからです。
ですが、じゃあ全部が全部本当の話がいいのかというと、それだと面白みに欠けるし、なんだかドキュメンタリーを読んでいるような気持ちになって、そもそも漫画である意味が薄くなってしまいます。

今回このフィクションを一つだけ入れるのは、漫画として面白くなるちょうどよいバランスになっているのかなと思います。

この”嘘がつけない”という制約により、主人公は葛藤し、ドラマが生まれてきます。悪に染まりがちな世界で、正義を通さないといけないという制約を乗り越えて頑張ろうとする主人公の姿に、読者は共感し、応援できますよね。

当たり前ですが、人気になる作品は、ほぼほぼ絶対主人公は「正義」である必要はあると思います。正直不動産の永瀬が、嘘をついて出世を目指す物語だと、読者は応援できませんもんね。
かといって正論ばかりの正義マンでは、説教臭いし人間味がありません。嘘をつきたいけど正義を通さないといけない、とう絶妙な塩梅が、ストーリーを面白くしています。


このマンガの第1話でヒロインといっていいのか、主人公の助手役でサブメイン的な立ち位置になるのが、新入社員の月下咲良(23)です。
月下が登場するのは、新入社員として登坂不動産に入社して間もない時期で、読者はおそらく彼女同じ目線で不動産業界について知っていくことができます。
主人公の永瀬が計算高い性格で、下手するとちょっと嫌な感じの性格に見えてしまうので、それを補うように月下は明るくてフレッシュ、ニコニコしていて可愛い性格です。この子がいるおかげで、暗くなりがちな作品設定のところに明るい雰囲気を補えています。主人公と対になる立ち位置ですね。
こちらも健気で応援したくなるキャラなのですが、主人公と比べるとアクが弱く、物語を引っ張っていくにはパワーが足りなくてサブ的なキャラ位置です。

三幕構成でみるストーリーの構造。

脚本でよく使われる三幕構成を用いて、第1話のストーリーの構造を見ていきます。
三幕構成 - Wikipedia

第一幕が設定、第二幕が対立・衝突、第三幕が解決です。

第一幕は、舞台と主要な登場人物の設定が描かれます。(1p~20p)
正直不動産では、不動産仲介営業という舞台で、アパートを建てるお客さんとの打ち合わせの様子を通して、「千三つ」という言葉がある嘘ついてナンボという不動産業界の世界観が説明されます。
主人公の永瀬は、この不動産業界で嘘をついてでも営業成績をあげる計算高い性格であり経済的に羽振りも良く課長の座を狙っていること、新卒の月下はその不動産業界を知らないピュアな性格が描かれます。

第二幕では、永瀬が地鎮祭のときに祠を破壊してしまったことで、嘘がつけない体質になってしまいます。(21p~第2話まで)
この第二幕が、物語上最も重要なイベントであるミッドポイントがある部分です。ミッドポイントは、物語のちょうど中間あたりに置かれることが多いです。

ミッドポイントとは、このイベントによりもう後戻りできなくなる超重要なイベントです。不可逆なんです。
正直不動産の場合は、この祠を壊してしまうイベントがまさにそうで、これにより永瀬は嘘がつけない体質になってしまいます。
嘘をつかないで正直に生きていくしかなくなる、後戻りできない重要ポイントですね。
24p~25pで祠を壊すシーンがあり、位置的にも40ページある第1話の中頃過ぎたあたりになります。
そして、永瀬がお客さんとの電話や打ち合わせで思うように嘘をつけずに葛藤するさまが描かれていきます。
この葛藤が第1話の最後まで続きます。
つまり、正直不動産の連載1話だけではこの三幕構成が終わってないんですね。起承転結がおわらないまま、第2話に続くということです。
読み切りでは普通1話でこの三幕構成が完成しますが、連載の1話なのでヒキをもたせたところで2話目に続きます。

第1話の一番最後では、「こんなクソみたいなオーナーの物件には、金をもらっても住まないけどな」という永瀬の正直で強烈なセリフで終わります。
このあとどうなってしまうんだっ!?と続きが気になりますよねw

第三幕では、永瀬の正直に営業するスタイルが顧客の心を打ち、感謝され一応の解決に向かいます。(第2話)
今回は連載第1話の研究なので、この第三幕以降は詳細を割愛しますが、物語の解決パートです。
嘘をつけなくなって、「課長どころか、会社にもいられないかもな。」と絶望する永瀬ですが、時間がたって冷静になった顧客から謝罪され、永瀬の正直な営業スタイルにより信頼を勝ち取ります。ここでいったん物語の解決になります。

そして3話目以降、嘘をつけないという不動産業界で働くには大きな制約を抱えながら、様々な問題を乗り越えていく正直不動産のストーリーがはじまります。

第1話だけでこの三幕構成を完成させるのは漫画の尺的にもかなり難しいんじゃないかと思います。特に、こういった不動産業界という内容が難しいものならなおさらです。
なので、第1話は大きなヒキで終わらせて、第2話で三幕構成を完成させるという方法がとられているのだと思います。

その他の演出など。

最近、特にWEB漫画などでは、1話の冒頭のシーンから何かしら目を引く演出があったりと、いかに最初の数ページで読者をとどまらせるか、と工夫されているマンガも多いと思います。
正直不動産の場合は、冒頭は主人公が住む港区のタワマンの描写から始まります。タワマンから下を見下ろす主人公が描かれますが、セリフはありません。
2ページ目では、主人公の彼女の裸のシーンが描かれていてちょっとお色気要素がありますが、極端なセクシーシーンという感じではないですね。
その後に、不動産の打合せのシーンが始まりますが、内容的に結構堅いので、最初にプライベートのベッドシーンというワンタッチの軽いシーンを描いたのかなと感じます。
その後、いきなり重要な不動産契約の捺印シーンになりますが、展開が早くていいですよね。
ですが基本的には、舞台設定、キャラ設定を順に丁寧にすごく分かりやすい演出を通して描かれています。

その他細かいところで、書きたいところはまだまだ沢山あるんですが、長くなるのでこの辺でまとめになります。

まとめ。どの業界でも基礎訓練は必要?

こうやってキャラ設定やストーリー構成をみていくと、ものすごく丁寧かつ緻密に作られていると改めて思います。

自分はこうやってなんだか偉そうに第1話の研究なんていってつらつらと記事を書いていますが、実際に漫画を作るのと、傍からこうやって思ったことを書いていくのは、言わずとも当たり前ですが天と地の差で、実際に作っていくのはめちゃめちゃ難しいわけです。
自分で書いても全然うまく書けないので、それはよく分かっているつもりです。

ですが、こうやって人気漫画の第1話を観察していくことで、少しでも自分の血肉になればいいなと思ってこのコーナーをやってみました。

他にも研究したい第1話はたくさんあるので、またこの「マンガ連載第1話研究」をやっていきたいと思います。

漫画はクリエイティビティが大切な才能の世界のようなイメージですが、それでも最低限その業界でやっていくために必要な知識っていうのは存在すると思います。
例えば今回の不動産業界で例えると、不動産業界でバリバリやっていくなら宅建の資格は持っていたいですよね。
宅建の資格があれば、不動産業界の人からこの人は不動産に関わる最低限の知識はあるな、と見てもらえます。
宅建合格の平均勉強時間は約500時間です。

もし経理業界で食べていくなら、最低限の知識は簿記2級くらいですかね?
簿記2級の勉強時間は350時間くらいです。
その業界で食べていく最低限の知識を身に着けるのに必要な時間は、だいたいそれくらいな気がします。

今回この正直不動産の第1話目の研究記事を書くのに5時間程度かかったとしたら、100作品くらいの研究をして計500時間。これでマンガ原作業界でやっていく最低限の知識がつくといっていいのかもしれません…。
(勉強・セリフ文字数計算のため、マンガをト書きの脚本形式に書き直す作業などで実際は5時間以上かかりました)

ということで、この第1話研究も数十作品はやっていく必要があるかもしれませんねw
ではでは~。

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