「ミヤコから遠く離れて、みる」1

舞台は京町家にある民宿の、六畳半程の和室。
和室内には5組の布団が敷き詰められており、余った箇所にはボストンバッグやキャリーケースが置かれている。奥には広廊があり、肘掛け椅子が二脚あり、間に小さな卓が置かれている。広廊の奥は出窓が面しており月明かりが差し込んでいる。

1. 就寝時間より少し前、既に床につく準備の男女。
   二人の距離は友人というには若干遠い間が空いている。

小春 夏、終わっちゃったんだよね
芦屋 え?
小春 ほら、虫の声とか

   外ではオケラの鳴いている。

小春 遠くに来たんだよね
芦屋 ……
小春 こういうの話すと笑われるかもだけど、ウチってお父さんが車好きで。ちょっとした買い物から、どこかに出かけるときも全部お父さんの車なの。兄弟もみんな乗れるようにってワゴン車で、玄関前が手狭になるようなワゴン。だからバスとかに乗る機会っていうのがほとんどないの。だからかな、今日の移動はすごくドキドキした。ホームでいろんな人が電車の到着を待って、煌々と示される機械で表示される電車の到着時間とスマホの時計を何度も見比べる。ホームへと滑り込んでくる大きな鉄の箱、うるさいくらいのブレーキに勝手に開閉するドアの音。あぁ家族じゃない人たちと遠くへ今から行くんだって、改めて思ったの
芦屋 そうなんだ
小春 走り始めるとやっぱすごいんだよね。車と全然違って、窓から見える風景が次から次へ、少し目まぐるしいくらいに。驚いたし、一緒に不安も少し。地に足がつかないっていうのかな。楽しみにしてたから高揚は勿論してたんだけど、どこかで怖くもあって……別にこのまま身を任せて、帰ってこれないってことはないことはわかってるんだけど
芦屋 うん……うん、うん
小春 ん
芦屋 え? あぁ……うん
小春 うん?
芦屋 うん……
小春 外、真っ暗だ
芦屋 時間が時間だしね
小春 うちのとこじゃあんまり考えられないよね
芦屋 まぁ、そうだね。徒歩圏内にコンビニがあって、街灯なんかもよく立ってるわけだし
小春 (肩を小さく揺らす)
芦屋 柏さん?
小春 (はにかみつつ)トイレ、じゃない……よ?
芦屋 あぁ……あ、窓締めるよ
小春 うん

   少年は広廊の窓を締めようとしたところで、卓に小指をぶつける。
   和室の周辺ではワラベが舞うように徘徊している。

ワラベ きまずい。どうして、なんで
芦屋 なんで
小春 どうして、私たち
ワラ 私たちは……

   ワラベはどこかへ姿を消す。
   広廊では芦屋が足を痛めてる。

芦屋 (うずくまり)あぁー……
小春 え、大丈夫ー……あーだめ。足痺れちゃった、あははは
芦屋 正座するから
小春 えー? だって、和室だよ?

   少女はしおりに視線を落とす。少年はスマホで時間を一瞬確認する。

小春 ボロボロだ
芦屋 ファイルには入れてるんだけどね
小春 普通にファイルに仕舞ってたら、こうはならないよ?
芦屋 あぁー……爪割れちゃいないよな(長廊の肘掛け椅子に掛ける)
小春 私、芦屋くんがときどきわっかんない
芦屋 え?
小春 なんか変なところでズボラというか。あぁ真面目な人だよなって思いかけると、なんか微妙にそれを疑問に持たせてくれるよね
芦屋 はぁ……?
小春 芦屋くんは不真面目だってことを言いたいわけじゃないんだよ?
芦屋 そう
小春 あ、ごめん、悪く言ったつもりはないの
芦屋 うん
小春 どっちなの?
芦屋 え? 「どっち?」?
小春 あーあ……なんか、疲れたー(ごろんと寝転がる)
芦屋 そういうの……どうなんですか?
小春 うん? そういうの?
芦屋 (露骨に視線を外す)おつかれ

   少女が大きなあくびをする。そんな微睡みに遠慮なく部屋の入り口が開く。

小春 あ、おかえりー
沢井 ただいま。ただいま? 寝る準備万端ね
小春 この蒲団、なかなか悪くないよ
沢井 (口元を押さえ)変な感じ
小春 そう?
沢井 だって、そうじゃない? 寝ようと思って部屋に戻ったら、私以外の人って
小春 そうなの?
沢井 そうよ
小春 弟たちと同じ部屋だからかなぁ
沢井 そっか
小春 最近なんかさ、しきりに部屋を分けてくれーって、お父さんたちに訴えてるのね?
沢井 今年中学生なんだっけ。えっと、ナツキくん?
小春 うーん?
沢井 いろいろあるのよ、いろいろ
小春 最近増えたんだよね、分かんないこと。ちょっと前までは「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って言ってついて回ってきたのに。妙によそよそしいっていうかな。夕飯の時とかさ、ちょっと肩があたっただけで距離をおいてきて……え、嫌われるようなことしてないよね?
沢井 (からかうように)うーん、どうだろ
宗方 大人の階段昇る、君はまだシンデレラさ。幸せは誰かがきっと、運んでくれると、信じて
小春 …………え、寝言?

   沢井、蒲団に入ってしまう。

芦屋 (苛立ちのあまり)時間過ぎてるんですけど?
小春 え? は(時計を見て、スマホを見て)いつの間に
芦屋 スケジュールくらい守りなさいよ
沢井 ……
小春 ちょっとくらい良いじゃない
芦屋 柏さん、そういう「ちょっと」が大事にいつながるんだよ
沢井 (小春にだけ聞こえるように、芦屋へ)優等生
小春 実技は微妙だけどね……
芦屋 ほっといてくれよ
小春 さ、寝よ寝よ? 明日も早いんだしさ

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