オサムとシュウとお弁当
「ほんっとお前のお母さんって料理上手いよなぁ。」
シュウは、うちに来るたびに毎回同じことを言うな、とオサムは思った。
シュウは父親と二人暮らしだけど、父親の仕事が不規則で帰りも遅いから、ほとんどうちで晩飯を食うのが当たり前になっていた。
母ちゃんも、シュウがいる方が嬉しいみたいで、毎日シュウのぶんまで準備している。
俺たちは偶然、同じ文字で「修」と書いて、オサムとシュウ、それぞれ別の読み方だった。それだけでやたらと盛り上がって、去年俺の中学に転校してきたばかりだったシュウとすぐに仲良くなり、今じゃすっかり親友だ。
「そうだなぁ、料理だけはな。なんたって弁当屋やってるし。」
「それ。お前んとこの弁当屋さんはちゃんと全部手作りで美味いって、みんな言ってるもんな。この前理科の佐々木も言ってたじゃん。『おーーー、オサムのとこの弁当、先生いつも買ってるからなー』って。はたしてオサムのお母さんは料理が上手いから弁当屋になったのか、弁当屋になったから料理が上手いのか、それが問題だ。」
「別に問題じゃねえし。シュウ、今日も飯食っていけよ。」
「マジいつも悪いなー。うちの親父がちゃんと弁当代くれるからさ、たまにはこれ、おばさんに渡してくれよ。」
「いいよ。母ちゃんがシュウからお金とかもらうなって言ってたし。じゃあそれでマック奢れよ。」
「え!おっまえ、毎日ちゃんと作った美味い飯があるのにマックなんか食いたいわけ?味覚おかしいだろ。」
「ん~たまにはそういうの食べたくなるわけよ。それに毎日弁当屋の残りも食べなきゃだからな。」
「贅沢だなぁ~お前は母ちゃんがいるありがたみがわかってないな。」
その時、アパートの玄関をガチャガチャ開ける音が聞こえてきた。
その「母ちゃん」が帰ってきた。
「ただいま~!お!シュウくん、来てたのね。ご飯、食べていきなよ。今日は酢豚と肉じゃががあるよ。」
「いつもすんません、お仕事お疲れ様です、おばさ・・・いや、カナさん。」
「お、そうそう。さすがシュウ君、危なかったわね。おばさん、はダメよ。前言った通り、ちゃんと名前で呼んでくれて良かったわ!私まだ現役恋人募集中の36歳なんだからね~。」
「36は完全におばさんだろうが。」
「オサムは晩御飯いらないのね?」
「あ、ごめんなさいお母様。二度と言いません。」
「あはは。カナさんは若いですよ。綺麗だし、料理も上手いし、オサムがうらやましいです。」
「きゃー!ちょっと聞いた?オサム!シュウ君ってなんていい子なんでしょう!もううちの子になっちゃいな!」
「またそういう事を・・・やめろよな。」
「だーって、本当にシュウ君が来たら嬉しいんだもん。イケメンだし!」
「母ちゃん、それキモいってマジで。」
「ふふ、まあ、ホントゆっくりしていってよ。これ、食べてね。」
カナは、大きなタッパーからどさどさとおかずを皿に移し、話をしながらも気づいたら味噌汁までちゃっちゃと作り上げていた。
それを見ながらオサムとシュウは「おお、さすが弁当屋だ!」と笑った。
「オサム、私ちょっと友達と食事の約束あるからさ。二人で食べて、片づけてね。」
そう言うとカナはさっさとエプロンを外し、部屋に入って、5分もしないうちにワンピースに着替えて髪を下ろして出てきた。
「わ、カナさん、綺麗ですね。もしかしてこれからデートっすか?」
「やあね。友達と約束してるだけよ。さすがにジーンズとエプロンじゃね。じゃあ、オサムよろしくね。」
「おん。」
アパートの玄関が閉まる。
「な、カナさん、絶対あれデートだよ。」
「んなわけねえだろ。あいつ中身はおっさんだぜ?」
「いや、カナさんはモテると思うぞ。俺でも綺麗だなとか思うし。」
「ちょ、シュウやめろよ!人の母ちゃんに!」
「ははは。マジで怒るな。変な意味じゃないよ。あんな若くて面白いお母さんなら、俺も欲しいなって思っただけ。今更変なババアとか家に来たら絶対やだよ。」
「まあ、そりゃそうだよな。」
シュウは、同じ歳とは思えないほど大人びている。おまけに性格がいいし、やたらとイケメンでスポーツ万能。俺が教えたギターだって、もう俺より上手いくらいだ。天は何物も彼に与えたな。
それでも、オサムはシュウに嫉妬したりといった感情はなかった。こんないい男と親友でいられる自分を、誇らしく思っていた。
シュウとは、この先もずっと友達でいたいな。高校に行っても、大学に行っても、大人になっても・・・
「お待たせしちゃってごめんなさい。」
「カナさん!いや、僕も今来たとこで。」
「今日は、ギリギリまでお店開けていたから、着替えるだけになっちゃって。お惣菜臭いかも。」
「あはは。全然気にしないよ。ワインでいい?」
「あ、最初ビールがいいな。喉からからで。」
佐藤さんとは、今日で3回目のデートだ。
保険の営業に回っている途中で、毎日のようにお弁当を買いにきてくれていたから、だんだん仲良くなって話をするようになった。
歳は私より少し上のようだったけれど、ちゃんと聞いてはいない。
ある時に「私母子家庭だし、もし病気でもしたら息子も困るから、何か入っておこうかな。佐藤さんのところに、保険いいのありますか?」と訊いたのが始まり。
「ええ!カナさん、ど、独身なんですか?じゃ、じゃああの、今度、仕事の後、食事いきませんか?」と誘われた。
最初も、二回目も、食事をしただけ。
手も握ってもこない。
私は保険のお客さんってだけかな?でも、いまだに保険のプランは話してくれていないままだ。
佐藤さんは、今日はなんだかいつもと雰囲気が違う。・・・緊張している?
もしかして、この後何か誘うつもりかしら。
「か、カナさん!」
「はい。」
「この後・・・その、どこか、静かなところで話さない?」
あ、やっぱり?
「静かなところって?」
「あ、いや、つまり、どこかの部屋でとか、お酒をもう少し・・・いや、部屋っていうか、その、違う。そういうんじゃなくてその。」
「ごめんなさい。私、そういうお付き合いは今はちょっと・・・それに、息子が家にいるから、あんまり遅くはなれないし。」
「あああ!いや!違うんだ。いや、違わないんだ!ごめんなさい。僕、そんないい加減なつもりじゃなくて。えっと、じゃあこのまま言っちゃいます。カナさん、僕と・・・付き合ってほしいんだ。」
「あ・・・ええと・・・」
「返事はすぐじゃなくていいから!こんなおっさんじゃ嫌かもしれないけれど、真面目に考えているから。僕、カナさんのお弁当が大好きで。気づいたら、毎日買っていて。いや、逆かな、カナさんを好きになって、それで、毎日弁当屋に・・・」
「・・・ありがとう。気持ちは、本当に嬉しい。あ、佐藤さんはおっさんなんかじゃないですよ。ただ、今はまだそんな気持ちに余裕がなくて。主人が亡くなってから、ずっと男の人とは関わってなかったし、あの小さいお弁当屋さんでも、結構ハードだし。もちろん、今日みたいに二人でお食事とかは嬉しいけど・・・」
「いいよ。僕は、何年でも待つよ。」
「いや、さすがに何年もは・・・私もおばさんになっちゃうし。あ、今もおばさんか。」
「とんでもない!カナさんはすごく若いし、なんていうか、可愛い、笑顔が可愛すぎるんだ。そこらへんの若い女の子より断然魅力的だよ。それに・・・」
「それに?」
「弁当が美味い!もう僕、餌付けされてるし。」
二人で顔を見合わせて、大笑いした。
確かに、この人なら、大事にしてくれるのかもしれないな。
母ちゃん、今日はこの前より遅いな。
あいつ、本当に男とデートだったりして。シュウが言ったように、外では意外とモテるんだろうか?今頃変な男に無理やり迫られてたりして・・・うわ、キモいわ。なんか、そういうの全部キモいわ。
オサムは携帯をいじる。
電話の履歴が「シュウ」だらけだ。俺も結構キモいな。
シュウも俺も一人っ子で、しかも名前が同じ漢字だ。あいつとは特別な縁を感じる。前世は兄弟か双子だったんじゃないだろうか。ま、あいつの方がかなりイケメンだけど。
あいつが転校してきた時は、女子がやたらキャーキャー騒いでたよな。いや、今もあいつといると女子がたくさん寄ってくる。しかも俺たちを「修」が二人で「シュウシュウコンビ」なんて言ってるやつもいたな。
つーか、シュウシュウって、そこ、俺いねえじゃねえか。シュウ二人じゃねえか。
オサムは自然とシュウにメッセージしていた。
「シュウ、起きてる?」
「おん」
「母ちゃんまだ帰らねえ」
「やっぱ男だな」
「まーじキモいわ」
「そお?カナさんまだ若いし普通だろ」
「いや、母ちゃんのそういうの考えたくないわ」
「やいてんな、オサム」
「ねえわ」
「あるです」
「やめろって」
「わり」
「まあ、少し心配」
「じゃあ外見張ってろよ」
「なんで?」
「男なら、送ってくるんじゃね?」
「うわ、やだなそれ」
「悪いが俺もう寝るから。今日のマラソン練習マジ効いたわ、また明日な」
「おん」
シュウとのやり取りの後、なんとなくアパートの外に出てみた。
ホントにあいつ男から送られてきたりして。
その時、車のライトがこっちに向かってくるのが見えて、オサムは思わず入口の陰に隠れた。
タクシーから、カナが降りてきた。
タクシーには、もう一人・・・げげ、本当に男だ。
「今日はありがとう、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。カナさん。」
男が、タクシーから一度降りて、カナを抱きしめた。
「ちょ、ここじゃそういうの困る。」
「あ、ごめん、つい。じゃあ、またね。」
「うん、またね。」
その時のカナの顔は、オサムが初めて見る、いつもの母ちゃんじゃない顔だった。
マジかよ。あのオッサン・・・母ちゃんをたぶらかしやがって。許さねえ。
翌日、シュウに昨夜の話をした。
「ほらやっぱ男だったじゃん。」
「いや、騙されてるのかもしれん。オッサンだったし。不倫とか。」
「カナさんはそんなバカじゃないだろ。」
「でも・・・父ちゃんが死んでからまだ3年だぞ。」
「まだって・・・3年もカナさん1人で頑張ってきたんだし、彼氏くらいできてもいいじゃんか。」
「・・・シュウは、大人だな。」
「んなことないわ。ただ、親が我慢してるの見るより、幸せな方がいいんじゃねえかなって。」
「母ちゃんが、俺と二人でいるのは我慢してるってことかよ?」
「んなこと言ってねえだろ、からむなよ。」
「・・・ごめん。なあ、帰りマックいかね?あと靴買いたいんだけど。」
「いいけど。あ、マックは俺が奢るな。」
放課後、オサムとシュウが並んで歩いていると、周りの女の子たちがキャアキャアと騒いでいた。
「見て!シュウシュウコンビだ!」「かっこいいー!」
いやだから、それコンビなのに俺いねえから。
「カナさん、今度、日曜日に会えないかな。昼間に。いつも夜食事だけだったから。映画とか、買い物とか。僕、カナさんとできるだけ長く一緒にいたいので・・・」
佐藤は弁当のお金を払いながらやたら大きな声で誘う。どうも緊張すると逆に声が大きくなるらしい。
「佐藤さん、そういうのは携帯に・・・ほかのお客様が。」
おかずを選んでいた中年の女性たちがニヤニヤとしながら佐藤を見ている。
「あ、あああ、すみません!連絡します。」顔を赤らめて、佐藤は慌てて去ろうとした。
「佐藤さん、お弁当忘れてる!」
「あ、ああああ!すみません!」
佐藤はまた、周りから笑われていた。
カナも、思わず笑っていた。
そっか、とりあえず、日曜日デートしてみるか。
日曜日。
相変らずオサムとシュウは一緒だった。オサムの部屋で、ギターを弾いたり、漫画を読んだりしながら、ただ一緒に過ごす。
「なあ、オサム。」
「んん?何?」
「お前さ、女とキスしたことある?」
「え!・・・ねえよ。」
「そっか。そうだよな。」
「え・・・シュウは、あんの?」
「・・・・。」
「あんのか~!!」
「いやさ、俺さ、去年卒業したチヨコ先輩っていたろ?あの人に少し前に呼び出されてさ、なんかすんごい積極的で。学校いた時から好きだのなんだの言われてたんだけどさ。」
「・・・へええ。」
「んで、部屋においでよって。家誰もいないからって。」
「・・・・え、お前、まさかそれって・・・」
「・・・・。」
「き、キス・・・だけじゃなく?」
「・・・・ん、まあ、そゆこと。」
なんてことだ。シュウは、大人っぽいと思っていたけど、もう俺よりはるかに大人だったのか。オサムはごくりと唾を飲んだ。
「で、どうだった?」
「何が?」
「何がとか訊くなよ。その、全部だよ。」
「うーん・・・女って、こんな感じなのかと思った。」
「こんな感じってどんな感じだよ。」
「いや、たいした感動もないというか。で、その後、なんだかチヨコ先輩ともう会いたくなくなっちゃってさ。今携帯ブロックしてんの。」
「ええええ!?何?シュウ、鬼畜キャラ?」
「何でだよ。いや、なんか、いきなりベタベタしてくるのが嫌でさ。あっちは慣れてる感じだったし、平気なんじゃないかな。」
嘘だろ・・・なんかこいつ冷たすぎないか。なんだかシュウの新たな一面を知ってしまった。チヨコ先輩って、ちょっと派手だけど可愛かったよなぁ。シュウ、なんてもったいないことを。
「女ってさ、男ができたら、急に態度変えたり、今まで大事にしてたのを平気で捨てたりするじゃん。そういうのが俺はなんかやなんだよ。」
そう言ったシュウは、やけに寂しそうに見えた。
「そんなのシュウはわかるわけ?俺はまったくわかんねえや。」
「童貞だもんな。」
「ストレートだなお前。俺たちの年じゃまだ童貞の方が多いよ!つーか、俺なんかお前にムカついてきた。」
「なんで?」
「シュウ冷たすぎるよ。チヨコ先輩はシュウのこと好きだからそうしたんだろ。ブロックとかマジでひどくね。」
「そうか?好きじゃなくてもそういうことする女もいるだろ。」
「いや、お前もだよ。チヨコ先輩のこと好きじゃないならなんでそんなことすんだよ。俺は好きな女の子とだけ・・・したい。」
「オサム、お前は全部正しいよ。俺もそうしたい。ごめん、そろそろ帰るわ。」
「え?飯食っていかねえの?」
「今日はいいや。」
「シュウ、もしかして気分悪くした?」
シュウはニヤリとして振り替える。
「オサム~、女の子みたいなこと言うなよ。してねえよ。愛してるよ。」
「ば、バカかお前!」
「はは、また明日学校でな。」
「おう。」
シュウは玄関のドアを閉めようとしてはまた開けて、ゴリラみたいな変顔で登場することを3回繰り返した後、最後は最高のイケメン顔で帰っていった。
そりゃあこいつ、モテるはずだよな。
でも、今日のシュウは何か変だった気がする。
あいつ、何か悩んでるのかな。
考えたら、俺はシュウのことさほどよく知らないのかもしれない。
カナは、佐藤と昼間のデートを楽しんだ。ランチをして買い物をして、水族館に行った。水槽を眺めるカナを佐藤は愛おしそうに見つめる。
「ね、佐藤さんこれって、何人分味噌煮にできるかな。」
「はは。全部だと学校給食にもできそうだね。僕はカナさんの味噌煮なら毎日でも平気だし、これ、3年かけてでも食べるよ。」
「頼もしいわね。」
「カナさん。少し早いけど、食事いこうか?」
「どこか予約してるの?」
「あ、そっか。ごめん、していないんだけど、今日は僕がいつも行く和食のお店にカナさん連れて行きたくて。そこの大将にはこっち来てからいつもよくしてもらってて。予約なしでもだいたい空いてるんだ。でも、旨いよ。」
「ねぇ佐藤さん、その前にどこか、静かなとこで、どこかの部屋とかで話さない?」
「ふぇ?え。あ、や、え!」
「何よそれ。」カナはけらけらと笑う。
「いや、その・・・いいんですか?行きますよ。」
「うん、私ね。佐藤さんとお酒の勢いとか嫌なんだ。」
「カナさん・・・」
「だから今からがいい。でも、ひとつ言っていいかな。」
「ももももちろん!なんでも言って。カナさんが嫌がることは絶対にしません。」
「私さ・・・・本当は久しぶりすぎて不安なの。いい歳して恥ずかしいけど、自信ないんだ。」
「うげえ、可愛い!あ、声に出ちゃった。」
「もう!佐藤さんの方が可愛いよ!」
「僕、こう見えて結構エロイことばっかり考えてますけど、絶対大事にするから。」
「最初のは余計!よろしくお願いいたします。」
「うげえええ可愛い。」
「もう、バカね。」
二人はそっと手をつないで、水族館を出た。
外はもう夕暮れ時で、手を離さなくても恥ずかしくなかった。
部屋で二人になっても佐藤は変わらず優しく暖かい。
「うーん、僕の方が緊張してる。ごめんなさい。」
「ううん、嬉しい。」
カナは、夫が亡くなって以来、初めて男に抱かれる。緊張や罪悪感や、いろんな思いがあったけれど、私も、もう1度誰かを好きになってもいいのかもしれない。そんな思いを持てるくらい、佐藤は誠実だったし、何より毎日通ってくれているけなげさが、カナの心を解きほぐした。
「カナさん、すごく綺麗だよ。」
「わぁ、そういうこと言っちゃうんだね。」
「言っちゃうよ、綺麗だもん。」
「なんだかすごく恥ずかしいね。しらふだし。」
「うん。カナさん、大好きだよ。」
気恥ずかしさも、切なさも、緊張も、全部の時間が長くゆっくりと廻り、信じられないほどの幸福感の中、ごく当たり前に重なり合った。
佐藤の腕枕の中で、カナはこれまでの自分の話をする。
お弁当屋さんを始めたきっかけや、亡くなった夫のこと、そして、オサムのこと。
「私ね、オサムのためならいつでも死ねる。ま、母親ってみんなそうかな。」
「・・・そうなんだろうね。」
佐藤は離婚歴があるバツイチだった。
離婚の理由は、僕がつまんない男だったから、と話していた。
元の奥さんを悪く言う人じゃなくて良かったとカナは思った。
「お前さ、チヨコをヤリ捨てしたんだろ?サイテー野郎だよな。」
日曜日オサムの家からの帰り道、シュウはチヨコとその友人たちに囲まれていた。
チヨコは泣いていて、なぜか一緒に泣いている女と、中途半端なツーブロック頭の男と背が低くて金髪の根元が黒くなっている男。
髪型くっそだせえな。俺こいつらに殴られるのかな。やだなぁ。
一緒に泣いていた女が「チヨコに謝れよ!」と言ってシュウを睨みつけるので、そのまま目を合わせていたら、顔を赤らめて目をそらす。
涙が引いていくのがわかる。そもそも泣いてなかったのかもな。
チビ金髪が「聞いてんのかよごらぁ!」と怒鳴る。
ごらぁ、って。シュウはつい吹き出す。
「何笑ってんだよ!なめてんのか!」
「なめてないですけど・・・それに関してはチヨコさんと話したいんで、関係ない人は帰ってもらえないっすか?」
「ふざけんじゃねえぞ!」
チビ金髪がシュウの顔を殴りつける。
あ、やっぱ殴られた。チビのくせに普通に痛い。
そう思った瞬間、チヨコがチビ金髪を平手打ちした。
「何すんのよ!そんなことするためにあんたたち呼んだんじゃないから!」
え?じゃあ何のため呼んだんだよ?とそこにいた全員が思ったに違いない。俺を含め。
チビ金髪は切なそうに頬を抑えてただ立っていて、こっちが気の毒になる。
「シュウ君、大丈夫?ごめんね。私、こんなことになるって思ってなくて・・・ただ、シュウ君が私のことブロックしたのがショックで・・・私、本当は簡単にエッチしたりしないんだよ。」
いや、むっちゃ迫ってきて自分で服脱いでたけどな。「付き合うとかなくていいよ。シュウ君としたいだけなの」って言ってたし・・・と思ってもとても言える空気じゃない。
「いや、いいですよ。俺が悪かったから。あの後チヨコさんから毎日20回くらい連絡来るから、俺どうしていいかわかんなくなって。ブロックとか本当、ごめんなさい。」
「私、シュウ君が好きなだけなんだよ。」
「うん・・・」
「ちょ。チヨコ、うちらもう先帰るよ。ほら、行こう!」ともう一人の女がチビ金髪とツーブロックの手を引く。このツーブロック、本当にただいただけだったな。
「うん、ありがとう。シュウ君と二人で話す。」
話さなきゃなんだな。
「チヨコさん、俺、まず謝ります。本当にごめん。でさ。俺、彼女とか今作るつもりもないんです。」
「・・・チヨのこと、嫌いになった?」
つうか、そもそも俺好きとか言ったっけ。なんてこれも思っても言えない。
「本当にすみません。チヨコさんのことは嫌いじゃないけど・・・でも、俺しょっちゅう女の子と遊んだりとか、いつもああいうことしたりとか、今は無理なんです。」
「嫌いになった?さっきチヨの友達が殴っちゃったし。」
「まあ、ああいう人たちは正直苦手ですけど。」
「チヨ、殴ってなんて言ってないからね。ただついてきてもらっただけで。」
「もういいです、それは。チヨコさん、ごめんなさい。俺、チヨコさんとは付き合えません。」
チヨコの目にみるみる涙がたまっていく。
「うぇええええええええ」
うわ、参ったな。
「本当ごめんなさい。俺にできることあったら。」
「うぇええ。じゃあ、またしてよ!」
「え。いや、それは、ダメです。他のことで。」
「うぇえええええ」
「チヨコさん、俺なんかよりいい男いますよ。モテるじゃないですか。」
「ううぅ、じゃあ・・・キスだけでもいいよ。」
参ったな。なんでこういうのを求めてくるんだろう。話かみ合わないし。
「いいですけど、これで最後ですよ。」
「うぇええ、嫌だぁ。最後ならしないでいい!うわぁあああん。」
「ごめん、そんな泣かないでください。」
「あたし・・・本当にシュウ君が好きなんだよ。シュウ君が転校してきた時から、ずっと好きだったんだからぁ!」
「・・・ごめんなさい。」
「お願い。今すぐじゃなくていいから。私、頑張るから、友達でいて。」
確かに俺ってサイテー野郎なんだろうな。
「・・・ごめんなさい。俺、チヨコさんがそこまで思ってくれてるとかわからなくて。俺なんか、もうやめた方がいいですよ。本当にサイテー野郎ですから。まだ俺、ガキなんです。ごめんなさい。」
チヨコは少しずつ泣き止む。
「・・・もういいよ。大丈夫だから。」
「大丈夫・・・ですか。じゃあ、家まで送ります。」
「だから!そういう優しいのとかいらないから!」
「あ、そうですよね。じゃあ、ここで。」
「ひどいよ。家まで送ってよ!」
どっちなんだ。
女ってやっぱ意味不明だ。
その時シュウの携帯が鳴った。
それは、シュウが一番会いたい人からだった。
「チヨコさん、ごめんなさい。俺やっぱりここで帰ります。」
「え、ちょっとひど」
「もしもし。」
「出ちゃってるし!信じられない。最悪!」
シュウには、もうチヨコの声すら聞こえなかった。
月曜日。
シュウは学校にこなかった。オサムは何度か電話をしたが、出ない。
心配になったが、考えたらシュウの家には行ったことがなかったので、ちゃんとしたシュウの自宅の場所もわからなった。
夜はカナがいつものようにお惣菜の残りを持って帰ってきた。
「あれー?今日はシュウ君いないの?」
「うん、あいつ、学校休んでた。」
「えー、どうしたんだろ?風邪とか?」
「わかんない。電話も出ないんだよ。」
「ん・・・それちょっと心配だねぇ。」
本当に、何もなければいいんだけど・・・
夜9時を過ぎたころ。シュウから電話がかかってきた。
オサムは携帯に飛びついた。
「シュウ!お前今日、どうしたんだよ?」
「・・・オサム、今から会えない?」
「どこよ?」
「公園、いつも通るとこ。」
「おけ。」
「オサム、こんな時間にどこ行くのよ!」カナが引き留める。
「シュウが連絡してきたんだ、すぐ戻るから!」
「ああ、そう・・・わかった!行ってあげな!」
「うん。ありがと。」
「あ!オサム待って。」
「何?」
カナは財布から2,000円を出し、渡す。
「もしものために。」
何が「もしものため」かわからないけど・・・でも、母ちゃん、サンキュー。
公園に行くと、ベンチにシュウが座っていた。
「シュウ!」
「おお、悪いな。」
シュウの顔には、青あざができていた。
「シュウ!どうしたんだよそれ!」
「いやぁ、参ったよ。昨日、チヨコ先輩の仲間に囲まれちゃってさ、最初、チヨコに謝れって言われたんだけど、俺ちょっと態度悪くしちゃって。んで殴られちゃったわ。」
「マジかよ!そいつら誰だよ!」
「いや、いいんだよ。俺が悪いんだから。それに、チヨコ先輩がもうやめてって言ってたから、もうないだろうし。そいつ、逆にビンタされてたしな。やったやられたとか、仕返しとか、俺そういうの面倒だし。」
「今日何で休んだんだよ。」
「うん、ちょっとさ、色々とありすぎたんだよ。」
「シュウ・・・お前どうしたんだよ。何かあったのか?俺じゃ話し相手にならないの?」
「なるから呼んでるんじゃん。」
そう言った後、シュウは黙り込んでいた。
「・・・なあ、シュウ。」
そう言って、肩に手をかけた。
小刻みに震えている。
シュウは、泣いていた。
「シュウ。」
「・・・・ごめんな。俺さ、親が離婚して、それがきっかけでこっち来たんだよ。親父の職場がこっちになってさ。」
「うん。」
「今、親父と暮らしててさ、でも、母さんが、落ち着いたら俺を引き取るからって約束してたんだ。必ず迎えにくるからって。」
「・・・うん。」
「俺は両親どっちも好きなんだけどさ。だから、もしかしたら、また一緒にみんなで暮らせるのかもって。」
「・・・うん・・・」
シュウ。
「でもさ、母さん、再婚するんだって。」
「・・・え。そんな・・・」
シュウ。
俺はお前の力になりたい。
「それでさ、俺、裏切られた気持ちになって・・・」
シュウが泣き崩れた。
オサムは、シュウの背中を撫でた。
「・・・・うん。」
「こんなのって、ガキみたいだよな。ごめんな。俺・・・」
「謝るなよ。そんなの、誰だって泣くよ。俺たちまだガキなんだぞ。母親に裏切られたら、辛いに決まってんじゃん!」
オサムも一緒に泣いていた。
シュウが悲しいと、俺も悲しい。
いつもは大人びた雰囲気のシュウが、まるで小さな弟のように感じた。
オサムは自分がカナにいらないと言われた場面をイメージしてしまい、さらに大声で泣いた。
「オサム、お前・・・俺より泣いてんじゃん。」
「知るか!シュウ、お前ももっと泣けよ。」
二人で泣きながら、最後は笑っていた。
そのまましばらく二人は公園で話し続けた。
お互いの子供の頃の思い出や、将来のこと、親のこと、いろんな話をした。
その時間は1時間か、2時間か、もっと長かったのか。
気づけば、シュウはいつものシュウの笑顔に戻っていた。
よかった。シュウ。お前の笑った顔って癒し効果ありすぎるよ。
「オサム、なんかオレ腹減ってきたな。」
「そうだな。あ!」
「ん?」
オサムのポケットには千円札が2枚入っている。
母ちゃん。
「シュウ、コンビニ行こうぜ。からあげチャン食いてえ。」
「ドーソン限定かよ。」
二人で公園を出て歩きだした。
その時、懐中電灯が二人の顔を照らす。
「君たち、中学生?高校生?」
あちゃー、警察だ。
派出所に、カナが駆けつけた。
「本当に申し訳ございません!私がコンビニに買い物頼んだんです!」
「お母さん、未成年にこんな遅い時間に買い物なんて。それに、こっちの子はなぜ一緒にいたんですか?」
いかにも真面目そうなおまわりさんが睨みつける。
「えっと、シュウ君はうちに泊まりに来ていて、それで、一緒に・・・」
カナは、オサムとシュウに目配せする。
二人は笑いを押し殺して震えた。
「そうですか!とにかく、お二人とも親御さんが揃ってから帰ってもらいますから。」
その時。
「申し訳ありません。息子を迎えに参りました、佐藤と申します。」
佐藤が現れた。
「佐藤さん!?」
「カナさん!?」
「お父さん。」
「あ、オッサン!」
4人で、お互いを呼びあっていた。
あれから半年が過ぎた。
もうすぐ、俺たちは卒業だ。
シュウは俺より成績がいいから、高校は別のところだ。
だけどシュウと俺は、親友であることには変わりはない。
学校は別々になったけど、来年から俺たちが学校に持って行くお弁当は同じものだ。
母ちゃんが作る、すげえ美味い弁当。
学校が同じでなくて良かったかもしれない。
「修」って書いて、読み仮名だけ違うなんてややこしいもんな。
俺たち、名字が同じになっちゃったから。
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