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2020センター国語 第3問(古文)

【2020センター国語 第3問(古文) 解説講義】
#センター試験  #センター国語 #古文 #小夜衣

出典は『小夜衣』、中世の擬古物語である。擬古物語というのは、平安時代の王朝文学に擬(なぞら)えて作られた物語である。平安後期の院政時代以降、藤原時代を頂点とした風雅な朝廷・貴族文化が衰退する中で、その時代を懐かしむ歴史物語や新しい時代に焦点を移した軍記物語が多く残される。さらに時代が下って、実態をなくした朝廷・貴族文化の代わりに、『源氏物語』などその時代の大文学に取材して描かれたのが擬古物語というわけである。よって『源氏』などに繰り返し描かれるような典型的な筋を辿ることが多く、言葉遣いも保守的になり、かつ受験生には初見であることが普通だから、高校で学習した古文単語・古文法・古文常識に則った解釈力・読解力を試す作問がしやすい。実際、これまでのセンター試験で最も多く採用されてきたジャンルである。本問は物語の冒頭にあたる「垣間見」の場面。和歌の贈答を機に物語が(それなりに)独自に展開する前の部分なので、地道な学習を積み上げてきた受験生には既視感があり、取り組みやすい出題だったのではないか。
一般に、古文の読解においても、一文を正確に解釈する力とともに、全文の大意を素早くつかむ力が求められる。大意をつかむ上での着眼点は以下の通り。
①場面を把握する。②「を・に・ば・ど・が」などに着目し意味のまとまりを把握する。③「主一述」を中心に文の骨格をつかむ。④述部(敬語表現も含む)との関係で主語や目的語などの省略部を補う。⑤文意を転じる付属語(助動詞・助詞)や心情・判断を表す形容表現に着目する。 

〈本文理解〉
前書きに「寂しい山里に祖母の尼上と暮らす姫君の噂を耳にした宮は、そこに通う宰相という女房に、姫君との仲を取り持ってほしいと訴えていた。本文は、偶然その山里を通りかかった宮が、ある庵に目をとめた場面から始まる」とある。 

①段落。(宮は)「ここはどこか」と御供の人々に問い「給へば」(宮への尊敬語、よって地の文において宮は敬意対象者)、(従者は)「雲林院と申す所でございます」と申し上げるので、(宮の)お耳には残っていて、「宰相が通う所「にや(あらん)」(→であろうか)」と思い、「この頃は(宰相は)この辺りにいると「こそ聞きしか、」(→私は聞いていたが、) (宰相の通う姫君が居処は)どこであろうか」と、「ゆかしくおぼしめして」(傍線部(ア))、牛車を停めて外を眺めていらっしゃると、どこも同じ卯の花とは言っても、それが垣根を連ねるように咲いている様子は卯の花の名所である玉川を見るような心地がして、「(初夏を告げる)ほととぎすの初音を聞くにも「心尽くさぬ」(→やきもきすることもない)辺りであろうか」と自然と心惹かれる思いになられて、(人目につかない)夕暮れ時であったので、「やをら」(傍線部(イ))葦垣のすき間から、格子などが見える部屋を「のぞき給へば」、(以下「中」の様子) こちらの方は仏前のように見えて、閼伽棚は質素な様子で、妻戸・格子なども開け放たれ、樒の花が青々と散って、花をお供えしようとして、カラカラと鳴る様も「このかたのいとなみ」(→仏道修行に励むこと)も、この世でも「つれづれならず」(→手持ち無沙汰ではなく)、後の世のためにもまた頼もしいかぎりであることよ。「このかた」は自らも心にかかることであるから、「うらやましく見給へり」(傍線部A)。「あぢきなき」(→思うに任せない)この世で、このように仏道に専念して暮らしてもみたく(思い)、お目を留めてご覧になっていると、(以下「中」の様子) 子供たちの姿もたくさん見える中に、例の宰相のもとにいる子供もいるのは、「(宰相が通うのは)ここであろうか」と(宮は)お思いになるので、お側に仕える兵衛督という者をお呼びになって、「宰相の君はここにおりますか」と伝えて、対面したいという意向を(姫君のいらっしゃる方に)「聞こえ☆/給へ/り」(→申し出/なさっ/た)。(宰相は)驚いて、「どういたしましょうか。宮が、こんな山里にまでお探しに来られたのであります。恐れ多いことです」と言って、急いで出迎えた。仏前の側にある南向きの部屋に、敷物などを用意して、入れ「奉る」(波線部a)。 

②段落。(宮と宰相の対面) (宮は)ほほ笑みなさって、「この周辺を(私は)お探ししていたところ、この辺りに(あなたが)「ものし」「給ふ」(波線部 b)などと聞いて、この山里まで分け入ってきました「心ざし」(→私の気持ち)を、お分かりになってください」などとおっしゃるので、(宰相は)「ほんとうに、恐れ多くもここまで探してこられた「御心ざし」(→宮のお気持ち)は、「かたはらいたく」(→きまり悪いほど感じ入って)ございます。年老いた尼上が、今が限りの病を患って「侍る」(波線部c)ので、最期を看取りましょうと思いまして、ここに籠もっておりまして」などと申し上げると、(宮は)「(尼上が)そのようでいらっしゃるようなことは、お気の毒でございます。尼上のお加減も伺いたいと思いまして、「わざと」(→特別に)参上しましたのに」などとおっしゃるので、(宰相は)「内へ入」って、「(宮が)こうこうとおっしゃっています」と「聞こえ」(波線部d)なさるので、(尼上は)「そのような者がいると宮のお耳に入って、老いの果てに、このような素晴らしい恩恵をいただきますことは、ここまで生き長らえました命も、今となってはうれしく、この世の面目と思われます。「つてならでこそ申すべく侍るに」(傍線部B)、このように病気で衰弱しておりまして」などと、息も絶え絶えに申し上げるのも、「たいそう「あらまほし」(→好ましい)」とお聞きになった。 

③段落。「人々」(→女房たち)は、(宮の様子を)のぞいて見申し上げると、はなやかに出ている夕月夜に、(それに照らされて)振る舞いなさっている宮の様子は、比べるものがないほどすばらしい。山の端から月の光が輝き上ってきたような宮のご様子は、「目もおよばず」(→正視することができないほど見事なものだ)。艶も色もこぼれ落ちるほどのお着物に、直衣が「はかなく」(→ちょっと)「重なれるあはひ」(傍線部(ウ))も、どこで加えられた気品であろうか、この世の人が染め出したもの(=「あはひ」)にも見えず、普通の色にも見えない様は、「文目」(→模様)も本当に珍しい。「わろき」(→それほど良くもない男)で「だに」(→さえ) (女房たちには)見慣れていない様子であるのに、(まして)「世の中にはこんな素敵な男の人もいらっしゃるのだなあ」と(女房たちは)「めでまどひ/あへ/り」(→みな/うっとりし/ている)。ほとんうに、「姫君に並べまほしく」、「笑みたり」(傍線部C)。宮は、この所の様子などをご覧になるにつけ、都とは様変わりに見える。人も少なくしんみりとして、こんなところにもの思いがちな人が住んでいるような心細さなどを、しみじみとお感じになって、「そぞろに」(→わけもなく無性に)もの悲しく、「御袖もうちしほたれ給ひつつ」(→御袖もつい、涙で濡らしなさっては)、宰相にも、「「かまへて」(→きっと)、ここに来た甲斐があるように(姫君との仲を)とりなし申し上げるなさってください」などとよくよく頼んでお帰りになるのを、女房たちは名残惜しく思わずにはいられなかった。 

〈設問解説〉
問1 傍線部(ア)〜(ウ)の解釈として最も適当なものを、それぞれ選べ。 

(ア)「ゆかしく/おぼしめし/て」と品詞分解できる。形容詞「ゆかし」は「心惹かれる様」を表し、対象に応じて「見たい・聞きたい・知りたい」などと訳す。「おぼしめす(思し召す)」は「思ふ」の尊敬語で、同じ尊敬語の「思す」よりも強い敬意を表す。ここは、敬意対象者である宮が、宰相を介して姫君の居場所を想像している場面。正解は③「知りたく/お思いになっ/て」。 

(イ)「やをら」は基本単語。古語では元来「物事がゆっくりと静かに進行する様」を表し「静かに、そっと、おもむろに」などと訳す。ここは垣間見の場面で、「やをら」は副詞として「のぞき給へば」にかかる。正解は②「静かに」。 

(ウ)「重なれ/る/あはひ」と品詞分解できる。「重なれ」は四段活用の動詞「重なる」の已然形。それに接続する「る」は存続・完了の助動詞「り」の連体形(e音につく「ら・り・る・れ」)。ここまでで選択肢は③④に絞れる。「あはひ」は「間」と表記でき、そこから間の両側の「関係性」の意に転じ、「①間柄 ②組み合わせ、調和 ③情勢」などと訳す。ここは宮の御衣(おんぞ)についての記述であり、傍線部を含む「…あはひも」は「…とも見えず、常の色とも見えぬ」にかかるので、「あはひ」が色調について述べていることは文脈からも判断できる。正解は④「重なっ/ている/色合い」。 

問2 波線部a〜dの敬語は、それぞれ誰に対する敬意を示しているか。その組み合わせとして正しいものを選べ。 

敬意の方向を問う問題である。まずは敬語を分類し、主客を補う。その上で、尊敬語は主体、謙譲語は客体、丁寧語は聞き手への、それぞれ語り手(作者or会話主)からの敬意である。
aの「奉る」は謙譲語で「入れ」の補助動詞。本動詞の場合は尊敬語の用法(飲食/着る/乗る)もあることにも注意しよう。「入れ」の主体は、突然の宮の来訪に驚いた宰相で、その客体、つまりここでの敬意対象者はもちろん「宮」。宮は、本文の地の文(客観記述/作者基点)において、ほぼ唯一の敬意対象者である(例外は2箇所)。
bの「給ふ」は四段活用・尊敬語で補助動詞。同じ補助動詞で下二段の「給ふ(る)」は、謙譲語(会話・手紙文/思ふ・見る・聞く・知る/一人称主語/対者尊敬/マス)なので注意。ここは、宮が主体の会話文にあり、宰相を対話の相手にしている場面である。対話において尊敬語の省略主体は「あなた」(尊敬語無しの省略主体は「私」)であることが多いが、ここもそのパターンで、敬意対象者は「あなた」=「宰相」となる。宰相は地の文(客観記述/作者基点)では、1つの例外を除いて、敬意対象ではないが、会話文(主観記述/語り手基点)では敬意対象となることもあるのである。
cの「侍る」(侍り)は補助動詞で丁寧語。「候ふ」と同様、本動詞の場合、場に貴人が存在すると謙譲語(オ使エスル)になることがある。ここは、 bの箇所の宮の発言に対する宰相の答えあたる箇所だから、聞き手の「宮」に対する敬意である。
dの「聞こえ」(聞こゆ)は謙譲語の本動詞。宮の催促を承けて「内へ入」った宰相は、尼上に「…と聞こえ/給ふ(尊敬の補助動詞)」という場面である。これから「給ふ」が動作主体の宰相に対する敬意で、「聞こえ」は客体の「尼上」に対する敬意である。なお、ここは地の文(客観記述/作者基点)にあるので、宰相、尼上に対する作者からの敬意となり、他では敬意を払っていないから唯一の例外となる。宮のいない宰相と尼上の場において、相対的に両者の地位が上昇したと考えられる。なお、もう一つの「例外」①段落の☆「聞こえ」は庵で最上位の存在である「姫君」に向けられているとみなすのが妥当であろう。正解は①。 

問3「うらやましく見給へり」(傍線部A)とあるが、宮は何に対してうらやましく思っているか。その説明として最も適当なものを選べ。 

心情説明問題。「何に対して」うらやましく思っているか。まずは、近く直前の「…X…已然形+ば」のXがうらやましくの理由。さらに広く見て、傍線は「うらやましく見給へり」とあり、前の部分が垣間見の場面だから、「のぞき給へば、…Y…」のYも根拠になる。Yは、庵の中の仏前の飾りや仏道に励む様子についての記述である。特に「この世にてもつれづれならず/後の世はまた頼もしきぞかし」とあり、それを承けて「このかたは心にとどまることなれば」(X)となっているところに着目する。ここでの「このかた」とは「仏道に関する方面」ということで、それに心惹かれる宮は庵の暮らしが「うらやましい」のである。正解は③で、まぎらわしいものはない。 

問4「つてならでこそ申すべく侍るに」(傍線部B)とあるが、尼上はどのような思いからこのように述べたのか。その説明として最も適当なものを選べ。 

心情説明問題。場面を確認すると、目当ての姫君の祖母、尼上の病気を聞いた宮は宰相に、「その御心地をうけたまはらんとて、わざと参りぬるを」と述べ、尼上との対面を求めるところである。それに対して、尼上が答える発言の終わりに傍線部がある。ここから傍線部を逐語訳すると、「つて/なら/で」の「つて(伝手)」がここでは「人づて」であることに留意して、「人を介さず直接に/宮に/申し上げる/べきで/あります/のに(このように衰弱した心地でそうもできない)」となる。この前の部分で「かかるめでたき御恵み」「この世の面目」と言って宮の意向に感激していることも踏まえる。以上より⑤が正解。ここで②「姫君」や④「仏道」は宮と尼上の話題になっていないので除外する。古文の解釈は、語義と文脈を往復しながら緻密化していくのである。 

問5「笑みゐたり」(傍線部C)とあるが、この時の女房たちの心情についての説明として最も適当なものを選べ。 

心情説明問題。場面を確認すると、女房たちが「月の光のかかやき出でたるやうなる御有様」をのぞき見、その美しさに皆が放心するほどに感激している(「めでまどひあへり」)場面である。そして、直前に「姫君に/並べ/まほしく」とあり、笑っているのである。ここで「姫君に/並べ/たい」のはもちろん宮だが、それは若い男女のことだから、結婚相手として並べてみたいと思っているのである。古文世界の男女の交際において、女性の側が一旦ためらうことも多いが、ここは山里に隠棲している姫君の相手として、身分秩序の最高位にある皇族の貴公子。姫君付きの女房としても二人の結婚を想像するのは、夢見るような心地であろう。「並べまほしく」の正しい解釈から正解は②となる。 

問6 この文章の内容に関する説明として最も適当なものを選べ。 

内容合致問題。先に選択肢に目を通し、そこから必ず本文の該当箇所を参照して、明らかに矛盾するものは消していくという方針をとる。①は「仏事にいそしむ美しい女性の姿を見た」が、①段落の垣間見の場面の描写に反する。この地点で「美しい女性」(姫君)は登場していない。②は「宰相は、兵衛尉を、呼んで、どのように対応すればよいか尋ねた」が、①段落後半の内容に反する。兵衛尉は宮の従者で、宮が呼んで宰相との仲介を命じたのである。③「尼上は、宰相を通じて自分の亡き後のことを宮に頼んだ」は、②段落後半、宰相を介した宮と尼上のやり取りに見られない記述であり、不適切。④「宮は…山里で出家し、姫君と暮らしたいと思うようになった」は、①段落の傍線部Aの直後「あぢきなき世に、かくても住ままほしく」と一部対応するが、出家する願望はあっても、その状態で姫君と暮らすわけではないので不適切。⑤の記述「姫君への同情/宰相への依頼/女房たちの余韻」は、本文最後の三行と正しく対応している。よって⑤が正解。 


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