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街函

脱走


            春に一人暮らしの医師が亡くなった。
   医師は庭で柚子と蝋梅と草花を育てていたのだが
   庭も診療所ごと壊された。
     
   焦げ茶の土が風に曝されてしばらく、夏には
   前面にコンクリートが打たれ、みるまに
   アパートが建った。
     

   秋になるとアパートと駐車場の境界の金網の下から
   黄緑の茎が何本も地面を突き破った
   医師が植えていた彼岸花が金網に沿って一列に咲いた
   斜めに逃げる角度で
       
     

  冬になると彼岸花は枯れ、地下茎だけで生きていく
  駐車場の土は白く荒れたままだった。
      
  やがてまた春が来て、駐車場は取り壊された。
  土が深く掘られ、基礎のコンクリートが打たれ、マンションが建った。
  夏には新しい人たちが住み始め、あたりは賑やかになった。
  秋のある日、子供たちが彼岸花を手に持って学校から帰ってきた。
   親たちが毒だから、と叱ったものだから
  子供たちはドブに花を捨てた。
      
  学校に行ってみると校庭の縁に彼岸花がまっすぐに並んで咲いていた。
  去年見たのと同じ彼岸花である。
  今年初めて咲いたのと女の子がいう。
      
  秋深く、校庭に桜の落ち葉が積もった。
  小学校が廃校になると回覧板で知った。
  やがて冬が来る

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