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ラフマニノフ7 「ソナタ2番改訂の頃のエピソード」

亀井聖矢さんの今の集大成 東京オペラシティソロリサイタルが迫ってきました。今期新たに取り組む『ラフマニノフ作曲ソナタ2番Op.36 (1931年版)』は東京では初披露です。そこで今回は、ソナタ2番改訂の年1931年頃のラフマニノフのエピソードを、ほんの少しだけ拙訳にてご紹介します。(References: Scott, 2007; Bertensson, 1956; and Swan, 1944)↓

まずは、1930年12月11日付 New York Times誌のインタビューです。「レコーディングがホント苦手、聴衆の前で弾くことが至福」と語るラフマニノフからどうぞ:

「聴衆がいないところで弾くなど想像できません。葉巻の箱のような小部屋に閉じ込められ、聴衆はどこか遠くにいるからと言われても、とてもじゃないですが、上手く弾けません。私は演奏する時、私の音楽を聴きに来てくれた方々と心が通じ合うのを感じます。それは私にとってかけがえのないものです。聴衆とつながった感覚こそ、私の至福です。

演奏は聴衆次第で大きく変わりますから、お客様がいないところで演奏するなど考えられないです。放送でも、カーネギーホールで演奏する時と同じ条件下でないと、弾けません。ラジオ局のスタジオでも、目の前のお客様のために弾くのだと集中しないと、いい演奏はできないです。ラジオの向こうの何千万のリスナーのために弾くというのは難しい。」

レコードが出回り始め、クラシックファンの裾野は広がったが、完璧な録音に耳慣れた聴衆を前に大きなミスは許されなくなった、それが1930年代だそうです。(録音の登場も改訂の背景となっていたかは不明です)

当時のレコーディングは、気に入らない部分だけの録り直しが不可能で、通しでやり直す必要があったそう。ラフマニノフの義理姉が回想しています:

「彼はレコーディングの時、本当に神経質になっていて、技術者、エンジニア、スタッフみな、腫れ物を触るように接したわ。『コンサートで感じる聴衆とのつながりが無いとダメなんだ』と言っていた。彼は自分に厳しいでしょ、だから録音したものを聴いては、鶴の一声で、容赦なく破棄していた。よくこう言っていたわ『自分の録音は、こういう演奏をしてはいけないというお手本、そういう意味で役に立ってる』って。」

話題は変わります。1931年1月15日付 New York Times誌に、ソビエトでの文化活動を憂えた亡命知識人らによる投稿が掲載されます。そこには、それまで政治を避けてきたラフマニノフの署名もありました。その影響が数か月後モスクワで『ラフマニノフはソビエトの敵、国内での曲の演奏は禁止』という形で表出します。このボイコットについてコメントを求められたラフマニノフは「私にとって最も大切な場所、それは私の祖国ロシア…」とだけ答えたそうです。伝記には、冷遇はソビエトに留まらず、パリでも、とありました... その夏の手紙にラフマニノフは「このところの政治的出来事はまさに青天の霹靂、もうこの地球で生きていてもいいことないんじゃないか… もっと悪くなる予感しかない(1931年7月16日)」と書いています。

そんなラフマニノフが家族と夏を過ごすフランスの避暑地に、親友の露オペラ歌手シャリャーピンが訪ねてきます。その時やはりラフマニノフのところに滞在していた露劇作家チェーホフの甥が、2人の様子を回想しています:

「ラフマニノフの嬉しそうな顔と言ったら… 心からシャリャーピンを愛しているのがわかった。二人は庭を散歩しながら話をしていた…  二人とも背が高くてオーラがあって(それぞれに独特の)…  シャリャーピンは大きな声で、ラフマニノフは優しい声。ラフマニノフはお茶目に右の眉を上げ、斜め目線でシャリャーピンを見やっては、心の底から笑っていた。

散歩から広い仕事部屋に戻ると、『一曲やろうよ』とラフマニノフが誘うのだが、それを察しているシャリャーピンはわざと、今日は声の調子が悪いなぁと言って『歌わないよ』と一度は断わる。そして、手のひら返しで、やっぱり歌うよ、とオッケーする、これがお決まりだった。

ラフマニノフがピアノに座り和音を弾き、シャリャーピンが歌い出すと、ラフマニノフは本当に楽しそうで若返っていた。私達の方を向いては、うまくいったぞ、みたいな表情をしていた。歌が終わると、笑いながらシャリャーピンの屈強な肩を叩く... ラフマニノフの目に涙が光っていた」

以上、本当に少しですが、ソナタ2番を改訂していた頃のラフマニノフの様子ご紹介しました。改めて、彼が激動の時代を生きたことを思い知ります... 祖国でのボイコット、かける言葉がありません... 聴衆と心通わせることが至福だったという話は、批判したくてそこにいる聴衆はまずいなくて、歓びを分かち合いたいと思っている人ばかりですから、繊細なラフマニノフにはその好意的なエネルギーがチカラになったのかな… シャリャーピンとの交流にはいつも感動です… 今回は亀井聖矢さんオペラシティ凱旋公演応援で作りました。本番までいよいよあと2週間。毎日大成功を祈っています。🔚

ラフマニノフソナタ2番Op.36についてはこちらでフォーカスしています↓