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マーメイドは死なず

「完璧な文章などといったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね」

作家村上春樹のデビュー作はこの一文から始まる。プロ麻雀の世界にも完璧な絶望というものは存在しない。どれほど大きなビハインドがあろうとも、最終戦の最後の親番が残された限り、可能性が0になる事は無い。

2月13日現在、セガサミーフェニックスはトータルポイント−524.7の最下位。レギュラーシーズン突破のボーダーラインである6位TEAM雷電との差は267.8ポイントに及ぶ。残り試合数は26。決して不可能は数字では無い。しかし容易いミッションでも無い。間にEX風林火山とBEASTJapanextが挟まっているからだ。

今シーズンの当初から不調に喘ぐチームの中で1人気を吐き、大きなプラスポイントを持ち帰っていた魚谷侑未に現在大きな試練が訪れている。最もラスを引くのが遅かった彼女が直近8試合で6ラスという憂き目に遭い、個人成績もマイナス3桁を越えてしまった。

しかし、これが麻雀である。どれほどの好調或いは不調であろうともそれは過去の結果でしか無い。明日の行方は誰にも分からない。確率や期待値といったものはそんな短期間には収束しない。選手に出来る事は与えられた配牌とツモ、盤面や仕草、間から情報を読み解き、最善手を積み重ねる事のみ。不運を嘆いている暇など無い。

競技麻雀の世界において、試行回数さえ増やせば自分の実力を証明出来る、などといったセリフは敗者のボキャブラリーであり、勝者には存在しない。これまで数多くの栄光を勝ち取って来た彼女はその事を完璧に理解している。

それ故に私はとても楽観的だ。彼女がベストを尽くしてくれる事を知っているからだ。結果が出なかった時、結果論の後出しジャンケンで選択や采配に理屈の通らないクレームを付ける人間は必ず現れる。想像力と共感性の欠如、誤解、狭量、無理解といったものが時に彼女を苦しめ、自己肯定感を低下させる。我々ファンに出来る事は、それらを愛によって上書きする事だ。

魚谷侑未は女流プロ最多獲得タイトルホルダーであり、現在三冠を保持している。彼女以上の結果を出した女性は1人も居ない。男性プロを含めても数えるほどだ。それほどの結果を残しても歩みを止める事が無い。さらなる高みを目指し座学を続け、最新のAIから新たな着想を得ようと試み、ベストコンディションで対局に挑む為にジムでトレーニングに励み、どんなに苦しくても前向きなメッセージでファンを明るい気持ちにさせる。

私は彼女のファンになって15年が経つ。何故彼女を好きになったのか。何故ずっと好きなままでいられたのか。答えは簡単だ。彼女が本物のプロフェッショナルだからだ。麻雀プロに付加価値が求められる時代において、雀力や麻雀に傾ける情熱が軽視される事がある。特にライト層と呼ばれる方々は容姿の整った選手がとても好きなように見受けられる。今日の推しのビジュが優勝すぎるととても楽しそうにしている。それはそれで構わない。価値観は人それぞれだ。しかし私にとっての麻雀プロの美しさとは強さだ。麻雀に対する真摯な姿勢だ。


魚谷侑未以上に美しいプロを私は知らない。


今ならば分かる。何故セガサミーフェニックスが魚谷侑未を1位指名で獲得したのかが。2018年に行われたMリーグ最初のドラフト会議、大方の予想はセガサミーは自社が展開しているMJというゲームに出演している選手達で固めて来るだろうという物だった。しかし、彼らが選んだのは日本プロ麻雀連盟に所属する彼女だったのだ。

フェニックス。不死鳥の意だ。どんな困難を前にしてもそれに屈する事無く戦い続け、感動体験をファン・サポーターに届けるというフィロソフィーの下に結成されるチームの顔は「諦めない」の象徴である魚谷侑未しか居なかったのだ。

ファンよりも先に諦めない、卓上に全てを捧げるという信念を持ち戦い続ける彼女無くして不死鳥の飛翔は有り得ない。


これから課せられるミッションはとても厳しいものだ。結果がどう出るかは分からない。それでも私には彼女がその荒波を全力で泳ぎきってくれるという確信がある。

決して諦めることを知らない、沈まぬ太陽。

マーメイドは死なず。


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