永世六段

競技麻雀ファンです。魚谷侑未プロと梶田琴理プロを応援しています(*´∀`*)

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最近の記事

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まだ彼女が何者でもなかった頃

今からおよそ13年程前、1つの麻雀ブログと出会う。管理者は新潟県で暮らす一人の若い女性だった。 その人は麻雀プロを目指して勉強を重ね、テストに合格。健康麻雀教室で働きながら、プロとしてのキャリアをスタートさせた。 現在よりも女流プロの地位がずっとずっと低かった時代。映像対局に出てくれば打牌を叩かれ「これだから女流は…」と辛辣な麻雀ファンに酷評されるのが常だった。 当時Twitterやinstagramは無く、麻雀プロの情報発信と言えばブログが主流。 そのほとんどが麻雀

    • マーメイドは死なず

      「完璧な文章などといったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね」 作家村上春樹のデビュー作はこの一文から始まる。プロ麻雀の世界にも完璧な絶望というものは存在しない。どれほど大きなビハインドがあろうとも、最終戦の最後の親番が残された限り、可能性が0になる事は無い。 2月13日現在、セガサミーフェニックスはトータルポイント−524.7の最下位。レギュラーシーズン突破のボーダーラインである6位TEAM雷電との差は267.8ポイントに及ぶ。残り試合数は26。決して不可能

      • 献身

        10月1日、最高位戦のD1リーグが同団体のYouTubeチャンネルにて配信された。そこには普段実況として活躍する佐伯菜子の姿があった。 SNS上で繋がってはいたものの、彼女の麻雀を観るのは初めてだった。どんな麻雀を打つのかという興味で見始めたが、時間が経過するに連れ、私の関心は別の場所へと移っていた。 カメラに抜かれた時の表情、1つ1つの摸打。全神経を集中させ、最善の選択を模索する。それ自体は全ての選手がやっている事ではある。ただ彼女には、「一生懸命」さをダイレクトに観る

        • 夢の国

          人混みが苦手だ。列をなして待つ事が苦手だ。長距離の移動も苦手だ。人に話して驚かれた事があるのだが、私はこの国で最も有名なテーマパークである東京ディズニーランドに行った事が無い。どれ程魅力的だと力説されても苦手の三重奏を伴う場所に足を運ぶ気にはなれない。そもそもが極度の面倒臭がり屋だ。目的の場所に辿り着くまでの労力やそこで受ける事になるであろうストレスを想像してしまい、それが私から行動力を奪っていく。 そんな私が唯一長い移動距離を乗り越えて会いに行く人がいる。それは勿論ぴっぴ

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        まだ彼女が何者でもなかった頃

          私のハープスター

          「最低位」。 最高位戦日本プロ麻雀協会のヒエラルキー最下層、D3リーグの最下位になった者に贈られるこの団体に所属する人間にとって最も不名誉な称号。それが彼女のスタート地点であり、私が梶田琴理という麻雀プロを知ったきっかけだった。 フォローはしていなかったが、Twitterを覗いてみた。宣材写真で初めて顔を知る。綺麗な人だった。でもそれ以上に、優しそうな人だなと思った。 その頃私はプロ麻雀ファンとして1つの転換期を迎えていた。魚谷侑未のファンとして2009年から長い時間を

          私のハープスター

          面影

          今年2月、Twitterのタイムラインを眺めていると、フォロー外の麻雀プロの1つのツイートが目に飛び込んで来た。 最高位戦日本プロ麻雀協会46期後期・佐伯菜子。彼女の存在は随分前から認識してはいた。アマチュア時代、「真島ちゃん」という愛称で界隈では有名な方だった。ただ、麻雀界には名の知れたアマチュア女性がそれなりに居るため、特に強く印象に残る存在では無く、プロ入りした際も、よくある話だとしか思っていなかった。 その後、推し活コーディネーターを名乗る友人Cから彼女の話を聞く

          私はあまり多くの愛を持たない

          「推し」という言葉がある。元々はアイドル界隈で使われていたモノだと認識している。現在ではあらゆる世界で用いられ、麻雀界も例外では無い。 この文章を読んでくれている方の多くは私が魚谷侑未と梶田琴理、通称ぴっぴのファンであることを認識してくれていると思う。 近頃ぴっぴを応援するファン仲間の方から他のプロも一緒に応援しようと何度も提案される。その選手は彼女と同じく最高位戦日本プロ麻雀協会に所属している二十代前半の若手女流プロだ。プロ1年目から放送対局の実況を任され、東海地区の選

          私はあまり多くの愛を持たない

          マーメイド・クロニクル

          PROLOGUE 麻雀と出会ったのは中学生の時だった。大学時代によく遊んでいたという父親に仕込まれ、家族麻雀からのスタート。3枚ずつの組み合わせを4つと同じ絵柄の牌が2枚あればアガリとなるらしい。但し、国士無双、七対子という例外が存在することをまず教えられた。 人生初和了はその「例外」だった。得意気に手牌を倒した私に父は苦笑を浮かべながら「それは駄目なんだ」と言った。私の手牌には同じ牌が4枚あった。 麻雀を覚えた私は休日に同級生の家に集まり、この不可思議なゲームを楽しむよ

          マーメイド・クロニクル

          永世六段、ぴっぴに逢う

          「したことに対する後悔よりもしなかった事に対する後悔の方がずっと大きい」 10代の頃に読んだ本にそう書いてあった。自分はとても慎重、いや臆病な性格だ。19字無しのとんだタンヤオ野郎と言っていい。人生の中で幾度となくしなかった事に対する後悔をしてきた。 天候や気温、それら以外にも色々な事に振り回される仕事をしていて、前日、社長から突如翌日を休みにすると通告される。Twitterを開き、梶田琴理さんのスケジュールを確認する。「ニュージェネリーグゲスト 17:00-23:00」

          永世六段、ぴっぴに逢う

          頑張れが言えない

          「頑張れ」という言葉が苦手だ。言われるのはいい。それを人に言うのがとかく苦手で、喉元まで出かかったとしても、それを抑える習性がある。 明らかに努力を怠っている人ならまだ良いが、傍から見て既に頑張っている人にこの言葉をかけることが出来ない。 もしもその人が自分の中で限界近くまで頑張っていた時に、「これ以上何をどう頑張ればいいの?」という気持ちにさせてしまう事が怖いのだ。 麻雀プロを応援する上でTwitterは欠かせない。様々な人が応援の声を自分の推しに届けている。頑張って

          頑張れが言えない

          なぜ梶田琴理永世六段だったのか

          皆さんおはようございます、こんにちは、こんばんは永世六段です。 仕事納めも済み、自身特上卓に上がることが出来たタイミングでnoteを書いてみる事にしました。 表題の通りテーマは自分がなぜ「梶田琴理永世六段」という名前の天鳳アカウントを作ったのか、です。 私は元々ネット麻雀を熱心にプレーする麻雀ファンでした。そしてそれと同時に大のプロ麻雀ファンでもあります。 これは麻雀に限った事ではなく、どんなプロ競技のファンでも同じだと思いますが、新しい才能と出会った時、心が踊ります。

          なぜ梶田琴理永世六段だったのか