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母の顔

「お母さん」になるのが怖かった。
自分が自分でなくなるみたいで。
子どもが好きだから。好きだからこそ、自分のやりたいことを犠牲にしてまでも、子どもにすべてを捧げてしまいそうだと思った。

「お母さん」になるのが怖かった。
自分よりも「誰かの母」の肩書きの方が強くなるのが怖かった。
夫婦間でも「パパ、ママ」って呼び合うようになるのだろうか。
〇〇ちゃんのママ、って呼ばれることの方が多くなるのだろうか。

「お母さん」になるのが怖かった。
子どもがいるように見えない≒綺麗なお母さん
みたいな構図も嫌だ。
嫌なはずのに、「お母さん」には見えない、その年齢には見えないと言われるのを、どこかで期待してしまっている自分もいる。


「お母さん」になるのが怖かった。
でも、東京に帰省したときに、何人かに言われた。
「綺麗になった」
「顔つきが変わった」
「優しい、かわいらしい感じになった」

「お母さん」になるのが怖かった。
変わることが怖かったはずなのに、嬉しかった。
「お母さん」になる自分の変化を、この言葉たちが不思議と受け入れさせてくれた。

「お母さん」になるのは、今でも少し怖い。
でも、子どものためと自分を犠牲にするのではなく、これからも自分らしく生きていこう。
自分の中に増える「お母さん」としての経験が、人間としての美しさをより深めてくれると信じて。

(photo by まつまい)

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