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『共感資本社会を生きる』を編集した先に待っていた世界(その1)

 2019年11月、担当した『共感資本社会を生きる』という本が発売となった。取材から半年と少し、そして発売から約4か月。その間、担当編集者自身に、いったい何が起こったのか。その変化を一度まとめてみたくて、勢いで書きはじめてみることにした(どんな本やねん、と思った方は以下のリンクから)。なんと2本立て。

編集者としての直感。「あ、このふたりは……」

 編集者をしていると、「この人とあの人が出会ったら、きっと面白いだろうな」とよく思う。そんなふたりをつなげる楽しさ、そしてその瞬間に交わされる瑞々しい会話を傍らで聞けるのは、この仕事の醍醐味のひとつ。

 昨年のちょうど今頃、まさにそんなふうに思っていたふたりが、一気に深いところで共鳴し合うようになる様を目撃した。新井和宏さんと、高橋博之さんだ

 新井さんは、「いい会社」にだけ投資して組成した投資信託商品で利益をあげる鎌倉投信株式会社のファウンダーにして、貯められない、現地に行かないと使えないなど、ユニークな機能を持つ「新しいお金」をつくろうと2018年に起業した株式会社eumo(ユーモ)の代表。多様性ある社会について探求する僕としては、勝手に師匠のように思っている方だ。最初のご著書『投資は「きれいごと』で成功する』も担当させていただいた。

 高橋さんは、世界でも例のない食材つき雑誌東北食べる通信の創刊編集長でもあり、消費者と生産者を直接つなげるアプリを開発運営する株式会社ポケットマルシェCEO、さらには近年あちこちで耳にする関係人口」という言葉の提唱者でもある。数年前、高橋さんが主催する”車座(くるまざ)”という膝つき合わせての会合に参加してその熱量に圧倒されたことがきっかけで、追いかけていた(ちなみに、議員時代、食べる通信時代もずっと車座を開催していて、通算開催数は700回に迫ろうとしている)。

 そして2019年4月、eumo主催のイベントに高橋さんがゲスト登壇するという情報を得た僕は、すぐさま会場に。そこで見た、高橋さんと、新井さんの議論は、想像通りでもあり、想像以上でもあった。あまりにも互いのリズムが合っていることに驚くのは予想通りだったけれど、出会って1年ちょっとしか経っていない、会うのは数回目と聞いたのは予想外。そして、妄想はすぐに膨らむ。

「このふたりは、もっと語り合いたいのでは……」

 こうして、対談を企画させていただいた。これが、『共感資本社会を生きる』が刊行されることになった経緯(いきさつ)だ。

「お金」と「食」、異質なふたりが出会った理由

 実際、ふたりの対話の熱量は、本当にすごかった。内容も、今という時代について、これほど精緻に言い当てたものになるとは……と唸るほど、鋭く刺さる言葉のオンパレードだった。東京(都市)と秋田(地方)で行われたその対話の舞台裏で感じたことについては次回に譲るし、スリリングな対話を封じ込めた本の内容を“説明”すれば野暮になるので、ここではひとつだけ力説させてほしい。

 なぜこのふたりが出会って「共感資本社会」だったのか。

「お金」と「食」。「金融」と「一次産業」。異質なふたりは、それぞれ歩んできた道も、見てきた風景も異なる。使う言葉だってバラバラだ。それでも、この「共感資本社会」でふたりの道は初めて交わった。そこから汲み取れる意味とは何だろう。

 もちろん、ふたりが出会った意味なんて、何通りも説明ができると思う。

 だけど、そのひとつの答えは、ふたりともが「豊かさ」と「幸せ」の本当の意味に、それぞれの道の中で気づいた人だから、ではないかと考えている。

 お金があれば幸せになれると信じて外資系金融機関でバリバリ働いていた新井さんは、ある日、体の異変というサインを受け取る。そして、金融マーケットのモノサシのみで測ることに疑問を持ち、真逆の鎌倉投信へ。

 いつでもどこでも安く食材を買える。「市場」という効率性を追い求める仕組みがもたらした、豊かさの証にも見えるこの「当たり前」の中で、実は「生産者が食べていけない」現実に対して、議員時代からアクションをしつづけていた、高橋さん。生産者と消費者の分断を解消すべく、「食べる通信」、そしてポケマルへと進化しつづけている。

 豊かなのに、幸せじゃない。効率化を追い求めてきた結果、都市と地方、生産者と消費者、あなたと私との間に、分断が生まれている。その分断を埋めるために、どうすればいいのか。異なる道を歩いてきた異質なふたりだからこそあぶり出せた、その答えが、「共感」だった。互いに異なる人と人とが出会い、その「間」に生まれるものこそ、次なる社会への資本といえるのではないか。そんな共感資本あふれる社会は、現在のお金で測れば豊かどうかはわからない。けれども、今の一様すぎる社会よりは幸せであるはずだ

 この一点で、ふたりはピタリとハマったのだ。ふたりの言葉は、先行き不透明な世界で、次に進むべき、しかもワクワクする道を照らしてくれる。

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動き出した読者たち、圧倒される編集者

 だからだろうか。この本は、刊行直後から、深く刺さる人が急増した。同じように今の社会の幸せや豊かさのありように疑問を持つ読者が、次々と立ち現れてきたのだ。ふたりの対話が響き合い、さらに共鳴していったとでも言おうか。本をつくって10年になるけれど、これほど早く、深く刺さった感触は初めてだ

 実際、ふたりの著者(と僕)の前に現れてきた読者たちは、はっきり言って、著者のふたりにも負けない熱量を持った方ばかりで、こちらが圧倒されることもしばしば。

 たとえば、発売3日で(!)本の感想をマンガ化してくださったしまだあやさん。こんなやさしいタッチなのに、要点がずばり言い表されてる……!

 発売から1週間後、銀座で行った刊行記念イベントの終了後には、「このイベントの様子を私に書かせてもらえませんか」という方に、「この本の評を書いてきました」という方まで現れて。名乗りを上げる、とはこのことかと思ったほどだ。

 前者の、元金融記者で、震災を機に「食べる通信」にも関わっておられた高崎美智子さんには、その後行われた刊行記念イベント仙台編の模様をたっぷり記事にしていただいた(全3回。このイベントの話だけで長くなりそうな……また書かないと……)。

 後者の、年間1000冊を読破するという正木伸城さんには、改めて書評を書き下ろしていただいた。

 これだけじゃない。高橋さん主催の車座に参加すれば、参加者の方々と個別に会いましょうと盛り上がりまくり、結局何人もの方と、本業の本づくりと関係あるのかないのかわからないけれど、とにかくワクワクするミーティングが何本も入る

さらには、2019年末に蔦屋書店代官山店で催したイベントでは、質問してくださった方と終了後に交わした会話が盛り上がりすぎて、主催者のくせに高橋さんがいつ帰ったのか気づいていないという体たらく。そして、この質問者とも、後日、何度も会うのである。

 異質な人と出会い、その間に共感を育むことこそが、本当の豊かさに通じる。そんなメッセージを込めた本の担当編集者もまた、この本を通して、今まで出会いようがなかった異なる人と出会い、共感を育み、新しい世界と出会っているのだ。

(つづく)

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