第34回 面舵いっぱい


児童文学というジャンルがある。
最近では『ハリー・ポッター』シリーズが有名だが、古くは『小公女』「秘密の花園』といったものや、日本では『かいけつゾロリ』などが根強い人気を保っている。ファンタシィやSFの中にも「ジュブナイル」と呼ばれる少年少女を対象にした優れた作品があり、読書の愉しみに誘う良き入り口となっていることが多い。

小学校低学年の頃、『ドリトル先生』シリーズと並んで、いやそれ以上に夢中になって読んでいたのが、アーサー・ランサム著の『ツバメ号とアマゾン号』のシリーズだ。英国の湖水地方を舞台にしたこの児童文学の傑作は、小型の帆船を操る子供たちの冒険を描いたもので、「ランサム・サーガ」と呼ばれて当時は全12巻の分厚いハードカバーで刊行されていた。その活き活きとした帆船操縦の描写に胸を踊らせ、いつか自分もヨットを操ってみたいと夢想していたのだが、実際歳を重ねてから船に乗ったら見事に船酔いで撃沈し、その夢は潰えた。
ウォーカー家の4人兄弟姉妹が操るツバメ号のライバル、アマゾン号のナンシーとペギイの姉妹がまた格好良いのだ。男勝りという言い方は好きではないが、少年たちと対等に渡り合う少女たちの姿が爽快で、1930年代英国の夏の風景と共にとても印象的だった。思えば私の少女像というのは、このナンシーとペギイのように冒険家のリアリストの側面を兼ね備えているのかもしれない。
創造力の翼を羽ばたかせながらも現実から遊離しない、その逞しさと強かさ。どんな場合でもお茶の時間になれば紅茶を淹れる登場人物たちに、それを教えてもらった。

もう一つ読み耽っていたのが『ナルニア国物語』のシリーズだ。映画化もされたおかげでファンタシィとしても有名になった本作だが、そもそもはC.S.ルイスが児童文学として書いたものであり、その背景にはキリスト教的な世界観が色濃く表れている。
第二次大戦下の英国とナルニアとを行き来しながら語られる壮大な年代史であるこの作品で、大事な役割を果たすのがペベンシー4兄弟姉妹である。4人は衣装箪笥を通してナルニアに行き、そこで白い魔女を倒してナルニアの黄金期を築くが、再度衣装箪笥をくぐってこちら側の世界に戻ると殆ど時間は流れていない。最終巻では4人が成長した段階で再びナルニアに戻ることになるのだが、ここで非常に象徴的な出来事が語られる。姉であるスーザンは既に大人の女性に片足を踏み入れてしまっているため、最早ナルニアの存在を信じていない。そのため最後にナルニアの滅亡を見届けるために戻れるのは、ピーターとエドモントと妹のルーシーの3人だけなのだ。
これは子供心にとっても非常に衝撃的な内容であった。今になってうがった見方をすればこれは、男はいくつになっても少年でいられるが、女は大人になってしまえば現実に縛られてそこから羽ばたけない、という価値観を表したものということもできるかもしれない。
ともかく「つまらない大人」になってしまったスーザンの存在が、とても悲しかったことをよく覚えている。

でも本当にそうだろうか。女性は大人になってしまったら、もうどこにも行けないのだろうか。
そんなことはないと、もう私たちはわかっている。
おしとやかなだけが少女ではない。
いくつになっても帆船を操り衣装箪笥をくぐり抜けて、冒険の旅に出かけていいのだ。
少女にはその力がある。


登場した作家:アーサー・ランサム
→ジャーナリストでもあった彼は、かのジェームス・ボンドもいた(いないけど)MI6に所属していたというから、吃驚だ。
今回のBGM:「Wake Up」by  エレファントカシマシ
→風にまかせて気持ちのままに、もっと容易に出かけようぜ。「Easy go」の疾走感を道連れに。

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