276回 詳しい検査が必要です


患者さんの診察をしていると、しばしば検査が必要になる。
採血、尿検査、胸のレントゲン、胃カメラ、CTなどなど。
このような検査は闇雲にやるものではない。ある程度病状からあたりをつけて行う。
例えば突然高熱が出たが、患者さんは咳をしたり呼吸が苦しそうではない。そういえばこのところ尿臭が強いという報告があった。患者さんは常日頃からあまりお茶を飲まない。そういった情報から総合的に判断すると、これは肺炎よりも尿路感染症の可能性が高いのではないかという疑いが出てくる。
そうすると採血と尿検査は必須だが、念のため否定する意味で胸のレントゲン写真も撮っておくかということになる。そしてこういった発熱を何度も繰り返している患者さんなら、無駄に抗生剤を乱用して耐性菌を出さないためにも、一度尿培養を行なって起炎菌を同定し、感受性のある(つまり有効な)抗生剤も特定しておこうといったところだ。
検査というのは、疑わなければやらない。当たり前なのだが、その疑えるかという点が診断と治療に於いてとても大切なことなのである。

採血、つまり血液検査は、大抵の人がやったことというかやられたことがあるだろう。
この血液検査一つをとっても、どの項目を調べるかは医師の裁量にかかっている。何が知りたいのか。何を目的としてその検査項目を選ぶのか。星の数ほどある検査項目から必要なものを選ぶのも、慎重に考えなければならない。なんといっても検査にはお金がかかる。経済的にも肉体的にも患者さんに負担を強いるわけだから、なんでもやればいいというものではない。
また採血というのは他人の身体に針を刺す行為なので、侵襲的な検査だ。何度も刺して痛い思いをさせるわけにはいかないから、できるだけ一発で採りたい。しかし世の中には血管が細くて見えにくいという人が結構いる。いつも採血の度に何度も刺されて、腕に青黒い皮下出血痕ができて大変気の毒である。

採血の手技というのは概ね慣れなので、場数をこなせばそれなりに上手にはなる。ベテランの看護師などは歴戦の勇士だから、見えないような血管を探り当てて採血してくれたりする。医者自身が採血する機会は実はあまりないので、下手な場合も多い。通常はオーダーを出してあとは看護師に任せてしまうので問題ないが、たまに医者が採血をしなければならなかったりすると、それに当たった患者さんは不運な目にあうかもしれない。もちろん抜群に採血が上手な先生もいるだろうが、まあ稀である。
採血が上手くいくかどうかの肝は、いかに良い血管を見つけられるかにかかっている。多少時間がかかっても、中途半端にこれでいいやと刺すのではなく、ためつすがめつしながら最適な血管を探す、これに尽きる。
その結果、他人の手を見るとすぐ採血できそうな血管かどうか考えてしまうようになったのは、立派な職業病と言えよう。

胸のレントゲンは胸部単純X線検査のことだが、小学校から毎年健康診断を受けてきているはずなので、これも殆どの人が経験済みと思われる。
前にも書いたと思うが、X線写真の読影は非常に難しい。放射線科の医者でもなければ、細かいところはよくわからない。今はデジタルになっているので、拡大やコントラストなど自由に変えられるが、以前は現像された写真そのものしかなかったので、シャーカステンという照明装置に写真を貼って見るしかなかった。放射線科の教授には「心眼で見ろ!」と言われたが、心眼は備えてないので見えない。
それでも長らく医者をやっていると、ある程度パターン認識ができてくるので、明らかに白くなっている肺炎像以外でも、なんとなく変という感じはわかってくる。その患者さんのデフォルトがどうだったのかというのは大事で、前年の画像と比べておかしなところがないか確認してみる。
そしてやはりこれは何かあるぞということになると、次の段階に検査を進めるのだ。

次の段階の検査というのは、大抵CTかMRIになる。レントゲン機器はあっても、CTやMRIといった高価で高度な検査機器となると、それなりの病院に紹介状を書いて検査してもらうことが多い。
ご存知かもしれないが、世界で一番CTとMRIを持っているのは日本である。ダントツで1位だ。もちろん人口比でいっても1位。アメリカよりも多い。日本はCTとMRIが大好きな国なのである。人口100万人あたりCTが100台以上もある国は、世界中どこにもない。世界のCTとMRIの1/3が日本にあるというのだから驚く。
確かに総合病院でなくクリニック程度の規模でも、CTがあるところはよく見かける。ただ地域によってかなり偏りがあるのも確かだ。そして台数は山ほどあるくせに、その使用頻度はそれほどでもないそうで、まさに宝の持ち腐れである。

CTというのは「Computed Tomography」の略称で、コンピュータ断層撮影という意味である。 人体に多数の方向からX線を照射し、体から通り抜けてきたX線を検出器で読み取り、 得られたデータをコンピュータで計算して輪切り画像にする機器である。従来のCTはX線の検出器が一列だけだったが、64列の検出器を備えたマルチスライスCTというものもあり、その画像を重ね合わせれば、かなり正確な立体的な画像を作ることができる。
一方MRIは「Magnetic Resonance Imaging」の略で、日本語では磁気共鳴画像という。CTと違ってX線は使用せず,強い磁石と電磁波を使って体内の状態を断面像として描写する検査である。CTが骨などの硬い組織の描出に優れているのに対し、MRIは言ってみれば体内の水を検出しているので、軟らかい組織の描出が得意だ。
私はCT検査は受けたことがないが、MRIは一度だけある。装置内の狭い空間に入れられて絶対動くなと言われ、装置から出る爆音のインダストリアル・ミュージックのような音とヘッドフォンから流れるオルゴールの「Over the Rainbow」を聴かされながら30分近くじっとしているのは、なかなかの苦行であった。それ以降安易に患者さんにMRIを勧めるのは躊躇われている。

胃カメラ=上部消化管内視鏡検査と、大腸ファイバー=下部消化管内視鏡検査は、どちらもやったことがある。
胃カメラについては、あんな苦しい思いは二度としたくないという声をよく聞く。胃カメラは辛いのでバリウムを飲む胃の透視検査にしたという人もいるが、透視で異常が発見されればどうせ胃カメラはやることになるので、最初から胃カメラにした方が良いと思っている。
そういう私は、胃カメラは得意である。検査に得意もなにもないのだが、別に苦痛ではない。あっさりとファイバースコープを飲み込み、空気を入れるのでお腹が膨れるな程度で最後まで特に苦しいこともなく終わる。これが辛いという人は、嘔吐反射が強く出てしまうため、ファイバースコープが咽喉をスムースに通過できず、何度もえずいて(嘔気が出て)しまい苦しいと聞く。私は全然反射が出ず、滑らかに飲み込むことができるのだが、反対にそれで大丈夫なのか心配になる。
大腸ファイバーの辛いところは、検査自体ではなく検査の前処置である。大量の下剤を飲んで、腸の中を空にする、これが結構辛い。まず液体の下剤が不味い。それをかなりの勢いで大量に飲まなければならない。そしてそれから後は絶え間ないトイレ通いである。検査は静脈麻酔で意識がなかったので滞りなく終わったが、定期的にやるかというとあの前処置の大変さが頭をよぎり、躊躇してしまう。

どの検査も受ける方にとっては重荷であることは間違いない。
「医者は検査ばかりして儲けようとする」と謗られることもあるが、必要な検査を的確に選択して行うことは、正しい診断と治療に不可欠なのだということは、最後に強調しておきたい。


登場した放射線:X線
→レントゲン検査の被曝を問題にする人がいるが、1回の胸部X線検査での被曝量は0.05mSvである。一番多いCT検査で5~30mSv。自然界にも放射線は存在しており、1年間で大地から0.46mSv、宇宙から0.38mSv、その他空中から1.5mSv程度は被曝している。飛行機に乗れば、地上に比べて宇宙線の影響をより受けるので被曝量は増える。ただし100mSv以下では影響はないと言われており、白血病や癌のリスクが上がるのも1000mSv以上とされるので、通常の検査と頻度では、被曝量が問題になることはまずないと言っていいだろう。
今回のBGM:「Shadow Of Fear」by Cabaret Voltaire
→Throbbing Gristleと共にインダストリアル・ミュージックの始祖と言われるイギリスのバンド。26年ぶりに2020年に発表されたこのアルバムでも、インダストリアル健在。


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