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大人になって知る、母の老いと父の魅力

家族、特に両親との関係性というのは、人生において死ぬまでついてまわる重しのようなものだと思っている。それは周囲の人間と話していても価値観やトラウマの形成に関与していると如実に分かる場合があり、良くも悪くも人間観察が好きな人間の楽しみ方のひとつだ。

幸いにも私はまだあの「親父にもぶたれたことないのに!」ネタが使える側の人間であるが、それでもついてまわる悩みというのは存在する。とにかく両親は、距離が近すぎるのだ。

私の転機は大学受験の時だった。
センター試験の結果があまり思わしくなかった当時、それでも私は第一志望校へのチャレンジを諦めない旨を担任に報告していた。勿論両親共にそのことを応援してくれてはいたが、関連する会話で不意に出てきた一言がダメだった。

父は「偏差値低いからバカだと思われるだろうけど〇〇大(確かに興味のある学部はあった)も受けたらいいんじゃないか」と母に言ったと母から聞かされた。
母は「みずのりの結果なら〇〇大(全然興味ない学部)も受けてみたら」と直接言われた。

時が経った今ならば、当時の両親の言葉が
・難関私立や国立を目指す進学校生としてのプライド
・私がその分野に進みたい熱意
・両親が自分のことを分かってくれているという期待
そういったものをことごとく、「あなたのために」という大義名分を背負って薙ぎ倒していったのだと文章で綴ることが出来る。

しかし当時の私は受験というプレッシャーの中「なんで!!!!!!」と思うことしか出来なかった。だから必死で勉強し、第一志望に合格し家を出た。

世のひとり暮らしをしている人間は、一度は「親へのありがたみ(主に家事に関して)」を感じるかと思う。私もその例に漏れることは無かったが、ひとり暮らしをして以来ホームシックになったことは一度も無い。

大学を卒業した今も、数度住む場所を変えながら両親との丁度良い距離を模索し続けている。下の妹や弟も大学を機に家を出ているが、彼らにも思うところがあるのだろうと思う。

適切な距離をとり実家に帰る頻度が年に数度になってから、新たに見えてきた両親の側面がある。まず、母の老いだ。

元々勉強熱心で我の強い母であったが、頑固さが増してきたと感じるようになった。私が家を出て、母以外の価値観に触れる機会が増えたこともそう感じるようになった一端だろう。特に結婚に関しての話題は会話の節々に織り込まれ、結婚願望が未だに毛ほどもない私はかなり辟易している。

一方で父は共通の趣味である自然観察や登山を通して、大人になってから何故か2人で出かける機会が増えた。(記事の写真は父と野鳥観察に出かけた時のものだ。)目的地までの車の中でぽつぽつと、しかし途切れることは無く会話を続けながら、幼い頃は仕事でほぼ家にいることはなかった父の新たな側面を知っていく。学生時代のエピソード、家族が揃う場では言わない父の本音、こういう機会にこっそりくれるお小遣い。

母が父を選んだ訳を、母が結婚した年齢を超えた娘はなんとなく肌で感じとっている。

色々と書いたが、私は両親のことが好きだ。でもそれは家を出たことで、自分の中で棚卸しをする時間を持ち保った感情だ。今若年世代は貧しく実家暮らしの人も多いが、そのことから無意識に親世代の価値観に縛られて悩む人も多い。

親は他人だ。
そして大人になれば、その関係は対等なのだ。

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