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からほりまちアートepisode fin.

はじまりがあれば終わりがある

からほりまちアートの「終わり」についてのエピソード。

何でも「終わらせる」タイミングは難しい。ダラダラ続けようと思えば続けることもできるのだから。

今年で終わりにしよう

からほりまちアートのイベント開催日は10月末土日。

告知や募集のスケジュールから、準備を始める会議は意外と早く、3月~4月頃にはスタッフが集まり、その年のテーマを考え始める。(テーマを決めるようになったのは第8回~)

2010年の4月ぐらいだったか、もう1人の副実行委員長の自宅の2畳間でちゃぶ台を囲んで集まった5,6名のメンバー。「今年で10回目、節目の年にどうするか?」が大きな議題。

「日常にアートがあることの方が大事」「非日常が強すぎる」

という言葉から

「そしたら今年で終わりましょう」という結構あっさりした流れになったと思う。その場にいたメンバーはみんな合意していた。

みんなに伝える

ミーティングで実行委員長から「今年で終わり」が話された。みんなも実行委員長が言うならそれに従いますよ、みたいなニュアンスだった。

当時のことはあんまり覚えていない…ただ、長く続けているスタッフから「ずっと〇〇したいと思っていたけど、まちアートの〇〇をしないとならないと思うと、できなかった。だから終わりって聞いてちょっとほっとした」みたいなことを言われる。さみしいようなうれしいような気持ちになったことを思い出す。
かといって、ボランティアだからこそ、楽しめる範囲でやってもらうこと、人生を犠牲にしてまでやることではないと思う。だけど、新しい方法を考えてくれた人でもあり、頼りにもしていた人だから、きっと責任感を持ってくれていたんだろうなあ。

「終わりになるんですか!!それならばやります!!」みたいな人は現れなかったな(笑)みんなが同じだけエネルギー使ってて、ある意味で疲弊していたのかもしれない。ある意味で仕事的にやっていた人が多かった、ということや流動的な組織(集まり)でなくなっていたということは、反省点ではある。

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最後ともなれば

最後の年となれば、続けてきたスタッフも、新たに関わりたいと加わってくれたスタッフも一丸となり、まちが初めて協力的になったような、そんな気もち。

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その後の話

形があるものの「部分」に携わってみたい、という人はいても
「全部」を引き取り、引き継ごうという人はそう滅多にいない。

過去にすがると潰されてしまうのだから、それならばゼロベースで考えていけばよいのだろうな〜

そして10年ちょっとたって今。

まちの風景はすこ〜しずつ変わってきている

ここも。

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10年前はこんなだった。

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ここにもその後の話が少しだけ書いてある

おおむねからほりまちアートのepisodeはこんなところ。引き続き、空堀に関わってきた私の活動はゆるゆると展開していくのであった。

空堀で新しいアートの動き

からほりまちアートが終わって、だいたい干支ひとまわりした2021年夏。

ちまちまと空堀に関わり続けていた私が、友人を通じて出会った友人が、実は絵を描くことが好きで、気軽に絵を描ける場所を作りたいと、立ち上がり、そんな場ができている。

空堀の近隣のアトリエ(絵画教室)でスタッフをしている方によると、2020年からのコロナ禍によって、アトリエに通いたい、絵やアートを子どもに習わせたいという親が以前に比べて増えているという。
習い事の1つに表現の世界を入れたいと考える人が増えてきたのかな。コロナ禍が悪いことばかりじゃない。

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