見出し画像

【シロクマ文芸部】半袖短パンのジョーカー

梅の花が咲いて、春の匂いを感じた。

でも僕にはあまり関係がない。

僕はいつも半袖短パン。

君のせいだ。

少し栗色の髪をした、奥二重のキリッとした瞳の子だった。

小学二年生の秋、君は半袖短パンの僕をカッコいいと褒めてくれた。

僕はその日から僕は、春夏秋冬半袖短パンの呪いにかかった。

君はその後すぐに転校してしまって、そこから会う事はなかったけど。

いつか君に会えるんじゃないかと思えば思うほど呪いは強固になった。


中学も半袖短パンの学ラン。

高校も半袖短パンのブレザー。

大学も半袖短パンのsupreme。

社会に出てからも半袖短パンのオリヒカのスーツ。

40歳になった僕は会社のクールビズ推進部長になった。

表や陰での僕に向けられる視線は、君に褒められた記憶のおかげで全然気にならなかった。


そんなある日、家のポストに同窓会の案内が届いていた。

小学校の同窓会なんて初めてだった。

転校してしまった君が来ないことは分かっていたけど、ほんの少し期待して出席することにした。

当日、気合を入れて伊勢丹で買った半袖のシャツをおろした。

やはり君はいなかったけど、見覚えのある顔と酒が飲めて、とても有意義な時間が流れた。

同窓会では、年収はいくらだとか、どんな人と結婚したかとか、そんな話だった。

こういう下世話な話は楽しい。

クラスで学級委員やっていた名前を思い出せない男が自分の妻の画像を見せてきた。

栗色の髪に奥二重の瞳。

笑いが止まらなかった。

同時に急に身体が寒くなった。

とても可笑しい。

なんだろうこの感覚。

近くにあった座布団で身体を温めた。

半袖短パンってそんなに寒かったのか。

いままで無視してきた視線の傷跡が痛い。

痛すぎて笑える。

僕は店の座布団を抱えたまま、外に飛び出した。

梅の花を咲かせる空気も、そんなに暖かくなかった。

冷たい空気がカサブタのようになった呪いを無神経に剥がそうとする。

僕の笑い声が夜空に響いた。


(794文字)

以下、企画に参加させていただきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?