flash memory2019/08/20

『ボイス〜112の奇跡』

お盆の間、移動をしながら『ボイス〜112の奇跡』に嵌っていた。
日本版より遥かに面白い。最近、映画『キングダム』を見たせいで、若手イケメンに優しくなったが、もちろんすべてのイケメンがいいわけじゃない。特にTVドラマはでのイケメンに対する演出はどうかな、と思うことが多い。

あ、そうそう話は飛ぶけど、舞台『二度目の夏』の東出昌大も面白かった。何考えてるか分からない茫洋とした感じで、でかい(背丈が)。役でも何考えているか分からない。岩松もパンフレットで言っている。何考えてるか分からないから興味を持ったと。

岩松了は、その感じを役者として使っている。妻を後輩に寝取られる主人公だが、そのことを知っているのか?どう思っているか?何故鷹揚としているのか?役者としての解釈が全く仕草にも表情にも出てこない。で、そのまま芝居は終わる。昔で言えば大根役者、木偶の坊ということだろうが、見る方の想像力が100%になるので、飽きない。役者の解釈をゼロにすれば観客の解釈が100になる、岩松はそう考えているのだろう。

さて、『ボイス〜112の奇跡』だけれども、役者と演技についてもいろいろ思うことはあるけれど…『ボイス〜112の奇跡』にはサイコパスと言われる殺人鬼が出てくるが、何度となくそれが境界線パーソナル障害だと言われていた。境界線パーソナル障害の症状とは違うなというところがあって、違和感があるが、それでも境界線パーソナル障害をドラマのメインに据えていることに興味をそそられた。

また飛ぶけれど、自分自身、境界線パーソナル障害の人たちに苦しめられてきた。(夜想の『少女』特集を読んで貰えばわかるが、自分自身の10年の葛藤と治療のドキュメントが載っている)精神科の岡田さんに対策を教わって少し実行しているからかもしれないが、最近、かなり減ってきていて、今は、それが発達障害に変わってきている。

ボイス〜112の奇跡 の中でも社会と社会に影響を受けた家族が作り出したと言っていたが、確かにその要素はある。社会と家族という漠然とした言い方だけれども、思っているのは、そのときに流行りのネットと関係があるのではということだ。一時代まえなら、mixi、2チャンネル。今ならtweeter、Facebook。その特質の差が反映されているのでは、と、思っている。


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